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落ちこぼれ探索者たちのダンジョン攻略録 ~地味職ウォッチャー、観察から始まる冒険~  作者: 砂風船
第1章:不協和音の欠片たち

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第11話 ぎこちない出発

 ギルドを出た四人は、最初の任務地であるDランクダンジョン――

『苔むした遺跡の地下水路』へと向かっていた。


 森の小道は静まり返り、さっきまでのギルドの喧騒が嘘のようだった。

 耳に届くのは小鳥のさえずりと、彼らの足音だけ。自然の空気が、張り詰めていた心をゆるやかに解きほぐしていく。


「はぁーっ! 空気ちがうー! ギルドでのあの圧、マジで胃にくるわ!」

 陽向が大きく背伸びをして、両手を空に突き上げる。全身から緊張を振り払うように、明るい声を響かせた。


「……でも、慎君、ちょっとかっこよかったかも。あんな風に啖呵を切れるなんて、頼りになるなぁって思ったよ」

 彩葉が無邪気にそう口にする。上目遣いの笑顔に、蒼井は思わず胸を張った。だが、耳の先は赤く染まっている。


「盾役がビビってどうすんだ。前に出るのは俺の役目だからな!」

 力強く言い切る蒼井。しかし、彼自身も内心では「大丈夫かな」と小さな不安を隠しているのを、結人は見逃さなかった。


「でもさぁ、ダンジョンの造り見た? 足場ぐちゃぐちゃだし、壁はツルッツルだし。罠置くの、クソ相性悪いんだけど?」

 陽向は不満をあらわにする。彼女は即興の天才だが、同時に足場や環境の影響を大きく受けるタイプでもある。


 蒼井は少し視線を落とし、やや気まずそうに結人を見た。

「……結人が依頼書にやけに食いついてたからな。つい受けちまったんだ」


「そーそー! ゆいとくん、依頼書ガン見してたもん! 目、キラッキラしててさ!」

 陽向が爆弾のような発言をする。結人は慌てて顔を背け、耳が赤くなるのを自覚した。


「えへへ……でもね、きっと理由があるんだろうなって、私も思ったよ」

 彩葉が優しく微笑みかける。その目は柔らかく、自然に信頼を伝えていた。


 結人は小さく息を吸い込み、少し緊張気味に口を開く。

「……このダンジョンは通路が狭いから、蒼井さんの盾でふさぎやすい。陽向さんの罠も、敵を誘導すれば十分に機能する。彩葉さんが支援で体力を補ってくれれば……勝てるはずだよ」


 言葉に詰まりつつも、彼なりの戦術を告げる。

 蒼井はうなずき、胸の奥に少し安堵を覚えた。彩葉は「うん」と嬉しそうに頷き、陽向は「なるほどね!」とテンションを上げる。


(……蒼井さんはリーダーとして、必死に皆をまとめようとしている。陽向さんは明るく振る舞いながら、不安を隠している。彩葉さんは、周りを安心させようと自然に動いている……)

 結人は心の中でそう観察し、仲間たちの気持ちを静かに理解していった。まだぎこちなさは残るが、それでも「チーム」としての空気が少しずつ形になっているのを感じる。


 やがて、苔むした石造りの門が姿を現した。

 ひんやりと冷たい空気が流れ出し、彼らの頬を撫でる。水と苔のにおいが濃くなり、自然と背筋が伸びた。


「よし、行くぞ! これが俺たち《レムナリア》の最初の物語だ!」

 蒼井が声を張り上げ、四人は門をくぐった。


 中は薄暗く、滴る水音が絶え間なく響いていた。石畳はぬかるみ、ところどころ苔で滑りやすくなっている。


「うわっ、やっべ……足場サイアク! でもさ、ちょっと面白いこと思いついた!」

 陽向は腰のベルトから小型ドローンを取り出し、狭い通路に飛ばす。青白い光が尾を引いて揺らめき、壁や水面に反射して幻想的な残像を生み出す。


「これで敵の視覚をちょっと混乱させられる! で、ここにワイヤーを――っと!」

 しゃがみこんでワイヤーを設置しようとした瞬間、足元がぬるりと滑った。

「うおっ!? ……ま、まあ大丈夫大丈夫! 今のナシ!」


「陽向ちゃん、大丈夫? 滑らないようにね。でも……なんかワクワクするかも!」

 彩葉が駆け寄り、さりげなく回復魔法の準備を整える。


 蒼井は少し呆れながらも、口元に笑みを浮かべる。

「お前ら……自由すぎるな。でも、その発想、案外役に立つかもしれん」


 結人はじっと光とワイヤーを観察しながら思考を巡らせていた。

(……陽向さんの即興力、スライムの動きに合わせれば戦況を変えられる。蒼井さんの盾は、この狭さを逆手にとれる。彩葉さんは、不安を抱えても仲間を支えようとする……この組み合わせなら――)


 その時。


 ずるり、とした不気味な音が通路の奥から響いてきた。

 苔むした壁の隙間を押し広げるように、巨大な粘液の塊が姿を現す。


「来たぞ! 正面だ!」

 蒼井が叫ぶ。


 赤黒い模様を浮かべたDランクモンスター――

『グロテスク・スライム』が、ぬらりと揺れながら迫ってきた。


「ひっ……!」

 彩葉の顔が青ざめ、小さな悲鳴が漏れる。血のように滲む模様が、彼女の心の奥に眠る恐怖を容赦なく抉り出していた。

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