#20 約束をこぎつけろ
翌日の放課後。俺は、相原さんを中庭に呼び出した。
カズには「よく呼び出せたな……」と驚かれたけど、こちらの緻密な計画を舐めてもらっちゃ困る。
俺は朝、「話があるから放課後中庭に来てほしい」と伝えた。案の定、相原さんは塩対応。
しかし、ここで折れないのが七瀬匠海の粘り強さだ。
興味を示してくれないってのは、もちろん想定の範囲内。俺は余裕の笑みで言った。
「めっちゃ面白い数学の問題あげるよ」
その瞬間、相原さんの眉がピクリと動く。
「わかりました」
即答。
さすがの数字ホイホイである。
数学の問題をチラつかされたら、不審者にもついて行きそうで怖い。
……そんな経緯を経て現在、俺は相原さんと二人きり。
彼女の黒髪が風に揺れて、絵画みたいに綺麗だった。
「話ってなんですか?手短にお願いします」
よし。
俺は意を決して口を開く。
「今週の土曜日、空いてる?」
相原さんのまつげがわずかに揺れ、驚いたように目を見開く。
「紹介したい人がいて」
俺の言葉に、相原さんは眉をひそめた。
「……男性ですか?」
うーん、難しい質問。男性だけど男性じゃないし、女性でもない。
「ま、まあまあ。とにかく、相原さんに会って――」
「遠慮しておきます。ご友人にはそう伝えてください」
「いやいやいや、ちょっと待って!」
俺は土下座の勢いで相原さんに泣きつく。ここで逃げられたら終わりだ。どうにか引き留めなくては!
「その日会ってくれたら、もうとびっきり面白い数学の問題渡すって!ほんとに!約束する!」
俺が震えた声で懇願すると、相原さんは半歩後ずさり。ドン引きしているようだ。
「……でも」
「そこをなんとか!」
涙目で手を合わせる。
「……そんなに言うなら」
「本当!?」
俺がパッと顔を上げて目を輝かせると、そこには死んだ目をした相原さんがいた。
やばい。約束を取り付けたものの、相原さんはとてつもなく不機嫌そうだ。
「とにかく、お昼を一緒に食べたくて」
「七瀬くんとですか?」
「うん……じゃなくて、俺の友人!」
「はあ」
相原さんは呆れ顔。
「今週の土曜日、10時に駅前の広場集合でどうでしょう?」
「七瀬くんのご友人と?」
「そう!」
俺の勢いに押された相原さんは、渋々話に乗ってくれた。
「……わかりました。10時ですね」
「うん!ほんとにありがとう!」
「それでは」
そう言って、相原さんはスタスタ戻って行く。
……なんとかなった、のか?
俺の押しがあまりにも強いもんだから、断る方が面倒だと判断したんだろう。
俺と相原さんのテンションの差は凄まじいが、まあ良い。
浴衣への第一歩、確実に踏み出した。
第一関門、突破。俺はガッツポーズを決めた。
♡
その日の夜、俺は電話でこの件をカズに報告した。
「は!?今週末、相原さんと遊ぶ!?」
「うん」
正確には、俺じゃなくてななちゃんが、だけどな。
作戦の全貌を知らないカズは、信じられないというように声を上げる。
「嘘だろ……?一体どうやって!?」
「まあまあ」
鼻歌混じりに胸を張る。
「あの相原さんが、このタクとデート……」
「このタクってなんだよ」
「いやー、驚いた。明日は大雪かもな」
「うるせぇ」
カズは腕組みして、大真面目に「ブーツ出しとくか」なんて言ってる。全く、失礼な奴め。
「っつーか、相原さんってデートの誘いとか快諾してくれるタイプなんだな……」
快諾とは程遠かったけどな。どちらかというと、不快諾だった。
ここからどうにかして好感度を巻き返さなくては。
「どこ行くんだよ、記念すべき初デート」
「極秘」
「つまんねぇの」
カズは不満そうに口を尖らす。
「タク、ほんとにめげねーよな。自分なら、補習課題を押し付けた女の子に告白とか、ぜってー無理だって。プライドの低さ、尊敬するよ」
「黙れ」
カズはケラケラと笑った。
「いやー。お前、ほんとに相原さんのこと好きすぎじゃね?一目惚れから色々あって、それでもまだ好きって……。相当一途だぞ」
色々、というのは、メイド喫茶での遭遇やらが含まれているのだろう。
俺は「まあな」と苦笑い。
「相原さん、怖くね?」
「怖いよ。でも可愛い」
「理解できん!」
カズは叫ぶ。
「タクって、もしや罵倒されると嬉しいタイプ?」
「ちげーよ」
「はいはい」
茶化したあと、カズは少し真面目な声で言う。
「相原さんのこと、笑わせてこいよ?」
「もちろん」
「気遣い忘れんなよ?」
「わかってる」
俺が返すと、カズは「面白くなってきた」と豪快に笑った。




