#24 アフヌンデート③
「はあ〜、美味しかった!」
そんなこんなで、なんとかアフターヌーンティーも終了。
上品な紅茶と、甘すぎるくらいのスイーツに舌鼓を打ち、気分はまるで中世ヨーロッパの貴族。
それにしても相原さん、可愛かったな……。
今も隣にいるっていうのに、にやけが止まらない。
「ね、ななちゃん!今日撮った写真送ってよ〜」
「もちろん!LINEやってる?まとめて送りたいんだけど……」
言った瞬間、サッと血の気が引いた。
――あ、やらかした。
これ、やばいんじゃね?
スマホの画面に映るアイコンは、豆太の寝顔。名前は「匠海」。
相原さんに正体がバレるのも、クラスLINEで気づかれるのも時間の問題。
どうする、七瀬匠海……!このピンチ、どう乗り越える……!?
エアドロ提案とかで逃げ切れるか?いや、微妙――
「……はいはい、茶番はここまでにしましょう」
「ふぇ!?」
思わず声が裏返る。
今、なんて言った!?
「……はぁ。私がななちゃんの正体に気づいていないとでも思っていたんですか?」
「え!?え!?ええええええ!?」
空いた口が塞がらない。
俺は、目をまんまるにして後ずさり。
相原さんは呆れたようにため息を吐き、例の仏頂面で言った。
「ここで話すのもあれですし、どこかお店に入りましょうか。ななちゃん――いや、七瀬くん」
……終わった。
頭の中が真っ白になって、うんともすんとも発せない。
俺は無言のまま、ただ相原さんの後ろをついていく。
……いつから?一体、どのタイミングで気づかれたんだ?
俺は1人頭を抱えた。
♡
マックの席に、気まずい沈黙が流れていた。
高級ホテルのアフヌンからの、激安ファストフード。落差が激しすぎて耳がキンとする。
「……いつから気づいてたんすか」
相原さんはポテトを1本取り、淡々と答えた。
「まあ色々ありましたけど、確信したのは――裁縫のときですね」
「裁縫?」
予想外の言葉に驚き、俺は間抜けにオウム返し。
裁縫って……あれだよな。相原さんのマスコット作りを手伝って、その後にメイド喫茶でプレゼントされたっていう奇跡みたいなやつ。
相原さんの方を見ると、「まだわかんないわけ?」とでも言いたげな表情。
しびれを切らしたのか、相原さんが口を開いた。
「ヒント。傷」
「……あ!」
脳内で全てが繋がり、俺は大きく声を上げる。
あの放課後。手を差し伸べた瞬間、相原さんに針でぶっ刺された。
「七瀬くんとななちゃん、全く同じ傷がありましたから」
……観察眼、こわすぎ。
探偵かよ。
俺は苦笑する。
「あと、チェキの落書きでも薄々気づいてました。筆跡が似てるなって」
どうして俺の文字を知ってるんだ?と思ったが、自分で補修課題を押し付けた過去を思い出す。あぁ、情けない。
「いつ気づくんだろうと思ってからかってましたけど、七瀬くん、笑っちゃうくらい鈍感だったから。そろそろネタバレするつもりだったので、このお茶会はラッキーでした」
涼しい顔で言う相原さん。
……こっちがからかってるつもりだったのに、いつの間にか手のひらの上で転がされまくっていたなんて。
恥ずかしさで顔が燃えそうだ。
まるで、推理小説のラストシーンを読んでいるかのようだ。
相原さんの洞察力とか、余裕さとか、色んなものが怖い。
しかし、そんな完璧なネタバラシをされても理解しきれないことがあった。
「……なんで、正体が俺だってわかってからも通ってくれたんすか?」
「だから言ったじゃないですか。からかうためだって」
「それだけの理由で?メイド喫茶、安く無いっすよ」
俺が言うと、相原さんは「はいはい」と自虐っぽく笑った。
「……好きなんです。ななちゃんの顔が」
「ふぇ?」
耳がおかしくなった気がした。こいつ、今なんて言った?
「最初は冷やかしだったのに、指名するたび喜んでくれるから……やめられなくなりました」
俺の顔が、好き、だと?
思わず自分の耳を疑う。しかし、相原さんは恥ずかしそうにそっぽを向いているから、俺の幻聴では無いんだろう。
「……俺の顔、好きなの?」
自分で聞き返して、勝手に恥ずかしくなる。
相原さんは、「何回も言わせないでください」と拗ねた。
……ツンデレかよ。ずるい。たまらん。
「相原さんって面白いね」
「面白くないです」
照れてるーーーー!可愛すぎーーーー!
俺の口角は雲に届きそうだ。
その時、ふと閃いた。
「……もしかして、ヤマオにバイトバレそうになった時、庇ってくれたのって……ななちゃんクビにしたくなかったから?」
「黙ってください」
図星だな。
推しを守るために大嘘までつくとか、健気すぎる。
「と、とにかく!お互い、このことは内緒にしましょう。七瀬くんがメイドで、私がメイド喫茶通いって……バレたら困るでしょ」
慌てて言う相原さんが可愛くて、ちょっと意地悪したくなる。
「いやー、俺は困んないけど?そろそろバイトやめるし」
「えっ!?そ、そうなんですか!?」
ガチ動揺。リアクションがマジすぎて面白い。
「嘘だよ」
「よ、よかった……」
胸を撫で下ろす相原さん。推し愛が深い。
「相原さんって、結構顔から入るタイプなんだね」
俺が呆れると、相原さんは頬を膨らまして対抗してきた。
「そ、そっちだって、人のこと言えないですよね?」
「え?」
「バレバレですよ。可愛い可愛いって裏で騒いでるの」
……終わったぁ〜。
俺は白目を剥いて項垂れる。
「……まじ?」
「まじです」
「いやだって、相原さん可愛いじゃん」
「面と向かって言われるとキモいですね」
「ぐさっ!傷つく!」
「でも裏でこそこそ言ってる方が、度胸がなくてダサいです」
「ぐさぐさっ!心に大ダメージ!」
完全に形成逆転。
ええい、もうどうにでもなれ!俺は勢いで噛みついた。
「だったらどうだ!相原さん、俺と付き合わない?」
「は?」
「お互い顔が好みなんだから、ウィンウィンでしょ!ね?どう?付き合お――」
「無理です」
「早ーーーーー!即答ーーーーーー!間髪入れず振られたーーーーー!」
俺の叫び声が店内に響き渡る。
「あくまでも、好きなのは「ななちゃん」なので。七瀬くんではありません」
「正直に言うねーー!」
「はい。性格が合わないと思うので、交際は遠慮しておきます」
真っ直ぐすぎる言葉。ナイフが胸に突き刺さるが、俺はまだ負けない。
「じゃ、じゃあさ!俺じゃなくてななちゃんの顔が好きだって言うんだろ?」
「はい」
「ななちゃんの見た目で会うっていう条件付きなら、これからもデートしてくれる?」
「え?」
目を丸くする相原さん。
よし、風向きが変わってきたぞ。俺は深呼吸し、真剣に続ける。
「夏休み、花火大会に行きませんか?俺は浴衣の相原さんを見れるし、相原さんは浴衣のななちゃんを見れる。顔のためだけのデート。無駄がなくて、効率的でしょ?」
俺が力説すると、相原さんは手を顎に当てて考え始めた。
「……なるほど」
数秒の沈黙。後に、相原さんは顔を上げた。
「その提案、乗りましょう。お互い利益を見込めます」
勝った!正確には、試合に勝って勝負に負けたって感じだけど、この際どうでもいい!
想定したルートとは大きく違うが、浴衣デートという目標には辿り着けたので大成功。
喜びを噛み締めてガッツポーズすると、相原さんはドライアイスのような視線で俺のことを睨んでいた。
「うるさいです」
「ご、ごめん」
――たぶん、性格はほんとに合わない。
でも、この関係、ちょっと面白くなりそうだ。




