表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

#4 ななちゃんとお嬢様

「お嬢様、本日のご注文はどうされますか?」


 先輩は冷や汗を拭いながら、涼しい顔で注文を取る。


 流石、女装メイド歴2年半のプロである。


 それに対して相原さんは、メニューを開くことさえせず、頬を真っ赤に染めて答えた。


「ふわふわ風船パンケーキと、アップルジュースで!」


 へぇ、意外と乙女チックなもの頼むんだな。


 普段のクールな顔とのギャップで脳がバグる。


 最初はあんなに幻滅幻滅と騒いでいたけど、もしかするとそこまで悪く無いかもしれない。


 見慣れないせいで体が反射的に拒否してただけで、相原さんの顔が可愛いことに変わりはないんだし。


 ……って、何考えてるんだ、俺。集中集中。接客モード、アクセル全開でいこう。


「少々お待ちください」


「は〜い♡」


 先輩がスカートの裾を軽く摘んでお辞儀し、キッチンへ消えていく。

 

 さて、どうしようか。

 

 店内に残されたのは――相原さんと俺(金髪ツインテール)。

 

 地獄のツーショットフロア完成である。


 メイド喫茶のシステムは店によってだいぶ違うが、俺が働く《は〜もに〜♡はうす》はメイドと客の距離が近いのがウリで、料理を待つ間は“おしゃべりタイム”となる。つまり、逃げ場ゼロ。


 「課金なしでもメイドと話せる」っていう良心的なシステムが、まさか俺の寿命を削ることになるなんて。


 頼むから爆速で焼けろよ、ふわふわ風船パンケーキ。

 

 俺は必死に料理の到着を願った。


「あの……多分、今日がはじめましてですよね?」

 

 沈黙に耐えかねたように、相原さんが上目遣いで話しかけてくる。


 俺ははやる鼓動を誤魔化しながら、カクカクと首を上下に振った。


「そうですね!はじめまして、わたくし、メイドのななです♡お嬢様のために精一杯お給仕がんばります♡」


 ――って、毎日同じ教室で顔合わせてんですけどね。

 

 まぁ、さすがに言えない。


 相原さんは子猫みたいに目をきゅっと細めて、恥ずかしそうに笑った。


「はじめましてのメイドさんにお給仕してもらえて嬉しいです!ななちゃんは、いつからメイドさんやってるんですか?」


 ……おい、こいつ、俺に興味津々じゃねぇか。


 吹き出してしまいそうなのを堪えながら、俺は必死に会話を続ける。


「えっと……一年ちょっとですかね?お嬢様はこちらのお屋敷にお帰りになられてどれくらいですか?」

 

 俺の探り質問に疑うこともなく、相原さんはにっこり笑った。


「私も一年くらいです!でも平日に来たのは初めてで……。ななちゃんに会えてよかった♡」

 

 その笑顔――学校では見たことのない、柔らかい表情。


 なんだそれ、ずるいだろ。


 学校では誰に話しかけられても「はい」か「いいえ」しか返さないロボットガールのくせに、メイド姿の俺の前では語尾にハートをつけて笑っている。

 

 夢か?現実か?どっちにしても可愛いのが腹立つ。


「そ、そうなんですね。……って、あれ?今日は水曜日ですよね?お嬢様、本日はお時間があったのですか?」


 俺は、脳内でカレンダーをめくりながら浮かんだ疑問を投げた。


 相原さんは、鼻歌でも歌いそうな勢いでご機嫌に微笑む。


「塾の時間が変わったんです!だから、これからも来れそうで!ななちゃんにまた会えるの、楽しみです♡」


 弾む相原さんの声色に、俺は思わず頭を抱えた。


 来週以降も来るって、まじかよ……。

 

 俺が冷や汗をかいていると、救いのベルがチリンと鳴った。

 

 ふわふわ風船パンケーキとアップルジュースの到着。これは、地獄のおしゃべりタイム終了を意味する。よく頑張った、俺。


「お待たせいたしました♡お絵かきは、どちらのメイドが?」


 凛ちゃん先輩の声。

 

 相原さんは一瞬迷って――俺を見つめた。

 

「じゃあ、ななちゃんでお願いします♡」


 ……おぉ!だと思ったよ!


 俺はメープルシロップとベリーソースを手に取り、パンケーキに犬のイラストを、プレートの空白に今日の日付を書いた。


 相原さんの視線が熱い。まじで熱い。

 

「わぁ〜!ななちゃん、イラスト上手っ!」


 純粋に感動している相原さん。あんなにプライドが高そうな顔して、こんなに素直に人を褒められるのか。俺は何故か感心していた。


「最後に美味しくなれるおまじないをしましょう!お嬢様、準備はいいですか?」


「は〜い♡」


 せーの、おいしくな〜れ、萌え萌えは〜もに〜♡


 ポップなBGMが鳴る店内に、俺と相原さんの声が響く。


 漫画みたいな掛け声に抵抗もないようだし、なかなか吹っ切れた常連客である。


「おまじない、大成功です!ごゆっくりお召し上がりくださいませ!」


 よし、これにて任務終了!さあ撤退!――と思ったら、


「あの……!」


 相原さんが俺を引き止めた。


「お嬢様、どうされましたか?」


 俺がパッと振り向く。


「……私、ななちゃん推しになってもいいですか?」


 ふぇ?相原さんのか弱い声に、思わず素っ頓狂な声が出た。


「お、お嬢様、私を推してくれるんですか?」


 俺は驚いて目を見開く。

 

 相原さんは瞳をダイヤみたいに輝かせて、ふふっと笑った。

 

「はい!今までは特に推しとかはいなくて、ただ色んなメイドさんにお給仕してもらうのが楽しかったんですけど……今日、ななちゃんにハート撃ち抜かれちゃいました。こんなに夢中になったのは初めてです!次回はチェキ付きフード頼みますね♡」


 思いがけない相原さんからの告白に、俺の頭の中が真っ白になる。


 ――終わった。


 いや、始まったのかもしれない。


 数日前まで片想いしていた女の子に、推し認定されてる人生。


 小柄・色白・女顔。悪くないぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ