第10話 ギルドの嘲笑
翌日の昼下がり。
結人たち四人は、昨日決めたばかりの「レムナリア」と書かれた登録書類を手に、冒険者ギルドの受付カウンターに並んでいた。
どこか照れくさくもあり、同時に胸の奥がじんわりと温かくなる――そんな、不思議な心地だった。
広いホールの一角、Dランク任務の受注列には、昇格を目指す探索者たちがぎっしりと並んでいる。
視線は自然と、結人たちの不釣り合いなパーティー構成に集まっていた。
ガーディアンとヒーラー、クラフターが揃うだけでも珍しいのに、そこにウォッチャー――記録係――がいるのだから、注目されるのも無理はない。
「パーティ名、『レムナリア』様ですね。メンバーは――ガーディアン、ヒーラー、クラフター、そして……ウォッチャー」
受付嬢が読み上げた瞬間、結人の心臓が小さく跳ねた。
また冷笑される――そう身構えたのだ。
だが、次に出た言葉は意外なものだった。
「……ウォッチャーの方がいらっしゃるんですね。記録や報告の正確さは、ギルドにとって本当に助かります。仲間が見つかってよかったですね」
受付嬢は柔らかく微笑み、心からのねぎらいを向けてきた。
思いがけない温かさに、結人は言葉を失った。
――しかしその直後、背後から冷たい声が重なった。
「おい、聞いたか? ウォッチャーだってよ」
「ギルドの雑用係を連れてダンジョンか? 笑わせんな」
巨大な斧を担いだウォーリアーが嘲笑し、その横で重厚な鎧に身を包んだガーディアンが鼻で笑った。
周囲の探索者たちの視線は、受付嬢の好意とはまるで逆の、鋭い刃のように結人を突き刺す。
胸の奥がざわめき、息が乱れる。
過去の記憶――「必要ない」と突き放され、雑用だけを繰り返した孤独な日々――が脳裏をよぎる。
(……やっぱり、僕なんかいらないんだ)
膝が震え、視界がぐらりと揺れた。
だが同時に、心のどこかで小さな声が芽生えかけていた。
(……違う。僕には、僕にしかできないことがあるはずだ)
その芽はまだ弱々しく、折れそうだった。
――その瞬間、力強い声がホールに響き渡る。
「うるせえな!」
蒼井の大声に、周囲のざわめきが一瞬止まった。
彼の大きな手が結人の肩を掴み、しっかりと支える。
「ウォッチャーが足手まとい? 笑わせんなよ。お前らの目こそ曇ってんだろ!」
嘲笑していた探索者たちが、思わず黙り込む。
蒼井は周囲をぐるりと睨み、大げさなほどに啖呵を切った。
「俺たちが“ハズレ”って言われてるのは事実だ。でも、この名前は負け犬の遠吠えなんかじゃねえ。未来に響く歌だ。文句があるなら――俺たちより先にDランクを制覇してみろ!」
そう吐き捨てると、蒼井は結人の背をぐいと押す。
「行くぞ。あいつらの声なんて、ダンジョンの魔物のうめきよりうるさいだけだ」
蒼井の顔に浮かぶのは、不器用でまっすぐな笑み。
それは「まだ確信はないけど、結人を信じている」という意思の表れだった。
その姿に、結人の胸が熱くなる。
(……彼は、僕を信じてくれている。なら、僕も……)
嘲笑のざわめきはまだ続いていたが、もう結人の耳には遠く響くだけだった。
受付を離れた四人は、依頼書の並ぶ掲示板の前に立った。
そこには数多くの討伐や採集任務が所狭しと貼られている。
「わぁ、どれも面白そう!」
陽向が子どものように目を輝かせ、紙を一枚ずつめくる。
「でも、あまり難しいものはやめておいた方がいいと思う。初めてなんだから」
彩葉が慎重に提案する。
結人も視線を走らせる。
ガーディアン、ヒーラー、クラフター、そしてウォッチャー――それぞれの強みと弱点が、頭の中で自然に整理されていく。
ただの観察や記録ではなく、戦略の軸として役立てる自分の存在意義を、結人は少しずつ実感していた。
ふと、一枚の依頼が目に留まった。
(このダンジョン……苔むした地下水路。視界が悪く、足場がぬかるんでいる……
でも、モンスターは動きが鈍いものがほとんどだ。
陽向さんの罠は、細い通路に誘導すれば成功率が上がる。
彩葉さんは、直接攻撃を受ける前に回復タイミングを指示できる……)
結人の頭の中で、すでに戦術の輪郭が描かれていた。
「これにしよう」
蒼井が結人の視線の先にあった依頼書を剥がす。
そこには Dランクダンジョン『苔むした遺跡の地下水路』での『グロテスク・スライム』討伐 と記されている。
「これなら、俺たちの連携を試すのにちょうどいいだろ」
蒼井の言葉に、陽向と彩葉も頷いた。
結人は小さく息を吸い込み、心の中で呟く。
(……いつか証明してみせる。ウォッチャーは、戦うための“目”なんだって)
彼の静かな決意とともに、四人の最初の物語がゆっくりと刻まれ始めた。




