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#29 夏祭り、ナンパ

 眩しすぎて、目も合わせられない。


 屋台の明かりがきらめいて、人形みたいな彼女の横顔を照らしている。


 俺は顔を真っ赤にしてうつむいた。


「ななちゃん、どうしたの?」


「いや、その……」


 あなたが可愛すぎて悶絶してました!


 ……言えねぇ。言えるわけねぇ。


 俺はぎこちなくはにかんだ。


「ななななんでもないよ!こ、混む前に、屋台並ぼう!」


 ついに8月15日。


 俺の人生のビッグイベント、「相原さんとの浴衣デート」当日だ。


 隣には、髪をおだんごに結った相原さん。風鈴みたいに揺れるかんざしが、歩くたびに魔法を振りまいている。


 雑誌から飛び出してきたような美貌に、俺は息をのんだ。


「ななちゃん、花火って7時からだっけ?」


「あ、う、うん!」


「かき氷のシロップ何味にする?」


「え、っと……」


 視界いっぱいの“相原アスカ(浴衣ver.)”に、俺の脳みその処理速度が落ちた。


 心拍数オーバーヒート中。まともに会話できる気がしない。


 緊張でガチガチに固まっていると、相原さんは大きくため息を吐いた。


「……はぁ。良い加減にしてよ、ななちゃん――というか、七瀬くん」


「はいっ!」


「やるならちゃんと演じ切ってください。こっちもオタクに全振りしてるんだから」


「す、すいません」


 叱られた子供みたいに項垂れる俺。


 しかし、ここからななちゃんモードに切り替えるなんて……。三角関数の問題を解くより難しいんじゃないか?


 俺は1人肩をすくめる。


「……いやー、相原さんの方が異常だって。よくクラスメイト相手にデレられるね!?恥ずかしくないの!?」


「ない」


 ない!?即答!?迷いなく!?


「私の目的はななちゃんとデートすること。それだけ。顔を拝めるためなら、恥ずかしさなんて捨てられます」


「はぁ……」


 脅威の切り替え能力。ここまで割り切って考えられるなんて、悟りでも開いているのだろうか。


 俺は意を決して言ってみる。


「……じゃあ、あーりん」


「はい♡」


「いやごめん無理だわ!」


 俺が頭を抱えると、相原さんが口を尖らせて文句を連ねる。


 可愛いけど、可愛いけども、……いや、可愛いから?とにかく、無理なもんは無理だ。脳が追いつかない。


 相原さんは拗ねたように頬を膨らませた。


 そのとき――


「……あれ、相原さん?」


 背後から、聞き慣れた男の声。一瞬心臓が止まる。 


 こんなときに誰だ?


 ぱっと振り返ると、谷口、リョウちゃん、マサヤのクラスメイト3人組がいた。


 うわ。よりによってお前らか。


 おー、元気?――と言いかけて慌てて飲み込む。今の俺は七瀬匠海じゃない。“ななちゃん”だ。

 

 危ない、失態を犯すところだった。冷や汗が首筋を伝う。

 

 祭りのざわめきも、金魚すくいの水音も、全部が遠のく。


 相原さんにSOSの視線を送るが、彼女は硬直したまま。


「えっと、相原さんのお友達?」


 谷口が俺を見て言う。


 何が相原さんのお友達だ。俺は谷口の友達じゃないか。


「まあ、一応……?」


 相原さんがぎこちなく答える。

 

 俺は笑顔でそっと会釈。声を出したら即終了。


 頼む、早く立ち去ってくれ……!


 そんな俺の願いも叶わず、谷口たちは会話を続ける。


「へー!相原さんがこういうタイプの子と仲良いの意外!」


「……そうですか」


 ほら、相原さん困ってるじゃん。お前らはどっか行けって。

 

「相原さんって清楚な感じだから、ちょっとギャルっぽい子といるの新鮮だな〜って」


「はあ」


 会話を聞きながら、心の中に疑いの雲が広がる。

 

 ……おい。こいつ、相原さんに気があるわけじゃないよな?


 俺は谷口をねめつける。


 普段は特段女子と話すタイプじゃないのに、今日はやけに積極的だ。


 ナンパか?祭り気分で浮かれてんのか?


 嫌な予感がチラチラ光る。


「あの、良ければ――」


 ……おいおい、嘘だろ。


 やめろ。言うな。絶対言うな。


 相原さんは俺のものなのに!!!


「……連絡先、教えてくれませんか?」


 え?


 一瞬、頭の中が真っ白になる。


「一目惚れしちゃって……」


 谷口が恥ずかしそうに笑った。

 

 ちょ、待って待って待って待って!?


 誰に!?


 ――相原さんじゃなくて!?俺!?!?!?

 

 思考停止。脳がブルースクリーン。

 

 断ろうにも声バレが否めないし、俺はどうすることもできない。


 焦っていたそのとき、腕をぐいっと掴まれた。


「な、ななちゃんは私のものなので!失礼します!」


 相原さんはそう言い残し、俺を力づくで引っ張って人混みを駆け抜ける。


 うしろには、呆然と立ち尽くす男3人組。


 まんまるの目で顔を見合わせているが、今は説明している余裕などない。


 浴衣の裾が風を切る。祭りのざわめきと非日常感が、火照った俺たちの体を包んでいる。


 ……これは面倒なことになった。


 しかし――


「私のもの、か……」


 息を切らしながら、相原さんに引っ張られる俺。


 触れた指先が熱を持っている。


 2人とも頬が赤い。走っているからか、はたまた手を繋いでいるからか。


 上がり続ける口角が、そろそろ夜空に届きそうだ。

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