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#8 絶望

 週明けの月曜。いよいよ数学のテストが返ってくる。もちろん、自信など1ミクロンも無い。

 

「カズ……俺、多分無理だわ……」


 机に突っ伏した俺の声は、すでに諦めモード全開だった。


「そんなこと言うなって!俺たちなら絶対、ギリギリで救われてる!」


 カズはやけに神々しいテンションで、祈るように天を仰ぐ。


 我が校の赤点ラインは40点。30点代以下を取った者は、問答無用で補習課題を与えられる。


 俺は1年のとき、古典・数学・英語・日本史・化学・生物で赤点を取った。……って、ほぼ全教科じゃねぇか。改めて自分のポンコツさに絶望する。


 出席番号順に並び、ヤマオから解答用紙を受け取る。


 自分の番が近づくにつれて、緊張で指先が汗ばんできた。


「次、七瀬」

 

「はい……」


 名前を呼ばれ、震える足で前に出る。

  

 これで運命が決まるのか……。


 恐る恐る点数を見ると――


《8点》


 終わったーーーーーーー!てか30点台どうこうの話じゃねえーーーーーーー!過去最低点を大幅に更新ーーーーーーー!詰んだーーーーーーー!末広がりで縁起良いけどもーーーーーーー!


 現実を受け入れられず、俺はその場でへなへなと崩れ落ちた。


「タク、どうだったか!」


 カズがパッと駆け寄ってくる。俺は震える声で答えた。

 

「はち……てん……」


「はぁ!?一桁!?逆に何が当たったんだよ!」


 カズの声がバカみたいにデカい。教室中が「えぇっ!?」とどよめいた。


 おい、頼むから静かにしてくれ。俺は晒し者か。全く、悪目立ちだけは勘弁してほしい。


「そ、そういうお前は何点なんだよ」

 

 焦って尋ねると、カズは得意気に解答用紙を見せびらかした。


「42点」


「くっそーーーー!」


 俺が地団駄を踏んだ瞬間、教卓からヤマオの低い声が飛んだ。


「底辺争いはやめなさい」

 

 その一言で、クラスの笑いが爆発した。


 笑いの渦の中、俺はひとり頭を抱える。


 もう、どうすればいいんだ……。100%自業自得だけども、カズだけ救われるのは聞いてない。


 俺は、盛大なため息を吐く。


 あ。そういえば、相原さんは?


 なんとなく気になって、視線を教室の隅に泳がせた。


 点数は見えない。けれど、表情ひとつ動かさず答案をしまうその様子。

 

 きっと、今回も学年トップなんだろう。


 相原さんと比べて、俺の愚かさといったら。


 自分の無能さを噛み締めながら、弱々しい足取りで席へ戻る。

 

 補講確定。俺は絶望で項垂れた。



 昼休み。俺は、ヤマオに呼び出されていた。


「生きて帰って来いよ……」


 男子たちにそう見送られ、刑場へ向かう死刑囚の気分で職員室の扉を開けた。

 

「来たか、七瀬」


 その佇まいは、まるで極悪人を迎える閻魔大王のよう。でかい図体のおっさんにギロリと見下ろされ、俺は一瞬で小動物モードに切り替わる。


「何の話かわかってるよな?」


「えっと……数学、ですよね」


 俺がへらっと笑うと、ヤマオは重々しく頷いた。


「もちろんそうだ。だが――お前、数学“以外”にも赤点を取ってるよな?来年は受験だぞ。どうするつもりなんだ?」


 ヤマオが鋭い視線を向ける。


 ……そう。何を隠そう、俺は既に数学以外でも赤点を獲得してしまったのである。化学と物理でも堂々の赤点を取り、見事に「三冠王」の称号をゲット。誇りも何も無い。


「それに、英語と国語もギリギリだよな?文系の強みも無いとは、なかなか厳しいな」

 

「う……」

 

 ぐうの音も出ない。正論パンチがクリーンヒット。


 俺の進路は、一応、文系。だがそれは、文系科目が得意だからではなく、その他の理系科目が壊滅的だから。消去法で未来を選ぶ情けなさで、胃がキリキリと痛む。


「七瀬は遅刻も多ければ、課題の提出率も悪い。このままだと、ほんとに留年するぞ」

 

「ま、まじっすか!?」

 

 留年――その言葉の重みで、一気に血の気が引く。


 留年だけは絶対避けたい。カズたちに後輩扱いされるなんて死んでも嫌だ。


「進級したいなら、まずは数学の赤点を完済しろ」


 ヤマオはバサッとプリントの山を俺に突きつけた。

 

 ずっしりとした重さ。手に取るだけで腕がしびれる。

 

 厚みは、去年の補講課題の倍以上。


 ……カズが言ってた「ヤマオ、補講きつくするってよ」はガチだった。


「ひぇぇぇぇ〜」


 無慈悲に並ぶ数列に、俺の視界が白く霞む。


「提出は来週の月曜の朝。遅れたら、数学の単位はやらん」


 職員室中に響く声。周りの先生たちが一斉にこちらを見る。

 

 あの子、進級ヤバいのね……という同情の目線。穴があったら入りたい。

 

「わかりました、絶っっっっ対出します!」


 俺はビシッと敬礼し、魂を込めて提出を誓う。


 ヤマオは小さく頷き、湯呑みを片手に自席へ戻って行った。


「……まじかよ〜」

 

 物理的にも心理的にも重い課題を抱え、俺は重い足取りで職員室を出る。


 今週もバイトぎっしりなのに。いや、まあ、最悪答え写せば――


 俺はため息混じりにプリントをめくる。

 

 ペラ。

 

 ペラペラ。

 

 ……無い。


 あれ、無いぞ。


 見間違いかも、と思い、俺は何度も目を擦る。しかし、あるのは問題だけ。解答は、どこにも記載されていなかった。


「……終わった」


 あまりの衝撃に、思わず笑いが漏れた。


 そうだ、ヤマオは生徒に答えを渡さないタイプだった。

 

 まさに「自称進学校あるある」を忠実に再現する男。

 

 世界が真っ暗になり、留年という二文字がゆらりゆらりと目の前に浮かぶ。


 七瀬匠海。人生最大の危機に直面中、かもしれない。

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