#22 アフヌンデート①
瞬く間に時は流れ、ついにお茶会デート当日。
俺は何度も脳内シミュレーションを繰り返し、待ち合わせの広場に立っていた。
集合時間の10時まで、あと8分。動く秒針が、俺の鼓動を急がせる。
……相原さん、ほんとに来てくれるかな。
強引に約束を取り付けたけど、あのときの「渋々」な表情が頭に焼き付いている。
クラスメイトの友人(という設定の人間)とのデートなんて、すっぽかされてもおかしくない。
俺は緊張を誤魔化すように、スマホのカメラでメイクをチェックした。
アイシャドウよし、チークよし、リップよし。ツインテールも歪み無し。
幸か不幸かジャストサイズだった姉のワンピースに身を包み、いつもより乙女チックなななちゃんの出来上がり。
深呼吸をひとつ。すると――どこからか、パタパタと軽い足音が近づいてきた。
「……え!?ななちゃん!?」
「あっ!」
顔を上げると、そこには、目をまんまるにした相原さんが立っていた。
……良かった。ほんとに来てくれた。
まさか推しキャストが待ってるとは思わなかったのだろう。相原さんは口元に手を当てて、あわあわと戸惑っている。
「こんにちは、あーりん」
勤務中でもないし、今日は「お嬢様」じゃなくて「あーりん」と呼ぶことにした。
「え、えと……あの、えっ……?」
「今日はわざわざ来てくれてありがとうございます」
俺が微笑むと、相原さんは顔を真っ赤にして少し俯いた。
「な、なんでここにいるの?七瀬くんとはどういう関係?」
やっぱり気になりますよねー!うーん、なんて返そう……。
「まあ、中学時代の友達みたいな。とにかく、暑いからどこか入りましょう!」
俺は勢いで誤魔化して、ショッピングセンターに入るよう促した。
相原さんのぎこちない足取りが可愛い。
「11時半からのアフターヌーンティーを予約したので、それまで適当に時間を潰しましょう」
歩幅を合わせながら俺が言った。
「楽しみ!ありがとうななちゃん!」
ぱっと顔を輝かせる相原さん。
……ああもう、可愛い。反則。
相原さんの笑顔に、全ての語彙が吹っ飛んだ。
「私、そういうの行くの初めてなの!やった〜!」
絶対に、「七瀬匠海」の前では見せてくれない無邪気な笑顔。
「ななちゃん」で来て大正解だ……。心の底からそう思う。
会場のレストランは、高級ホテルの最上階。俺も初めて入るけど、そんな緊張よりも、隣に相原さんがいることの方がよっぽど胸を高鳴らせた。
「そういえば、ななちゃんの私服初めて見たかも!いつもメイド服だから新鮮!」
「あ、たしかにそうですね!」
俺も、相原さんの私服を見るのは初めて。白のシャツに、太めのデニム。予想通りの圧倒的シンプル。それでも様になるのが、さすが相原さんだ。
あーりんのお洋服、素敵ですね。
そう言おうとした瞬間、相原さんが拗ねたように笑った。
「私も、ななちゃんみたいな可愛いの持ってればな〜。もっとおしゃれして来れば良かった〜」
……あれ、この展開ってもしや?
いつだか描いた夢物語が、忠実に再現されている。
世界中の神という神が、俺の味方をしているようだ。
「……も、もし、良ければですけど」
「ん?」
「可愛い服、貸しますか?」
全てが上手く行きすぎて、俺の声が少し上ずる。
相原さんは、漫画みたいにパッと目を輝かせた。
「いいの!?」
「もちろんです!」
脚本があるかのごとく、都合よくストーリーが進む。
こうして俺は、想像の1000倍早く――“相原アスカ(フェミニンver)”に辿り着いた。
♡
「ななちゃん、どうかな!」
トイレで着替えた相原さんが、くるりとターンしてスカートを揺らした。
……やばい、可愛すぎる。
ふふっと笑うあーりん。まるで天使。地上に舞い降りた天使。
思考が一瞬でショートする。
「ロングスカートとか、滅多に着ないから恥ずかしいな。変じゃない?」
「変じゃない!似合ってる!似合いすぎ!」
ついつい、俺の中の「七瀬匠海」が顔を出してしまった。
相原さんは嬉しそうに裾を摘んで、頬を赤く染める。
「私、こういうの着てみたかったんだよね!」
……プリンセスか?いや、プリンセス以上だ。
背景はただのショッピングセンターなのに、ここだけ別世界みたいに輝いて見える。
「……めっちゃ可愛いです」
気づけば本音が口をついていた。
「ありがと〜♡そうだ、記念に写真撮ろうよ!お互い私服なの珍しいじゃん!」
あーりんの弾んだ声。俺はパッと閃いた。
「あ、せっかくならプリクラ撮りましょう!まだ時間もありますし!」
「いいね!どこで撮れるのかな?」
「えーっと、ゲームセンターは3階みたいですね。行きましょう!」
「うん!」
テンションが上がって少し子供っぽい相原さんが、とてつもなく愛おしい。
エレベーターで3階に上がると、ガヤガヤした賑やかな空間が俺たちを出迎えた。
「すご〜い!私、プリクラとか初めてだよ!」
あーりんは物珍しそうに辺りを見渡す。
確かに、相原さんはこういうのとは縁が無さそうだ。
「じゃあ、さっそく撮りますか。……ん?ヘアアイロンとか、借りれるんだ」
ブースの横に、ドレッサーとヘアセットコーナーがあるのに気づく。
なら――。
「あーりんのヘアセット、やってもいいですか?」
「え!いいの!?」
もちろん!
俺は相原さんを椅子に座らせ、長い髪にブラシを通す。
真っ直ぐで、すとんとした黒髪。
触れるたび、石鹸みたいな甘い香りが漂う。……やばい、理性が危険信号を出してきた。
ヘアアイロンでくるんと毛先をカールさせると、あっというまにお姉さん風ウェーブヘアの完成。
鏡を覗き込んだ相原さんは、見慣れない自分の姿にきゃぴっと声を上げている。
「すごーい!ななちゃん、めっちゃ器用!美容師さんみたーい!」
「それほどでも」
隣には、芸能人みたいに可愛い相原さん。
この後は、甘いケーキと紅茶の予定。
やばい、楽しすぎる。
何もかもが完璧に進み、逆に怖いくらいだ。
俺は幸せを噛み締めながら、狭いプリクラのブースへと足を踏み入れた。




