#30 コンビニ
はぁ、はぁ……。
人気の無い路地裏に身を潜め、俺たちは肩で息をする。
「……逃げ切った」
額の汗を拭って笑う。
「いやー、びびったな。まさか、谷口にナンパされる日が来るとは」
俺の乾いた笑いが夏の空気に溶ける。
相原さんは、少しだけ頬を膨らませて黙っていた。
「……あれ、もしや嫉妬してる?」
「してない!」
即答。やけに大きい声。
わかりやすいにも程がある。愛しさとおかしさが込み上げてくる。
「ってか、どうする?屋台の方戻る?」
俺が聞いた。
相原さんはスマホで時間を確認し、うーんと頭を捻らせた。
「花火まで30分か……。戻るにはちょっと微妙だね」
相原さんは肩をすくめる。
とはいえ、祭りなのに何も食べないというのもなかなか寂しい。
「じゃあさ、コンビニで何か買おうよ。腹ごしらえ」
「あ、名案!」
相原さんの合意も得て、俺たちは駅前のセブンに向かった。
通りには浴衣姿の人たちが行き交い、夏のざわめきが心地いい。
すれ違った小さな子供が水ヨーヨーをぶらさげているのを横目に、俺は相原さんをからかった。
「水ヨーヨーとか、絶対できないでしょ」
「できるし!」
「嘘だ〜。相原さん不器用だもん」
小さく唇を尖らせるその仕草が、やけに可愛く見えた。
人の波に押され、ふいに離れそうになる。俺はとっさに相原さんの手を掴んだ。
「あ……」
俯いて頬を染める相原さん。
「今さら何照れてんの。さっきは自分から繋いできたくせに」
「そ、それは状況が違うの!」
ぷいっと横を向く。その反応すら、可愛い。
最寄りのコンビニに入るなり、俺たちは弁当のコーナーに行く。
「あ、焼きそばあるよ」
「フランクフルトもいいんじゃない?」
「飲み物どうする?」
「デザートも買っちゃおうよ」
手に取るたびに、ワクワクでカゴが重くなる。
「全部でいくらくらいになるかな」
「2428円」
「え、早っ」
「暗算しただけ」
さらっと言う相原さんに、俺は思わず吹き出した。
「やっぱ相原さんって、歩く電卓だな」
「これくらい誰でもできるでしょ」
「いや、凡人には無理です」
小さく得意げに微笑むその顔が、いつもよりずっと柔らかい。この笑顔、七瀬匠海の前でも見せてくれたらいいのに。
レジに並び、カバンから財布を出そうとする相原さん。よし、いっちょカッコつけさせてもらおう。
「ここは俺が払います」
「それは申し訳ないって。割り勘にしよう」
俺はチッチと指を振った。
「こっちはバイトしてるからね。2時間働けば回収できるし」
「でも」
「その代わり、次チェキ指名してよ」
相原さんは目を丸くして、それから小さく笑った。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
“次”って言葉を否定しないあたり、ちょっと嬉しかった。
会計を終え、店を出る。袋の中の温もりが、街の喧騒に溶けていく。
「持ちますよ」
「いいって」
そう言う俺の手から、相原さんはひょいっと袋の片方を取った。
「半分こ」
反則級の笑顔。
顔が熱くて、何も返せなかった。




