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 やっと終わった……。燃え尽きた……。


 俺は、白目を剥いて机にバタンと突っ伏した。


「……おつかれ、タク」


「……あぁ、カズも、おつかれ……」


 瞬くように日付が変わり、いつの間にやら定期テスト最終日。(え?作者サボりすぎだって?いやいや、誰が落ちこぼれ高校生の一夜漬け物語を全部読みたいんだよ……)


 勉強しようがしまいが結果は同じ。そう開き直っていたくせに、結局焦って夜通し詰め込むのが俺の悪い性。


 結果、脳のメモリはフリーズし、知識は何一つとして頭に残らなかった。それどころか睡眠不足が頭痛を連れてきたし、大人しく寝ておくべきだった。


「タク、数学いけた?」


 カズがモンスターを飲みながら俺に尋ねる。目の下のクマから推測するに、多分こいつも徹夜仲間だ。


 俺は清々しく笑い、足を組んでのけぞり返った。


「はは、綺麗に灰になったね」


「奇遇だな、俺もだ」


 2匹のアホが慰め合う。おそらく、世界で一番見苦しい。


 そうだ、相原さんはどうだろう。


 思い出してふと視線を向けると、相原さんが珍しく女子たちに話しかけられていた。


「相原さん、最後の証明解けた?」


「うん」


「まじ?さすが〜」


 女子たちは驚いたように目を開き、相原さんは淡々と帰りの準備をしている。

 

 ……相変わらず冷てぇ〜。


 ここまでの塩対応だと、もはや芸術ではないかと錯覚してしまう。


 沈黙に耐えかねたのか、女子たちもそっと相原さんの席を離れた。


 相原さん、もっと愛想よく振る舞えばいいのに。


 俺は心の中でため息を吐く。


 ほんとは可愛く笑えるくせに。学校では常にこんなだから、みんなに誤解されるのだ。

 

「じゃ、俺帰るわ」


「おう。また明日」


 赤点確定とはいえ、とりあえずテストは終了。


 俺は浮かれた足取りで教室を出た。


 試験も乗り越えたということで、今日からバイト再開だ。メイド服に久々に袖を通すと思うとワクワクする。


 よく勘違いされるが、俺は別に女子になりたいわけではない。自分の性別は男だし、男であることに何の疑問もないし、恋愛対象は女子。ただ、個人的な趣味嗜好として可愛いものが好きだ。


 俺は、物心ついた時から姉のお下がりを着て、姉とドールハウスで遊んで、姉に少女漫画を借りていた。そんな養育環境だったら、ピンクやフリルに惹かれるのも当たり前だろう。


 それに、化粧は絵を描くみたいで楽しい。俺は自分の顔をキャンバス代わりに、自分が好きな「かわいい」を更新しているんだと思う。


 バイトまで時間があるし、リピート3回目のカラコンのストックを買っておこう。あと、新作のリップもチェックしたいし、サンリオ限定パッケージのアイシャドウも気になる。


 俺は、引き寄せられるようにドラストに吸い込まれていった。



 鏡に向かってリップを塗る。


 ……お、いい感じじゃん。

 

 パキっとした発色のチェリーピンク。一塗りで肌が明るく見えて、値段の割になかなか優秀。これは、ななちゃんの毎日コスメに追加だな。

 

 俺は小さく頷いた。


「ななちゃん、今日も絶好調だね」

 

「あ、先輩。お疲れ様です」


「お疲れー。出勤、3日ぶりくらい?」


「そっすね。ギリギリまで働いたおかげで、テストはボロボロです」


「まじかー」


 先輩が苦笑いする。そのとき、入り口のドアが開く音がした。


 ――カランコロン


 ご帰宅のベルが鳴り響く。

 

 俺は反射的に背筋を伸ばした。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 そこには、ふんわり揺れる漆黒のポニーテール。


「ただいま♡」


 お嬢様は、子猫みたいにきゅっと目を細めた。――やっぱり来たな、相原アスカ。


「お席はこちらです」

 

 俺は窓際の椅子を引く。


 もう、前みたいに緊張はしない。


 最初はバレたらどうしようとヒヤヒヤしていたが、冷静に考えれば、バレて困るのは俺ではなく相原さんだろう。


 そう気づいた瞬間、豹変モードのお嬢様にお給仕するのが気楽になった。


「お嬢様、お久しぶりですね」


「お久しぶりです♡テストで忙しくって、なかなか帰宅できなくて……」


 俺もだよ、相原さん。


 俺は心の中で返す。


「では、本日は何を召し上がりましょうか?」


 俺がメニューを差し出すと、相原さんはぱっと笑った。


「今日は、ななちゃんのチェキ付きドリンクって決めてます!」


 俺は、吹き出してしまいそうなのを必死に堪える。


 そんなこんなで相原さんは、一杯のアップルジュースと俺とツーショットを撮る権利を購入した。


 全く、コントみたいな展開だ。


「ポーズは何にしましょう」


 俺がにこやかに聞くと、相原さんはう〜んと頭を捻らせた。


 一瞬で積分するくせに、こういうとこでは悩むのか。


「ななちゃんのおすすめポーズ、ありますか?」


 相原さんは上目遣いで尋ねる。


 ありますとも。


 指を「7」のポーズにして、頬に添えるやつ。


 俺がこの「ななちゃんポーズ」を提案すると、相原さんは「可愛い〜!それにします!」と即決した。オタクというのは、残念なほど単純な生き物だ。


 俺と相原さんは、他のメイドの「にっこり〜、は〜もに〜♡」という掛け声に合わせてパシャリと写真を撮った。


 出来上がったチェキを見て、ななちゃんは黄色い歓声をあげる。


「わ〜!ななちゃん可愛い〜!」


「お嬢様もとても可愛らしいです」


 あ、やべ、可愛いって言っちゃった。


 どこか冷静な「七瀬匠海」の部分が顔を出し、クラスの女子にサラッと可愛いと言ってしまった自分を非難する。


 しかし、相原さんはななちゃんに褒められて上機嫌。まさか、推しの中身がクラスのバカな男子だとは思ってもいないようだった。


 相原さんがななちゃんの正体を知ったら、一体どんなリアクションをするだろう。


 俺はそんな妄想を広げる。


「では、落書きいたしますね〜」


 水色のポスカを手に取って、フレーム部分に音符とリボンを散らした。物足りない部分には、ハートと肉球。それから、日付も書こう。


「お嬢様のお名前もお書きしましょうか?」


 俺が提案すると、相原さんは嬉しそうに「お願いします!」と目を輝かせた。


「えっと……あーりん、って書いてください♡」

 

 あーりん。俺は無心で繰り返す。


「……かしこまりました。お書きしますね」


 ピンクのラメマーカーで、「あーりん&ななちゃん 初ちぇき記念!」と書き込んだ。


 やりすぎだろうか。しかし、相原さん……いや、あーりんが喜んでいるからいいだろう。


「すてき〜!ななちゃんありがとう♡」


 俺はどういたしましてと笑いながら、焼き上がったばかりのチェキを眺める。


 オタクの顔した相原さんと、着飾った金髪ツインテール男。


 体育祭でも撮れなかったツーショットを、彼女は今、嬉しそうに眺めている。それも、800円払って。

 

 自分で書いた「あーりん」の文字を目で追いながら、俺は小さく笑った。


 なんだよ。こいつ、可愛すぎる。

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