#2 恋愛終了宣言
目が覚める。
……今何時?てか今日、学校あった日?
ぼんやりした目を擦りながら、手探りでスマホを開く。
5月10日(月) 11:15
「……午後から行くか」
俺はライオンのような大きなあくびをして、モゾモゾ這うように布団から出た。
黒柴の豆太の頭をわしゃわしゃ撫でながら、いいなぁ、豆太はご気楽に寝てるだけで可愛がられて、なんて考える。
ペタペタとスリッパを鳴らしながら一階に降りるも、リビングはしんと静まり返っていて、また寝坊してしまったという罪悪感に駆り立てられた。
三つ上の姉・夏希ちゃんは、もう大学に行ったらしい。起こしてくれたっていいのに。
たぶん言ったら「出た、タクの他責思考」って睨まれるんだろうけど。
俺は水でバシャバシャ顔を洗い、うんざりしながら昨日の出来事を思い出す。
いっそのこと夢だったらいいのに、と思うが、一晩置いたことで昨日の記憶がより鮮明に脳に刻み込まれ、現実だったことを思い知らされる。
あの相原アスカが、女装メイド喫茶か……。
勉強も運動も完璧にこなし、誰にも媚びず、いつも飄々としてる美少女。
近づけないからこそ惹かれてたのに――なんで、よりによって女装メイド喫茶。
服装は見慣れたジャージだったものの、トレードマークのポニーテールを下ろし、心なしか柔らかな表情でカフェのドアを開けていたっけ。
メイド喫茶に行くのが趣味なのか?しかも、むりやりワンピースを着たゴツい男しかいないような?
考えただけで吐き気がして、俺はブンブンと首を振る。
普段キャストを務めている身としては申し訳ないが、相原さんはこういう低俗なものとは遠いところにいてほしかった。
なんというか、クールビューティーなイメージが崩れる。
こうやって口を尖らせると、またまた姉から「出た、タクの理想主義」と非難されるのだろうが、今回ばかりは許してほしい。
俺は軽くヘアセットし、リュックを背負って家を出る。
こんな時間だし、朝食はパスしよう。
なんだか足取りが重かった。
♡
「おそよー」
「あ、タク来た。おそよー」
地下鉄を乗り換えて高校に着くと、教室は昼休み真っ只中だった。
なんとなくいつも一緒にいる男子グループの輪を見つけ、俺はぬるっと入り込む。
「お前、いつも昼休みに来るじゃん」
クラスメイトのカズこと西川和也は、コンビニの焼きそばパンをかじりながら茶化すように言った。
俺とカズは2年間同じクラス。主席番号が近かったため自然と仲良くなり、今に至る。
サッカー部のカズと女装メイドの俺は色々と正反対だが、なんだかんだで波長が合い、一緒にいることが多い。
「朝起きれねぇんだよ」
「日数足りんの?」
カズはときどき、教師のようなことを言う。ごもっともなお言葉耳が痛くなった俺は、「足らす」と言い捨て、椅子を引いてドカっと座った。
中学時代から学校に行ったり行かなかったりを繰り返していた俺だが、最近になって遅刻の回数が格段に増えた。
仲間内での挨拶が「おはよう」から「おそよう」になる程だ。我ながらなかなかまずい。
俺はそっとカズに目配せした。
「あのさ、カズ」
「何?宿題なら見せねーぞ」
「いや、違くて」
全く、情け無いほどの信用の無さだ。
「話したいことがあって」
俺は、今、廊下出れる?を、ジェスチャーで表現した。
カズは少し怪訝そうな顔をして、「ここじゃだめなん?」とジェスチャー。
だめ、と口パクで伝えると、カズはめんどくさそうに腰を上げた。
「わりぃ、一瞬抜けるわ」
そんなこんなで、俺とカズは騒々しい教室を抜けた。
「なんだよ、話って」
歩きながらカズが言う。
「相原さんの話なんだけどさ」
俺が切り出す。
聞くや否や、「お?」とカズが笑った。
恋バナだとわかった瞬間食いつく、ギラついた瞳。
残念だが、彼の期待は裏切ることになる。
「……いや、ちょっと、恋が終わってしまって」
俺が苦笑混じりに言うと、カズは目を見開いた。
「え、ちょ、おま、え?嘘だろ?あんなに可愛い可愛い言ってたのに?」
「うるさい」
俺は茶化すカズを睨み、それから大きく肩を落とした。
「幻滅しちゃったんだよ」
俺が弱々しく言うと、カズは「ほぇ?」と変な声を出す。
「幻滅って、何?食べ方汚いとか?」
「ちげーよ」
俺は一拍置いてから、意を決して真実を告げた。
「相原さん、お嬢様だった」
「なに?金持ちってこと?」
俺は首を横に振る。
「ヒント。俺のバイト」
ため息混じりな俺の声。
「タクのバイト?あー、あれだっけ。」
カズは、俺のバイト先を唯一知っている友人だ。
「メイド喫茶だろ?……って、あ」
カズははっとしたようにフリーズする。
「え、待って。嘘だろ?」
「もうわかった?」
お客さん、って意味だよな?
カズが視線でそう尋ねる。
俺は静かに頷いた。
「相原さん、結構常連客らしい」
カズは、やれやれという風に手を広げた。
「お前の恋、終わりだな」




