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#23 アフヌンデート②

 プリクラブースの中は、想像よりもずっと明るかった。


 白い光に包まれて、まるで撮影スタジオにでも来たみたいだ。


「中、意外と広いですね!」


「ほんとだ〜」


 目を細めながら並ぶ俺とあーりん。2人ともやけにテンションが高い。

 

 荷物を置くと、画面からアニメキャラみたいな声が流れた。


『準備はいいかな?撮影モード、始まるよ!』


 相原さんは目を細めて「はーい!」と返事。


 ……やばい、可愛すぎる。


『まずは定番ピースから!3・2・1!』


 カシャ!


 狭いプリクラブースの中に、軽快なシャッター音が鳴り響く。


 俺たちは指示に従い、慌ててピースサイン。


「はやっ!もう撮られちゃった!」


「びっくりですね」


 相原さんは、あははと無邪気に笑った。


『次は、可愛く猫耳ポーズ!』

 

「こうかな?これで合ってる?」


 あーりんが両手を頭の上に持っていく。

 

 その仕草があざとすぎて、俺の視界がぐらぐら揺れた。


「もうっ、ななちゃんもちゃんとやって!」

 

「えっ!?」

 

「ほら早く!」


 カシャ!

 

 気づいた時にはもう、画面にはぎこちない猫耳ポーズの俺と、笑い転げるあーりんが映っていた。


「タイミング難しい〜」


「でも、楽しいですね!」


「うん!」


 この時間が永遠に続けばいいのに……。

 

 俺はぼんやり考える。


『最後の1枚は、仲良く手を繋いで!』


 ……え?


 頭が一瞬、真っ白になった。

 

 な、な、なかよく、手を?つ、繋ぐ!?


「ど、どうします!?別のポーズに……」


 俺が慌てて言いかけたその瞬間、あーりんはなんのためらいもなく俺の右手を取った。


 柔らかくて、小さくて、あたたかい。

 

 指の先から一瞬で熱が駆け上がり、じわじわ赤く染まっていく。


「ななちゃん、ちゃんとカメラ見て!」


 笑顔のまま俺の手をぎゅっと握るあーりん。

 

 俺の心臓は、もはや限界突破。

 

 鼓動の音が、シャッター音よりも大きく聞こえる気がした。


 カシャ!


 最後の写真が撮られた瞬間、俺は完全に石化していた。


「できた〜!楽しかったね、ななちゃん!」

 

「は、はい……」

 

 心臓、持って良かった……。


 あーりんは無邪気にモニターを覗き込み、プリクラの落書きペンを手に取る。


「全然うまく書けないよ〜!ななちゃんおねがーい!」


 いたずらっ子みたいな笑顔。相原さんに甘えられる日が来るとは、全く、人生も捨てたもんじゃ無い。


 俺は震える手でペンを受け取り、チェキで鍛えた落書きセンスを見せつけた。


「ななちゃん上手ー!」


「あ、ありがとうございます……」


 赤い顔を見られぬように、俺はそっとうつむいた。


 ――これ、たぶん一生分の運とドキドキを使い果たしたぞ。



 お待ちかねのお茶会タイム。

 

 ホテル最上階のレストランは、まるで異世界だった。


 窓の外にはガラス越しの青空。テーブルの上には豪華な三段のティースタンド。

 

 繊細なスコーン、宝石みたいなケーキ、バラの香りの紅茶。童話の世界でしか見たことがないものばかり。


 何もかもが現実離れしていて、庶民代表の俺は思わず息を飲んだ。


「すご……芸術品みたい……」


 俺が声を上げると、向かいに座る相原さんが優しく笑った。


 暖かな光を受けるその姿は、もう本物のお姫様。


 レースのクロスの上、ティーカップを持つ指先まで完璧に絵になっている。

 

 俺は齢17にして、見惚れるという言葉の本当の意味を知った。

 

「じゃあ、いただきますか」


 相原さんが上品に微笑む。


「はい!いただきます!」


 給食当番の小学生みたいな俺の声。我ながら、バカ丸出しで恥ずかしくなる。

 

 気を取り直して、三段スタンドの一番上のタルトに手を伸ばした。


 イチゴの艶があまりにも美味しそうだから、気づいたら自然と指が動いていた。


「ななちゃん、それ上の段だよ」

 

「えっ?」

 

「下の段のサンドイッチから食べるんだよ。色の薄いものから順番に。味のバランスが崩れちゃうから」

 

 え、なにその貴族ルール。

 

 俺は一瞬固まって、慌ててタルトをそっと戻した。

 

「そ、そうなんですか!?すみません、初心者で……」

 

「大丈夫大丈夫!最初はみんなわかんないもん」

 

 そう言って目を細めるあーりん。


 その余裕と優しさに、またやられる。


 そういえば、相原さんは雑学王って呼ばれてるんだった。

 

 広く深く、何でも知ってる。異次元すぎる知識量ゆえに、「歩くGoogle」という異名があるとかないとか。


 世界のアフターヌーンティー文化とか、たぶん講義できるレベルなんだろうな……。

 

 ――もしも俺と相原さんが付き合ったら、会話って成り立つのかな。


 脳裏にふとそんな妄想がよぎる。

 

 学年一位と学年最下位。偏差値の差は40どころじゃないだろう。

 

 俺は1人ため息を吐く。


 そういえば、いつだかテレビで聞いたことある。「IQが20違うと会話が噛み合わない」って。


 ……うん、多分会話は成立しないね。

 

 今「ななちゃん」と「あーりん」として話せてるのは、テンションが上がって相原さんの知能レベルが麻痺しているからなんだろう。


 魔法が解けた瞬間、話すことすらできなくなる。だいぶ切ない。

 

 悲しい現実を受け入れつつ、俺は紅茶にミルクを注ごうとした。


「ななちゃん」

 

「は、はいっ!」

 

「一杯目はストレートで飲まなきゃだめだよ」

 

 静かに、小声で、でもぴしっと。

 

 完璧に育ちの良い人のトーンで言われて、俺の背筋がビッと伸びた。

 

「あっ、そ、そうでした……」


 なんだかんだでかっこつけたい!という七瀬匠海の根が悪あがきし、「知ってたけど忘れてただけ」という最悪な誤魔化しが飛び出た。


 知ったかぶり、情けねぇ。


 完全に教養の差を突きつけられて、とほほな俺。


 でも、あーりんはそんな俺を見て、おっとりと笑った。

 

「でも、ななちゃんみたいに正直な人って好きだよ。のびのびしてて、見てるだけで幸せもらえるもん」


 ――はい、死亡フラグです。

 

 脳の容量が全部エラーで埋まって、紅茶の香りすらわからなくなった。


 今世紀最大に浮かれている俺は、唐辛子ケーキを食べても気づかない気がする。


 相原さんの横顔を眺めながら、とろとろ脳が溶けていくのを感じた。

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