第13話 最初の反省会
ギルドに戻り、戦利品の分配を終えた四人。疲労困憊で「よし、かえろー!」と叫ぶ陽向を、結人は制した。
「少し、反省会をしましょう」
彼の落ち着いた声に、場の空気が引き締まる。
「反省会? うっわ、まじかーー」
陽向は少し不満げに言ったが、結人の真剣な表情を見て、共有スペースの椅子に座り直した。
結人はノートPCを開きながら、一瞬、過去の記憶が脳裏をよぎる。完璧な分析。緻密な計画。しかし、最後に足りなかったのは、自分自身の力だった。ソロで挑んだダンジョンで、その日初めて見つけた宝箱の鍵を、硬い魔物が守っていた。あらゆる手を尽くしたが、わずかな火力不足で時間切れとなり、魔物に打ち破られてしまった。あの敗北以来、彼は自分の【観察】はあくまで「つなぐだけ」で、決定的な力にはなり得ないと信じていた。
「今回の戦闘ログを可視化しました」
結人がノートPCの画面を共有すると、そこには先ほどの戦闘を時系列で追ったチャートが表示されていた。各メンバーの動き、敵の攻撃パターン、そして与えたダメージ量がグラフで示されている。
「うわ、なにこれ、見て見て! あたしの罠、ちゃんと効いてんじゃん!」
陽向が驚きの声を上げる。蒼井と彩葉も、自分たちの行動が数値として可視化されていることに目を丸くしていた。
結人はグラフを指差しながら、淡々とした口調で分析を始める。
「見てください。蒼井さんの防御と陽向さんの罠で、被弾は最小限に抑えられました。彩葉さんの回復も的確でした。ですが……」
グラフの右端を指す。そこには、敵に与えたダメージを示す線が、ほとんど横ばいで描かれていた。
「見ての通り、攻撃力が圧倒的に不足しています」
蒼井は唇を噛み、悔しそうに言った。「やっぱな……。俺の【シールドバッシュ】は、硬い敵には決定打がねぇ。それに、敵の攻撃を流す癖があるから、決定的な一撃を叩き込むのが苦手なんだよな」
(……。俺は、いつから『防御しかできない男』になった?)
蒼井は心の中で、過去に仲間から「慎は攻撃には向かない、盾だけやっていろ」と何度も言われた言葉を思い出していた。ガーディアンとして盾役に徹するのは当然だが、彼の優れた手際は、攻撃にも転用できたはずだった。その可能性を、彼は無意識に封じ込めていたのだ。
陽向も腕を組み、うーんと唸る。「あたしの罠も、場所を選ぶんだよね~。あんな狭い水路じゃ全然ダメだったし」
(みんなといても、結局あたしは、誰かの役に立ってるんだろーか?)
彼女の頭には、新しいアイデアを出すたびに笑われた過去が甦っていた。即興で生み出すアイデアは、いつだって「遊び」だと片付けられてきた。
彩葉は俯きながら言った。「私……怖くて、回復が遅れちゃった、かも……」
(また、失敗しちゃった……)
以前のパーティーで、恐怖に震え、仲間を救えなかった光景がフラッシュバックする。彼女の臆病さは、何度克服しようとしても、戦場に立つたびに甦る過去の悪夢だった。
結人は首を振る。
「彩葉さんの回復は完璧でした。むしろ、あの恐怖の中で頑張ってくれてありがとうございました。問題は、私たちが持っている『牙』が、まだ噛み合っていないことです」
結人はそう言って、画面に新たな文字を打ち込む。
『課題:火力不足(瞬間火力・面制圧の欠如)』
「次の任務までに、この課題を改善するため、それぞれ『1つだけ』解決策を考えてみませんか。このデータを見る限り、僕たちは、お互いの力を補い合えば、もっとやれる…と思うんです。それに、僕も……」
そう言って、結人はスモールソードの柄を握り、真剣な表情で続ける。
「僕も、微力ながら火力向上に貢献する方法を考えてみます」
その言葉に、三人の表情が真剣なものに変わる。
「よっしゃ、やってみよう。俺は盾役だ。だが、防御だけじゃ面白くねぇ。俺の手際を生かして、もっと攻撃的な動きを研究してみるわ」
蒼井がそう言って立ち上がり、ギルドの訓練場へと向かおうとする。その足取りは、もはや過去の足かせに縛られていないようだった。
「やっべ、いいじゃんそれ! じゃああたしは、どんな場所でも使える超万能トラップを考えるよ!ゆいとくんも協力してくれるんでしょ!?」
陽向は興奮した面持ちで、ギルドの工房へと走り出す。その手には、結人が採取した《光苔》が握られていた。
「……私も、頑張ってみる、かも!」
彩葉も、小さな声ながらも決意を込めてそう言い、訓練場の片隅へ向かう。彼女は静かに目を閉じ、回復魔法の詠唱を繰り返した。
結人は静かにノートPCを閉じ、立ち上がった。誰もいなくなった共有スペースで、彼はスモールソードを握りしめる。ゴーグルのレンズには、先ほどの戦闘ログがホログラムで投影され、そこに映る仲間たちの動きを見つめ、新たな戦術を模索し始めた。
『レムナリア』という寄せ集めのパーティーが、初めて自分たちの弱点と向き合った夜。それは、彼らが『チーム』として本当の第一歩を踏み出した瞬間だった。




