#27 続・お勉強デート?
「てかさ、塾通ってる人は自習室とか行くもんじゃないの?どうして学校に?」
ふと気になって聞いてみる。
「普段は塾にいますよ。でも今日は、空調の工事で休校なんです。だからたまたま学校に」
なるほど、そういうことか。七瀬匠海という男、やっぱり運だけは最強らしい。
「相原さん、東大行くんだっけ」
「行かないですよ」
「え?」
あっさりと首を振られて、俺は思わず聞き返す。
「そうなの?色々噂聞いてたけど」
「噂は噂ですよ。私は行かないです」
“行けない”、じゃなくて、“行かない”。
実力はあるけど、あえて違う道を選ぶ感じ。惚れる。
「七瀬くんは?大学、どうするんですか」
「うーん、どうするんだろうねぇ」
腕を組んで考えるけど、大学生になるなんてまだ想像もつかなくて、何もピンと来ない。
ついこの前高校に入ったばかりなのに、もう進路希望調査だの何だの、現実は待ってくれない。さすがに焦る。
俺はこの先、どうなるんだろう。
「相原さんと違って、勉強したいとか思ったとないし」
「別に、私も勉強したくて大学行くわけじゃないですよ」
「え!?そうなの!?」
「はい」
予想外すぎて、思わず声が裏返る。
数学オタク代表みたいな彼女からは、全く想像できない答えだった。
「俺も、そろそろ進路考えなきゃなぁ」
「ご両親からは、何か言われてるんですか?」
「いやー。うちは放任主義だから、なんにも。ま、姉ちゃんが私大で金かかってるし、できることなら国公立に行って欲しいんじゃないかな」
「七瀬くん、お姉さん居るんですか?」
「言ってなかったっけ?こないだ貸した服、姉ちゃんのだよ」
「あ、そうだったんですね。その節はお世話になりました」
教室に2人きりだから、姉の服を貸してデートしたとかいう意味不明な話だって、堂々とできる。
相原さんを独り占めしている優越感で溺れそうだ。
「相原さんはきょうだい居るんだっけ」
「はい。兄と姉がいます。それこそ東大ですよ」
やっぱり。カズが言ってた通りだ。
エリート家系、恐るべし。
「 住む世界が違いすぎてびっくりするわ。それに、相原さんってあんまり末っ子らしくないし」
「そうですか?」
「一人っ子だと思ってた。なんか変わってるし」
俺がからかうと、相原さんは頬をぷくっと膨らませた。
「それ、馬鹿にしてますよね?」
「してないしてない」
「でも、今、変わってるって――」
「変わってはいるでしょ。数学オタクとか、正直意味わかんないって」
俺がこぼすと、相原さんは「えー!」と声を上げた。
「数学は面白いじゃないですか!」
「どこが?」
「答えが1つなところ!どれだけ遠回りしても、最後は必ず1つの答えにたどり着く。シンプルだけどロマンがあって、わかりやすくて好きなんです」
「いや、わかんないって」
完全にお手上げの俺を見て、相原さんは笑った。
教室に響くその声が、やけに心地いい。
とりとめのない雑談。
なのに、全部が楽しくて、胸の奥がくすぐったい。
そうだ、と思い出し、鞄のチャックをひょいと開ける。
「グミ食べる?」
「食べます!」
やっぱり即答。
相原さんはピンクのグミを一粒つまんで、ぱくっと頬張った。やっぱ、ピンク好きなんだ。
「あま〜い」
「そりゃ良かった」
俺も真似してピンクのグミを選ぶ。
食べ慣れた苺味が、いつもよりずっと甘酸っぱい。




