#28 続続続・お勉強デート?
相原さんは何も言わずに、俺のグミをもぐもぐ頬張る。
水色、黄色、紫、ピンク……。
俺の袋から、まるで宝石を摘むみたいに一粒ずつ選んでいく。
瞬く間に吸い込まれていくけど、もちろん、全然悪い気はしない。むしろ嬉しい。彼女のためなら、バイト代を全部グミにぶっ込んだって構わない。
「相原さん、浴衣何色にするの?」
「えっ?」
パチパチと瞬きをして、はっとしたように俺を見る。
お菓子に夢中で、俺の存在を忘れてたらしい。可愛すぎるだろ。
「あ、えっと……。持ってないので、レンタルのお店に行こうと思うんですけど」
おお、それは賢明な判断だ。
相原さんの不器用レベルを知ってる俺としては、着付けはプロに任せるべきだと思う。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「何色がいいですか?七瀬くん」
「えっ?俺が決めて良いの?」
「はい。私、ななちゃんの浴衣をピンクでリクエストしたので」
俺はうーんと頭を捻らす。
相原さんの浴衣。何色でも似合うに決まってるからこそ、はちゃめちゃに悩む。
……よし、ファイナルアンサー決まり!
「相原さんもピンク着てよ」
「え!」
「お揃いコーデ風にしよ」
「したいです!」
相原さんは、ぱあっと目を輝かせて笑った。
彼女自身が花火なんじゃないかと思うくらいに、周りが一瞬で明るくなる。眩しすぎる笑顔。
「相原さんって、結構顔に出るタイプだよね」
「そ、そんなことないです」
「ポーカーフェイスだと思ってたけど、全然違った」
頬を膨らませる仕草が、小動物みたいで反則級。
「七瀬くんってば、一度振られた分際でよく言いますね!前は宿題も押し付けてましたっけ?」
「うっ……」
これでどうだ!と言わんばかりにニヤリと笑う相原さん。
くっそ……。痛いところをついてくる。さすが、学年1位の頭脳。
俺は形成逆転を試みる。
「相原さんだって、俺の顔好きすぎてプレゼントまで作ってんじゃん?好きすぎでしょー、俺の顔」
わざと挑発すると、相原さんは真っ赤になって両手で頬を隠した。
「違うし!私が好きなのは七瀬くんじゃなくてななちゃんだもん!」
「あ、タメ口になった」
「あっ……」
恥ずかしそうにそっぽを向く姿が、あまりにも無防備でおもしろい。
視線を合わせまいと必死な相原さんに、俺は思わず吹き出した。
「そのままでいいよ。敬語じゃなくて。その方が嬉しいし」
「えー……」
「タメ口で話したら、ななちゃんが8割り増しでファンサするって」
「わかった!」
……ちょろい。ちょろすぎる。
見かけによらず単純すぎる相原さん。数学オタクで、表情豊かで、単純で――本当に目が離せない。
「……と、とにかく、勉強しましょう、七瀬くん」
「あれ、敬語?」
「勉強しよう!」
「はーい」
俺は笑いながらカチカチとシャー芯を出す。
この流れで勉強なんてできるかよ。
自分の問題集をざっと見て絶望し、それから相原さんのノートを覗き込む。
あれ、学校の課題じゃない。
「それ、何やってんの?」
「数学だけど」
「それは流石にわかるわ。塾の?」
相原さんは首を横に振り、当たり前のように言った。
「これは、趣味の数学」
「趣味の!?」
数学に趣味という概念があるのか!?
俺は驚いて口をあんぐり開ける。
「え、面白いの……?」
「もちろん」
「ちなみに学校の宿題は……?」
「面白くないから初日に片付けた」
ですよねーーーーーー!
可愛い顔して圧倒的化け物!!!
「あの、俺の宿題――」
「面白くないから却下」
「言い終わる前に断られた!」
机に突っ伏す俺を見て、相原さんがくすっと笑う。
その笑顔が、やたら優しくてずるい。
「あ、そういえば」
相原さんがぱっと顔を上げる。
「面白い問題、まだもらってないんだけど」
「え?」
なんの話だ?俺は首を傾げる。
「あのときの交換条件」
「あ……」
脳内で全て結びつき、1人合点がいく。
なるほど、例のアフヌンデートのことか。俺は、面白い問題を渡すという条件で相原さんを呼び出し、デートを取り付けたのだ。
すっかり忘れていたが、何も問題ない。ちょうど、いいネタが入る予定がある。
「9月になったら渡すね」
「9月?」
「テストあるでしょ」
俺が笑うと、相原さんは怪訝そうに眉を顰める。
「まさか、また赤点取るんですか?」
「うん、そのつもり」
相原さんによるとヤマオの補習課題は面白いらしいので、それを横流しすれば問題無いだろう。
「もう、七瀬くんったら……」
呆れ顔のくせに、少し嬉しそうに笑う相原さん。
紅茶の香りより甘い空気が、教室いっぱいに満ちていく。




