#17 “好き”に素直に
相原さんに助けてもらってから数日が経った。
嘘をついてまで庇ってくれた理由を知りたいのに、話しかけるといつもスッとかわされる。
彼女の塩対応は今に始まったことじゃないけど、さすがに堪える。
よく頑張ってるよ、俺……。
そんな風に自分を慰めながら、俺は瞼にラメをのせた。
……落ち込むのはやめにしよう。とにかく今は、ななちゃんモード。お給仕アクセル全開!
頬をぺちんと叩いて気合を入れたところで、お嬢様のご帰宅を知らせるベルが鳴った。
――カランコロン
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま♡」
楽しげに弾んだ声。
はぁ、やっぱり。
嬉しさと虚しさが心の中でせめぎ合い、ふぅと1人ため息を吐く。
学校でも、こんな風に笑ってくれたらいいのに。あーりん……。
♡
「チェキ付きドリンクですね、かしこまりました!」
俺がオーダーを取ると、相原さんは子供みたいに無邪気に笑った。
ドリンクが届くまでの間は、毎度恒例のお喋りタイム。
「また指名していただけて嬉しいです!」
ななちゃんスマイルで俺が言うと、
「もちろん♡ここに来るときは、絶対ななちゃんのチェキって決めてるので!」
と、少し得意げな相原さん。
……ダメだ、心臓がうるさい。
「ほんとは、もっと可愛くして来たかったんだけどね」
相原さんが呟く。
制服の裾をつまむ指先が、少しだけ寂しそうに見えた。
「センスなくて、おしゃれとかわかんないし。髪とかも上手くできなくて」
困ったようなぎこちない口角に、思わず胸がきゅっとなる。
「お嬢様!おしゃれに正解は無いです!自分の“好き”に素直になりましょう!」
……あれ、俺、何言ってるんだ?
勢いで出た言葉に自分で驚く。
けれど、相原さんは照れたように笑った。
「ありがとう、ななちゃん優しいね。お化粧とかできるようになったら、おめかししてまた来る!」
相原さんのなめらかな声。
俺は「ぜひぜひ!」と愛想良く振る舞いながらも、どこか複雑だった。
この人は、いつも完璧を目指しすぎだ。
俺は、もっと肩の力を抜いて、自由に、自然に笑って欲しいのに。
最初からパーフェクトなんて有り得ないんだし、とりあえずやってみる!精神で過ごすのも悪くないと思うんだけどなぁ。
そんなことを考えていたら、アップルジュースが運ばれてきた。いざ、チェキタイム。
「今日のポーズはどうされますか?」
俺が尋ねる。
「……一緒にハート、作りたいなって」
ズキューン!
俺のハートが天使に射抜かれ、音を立ててほろほろ崩れた。
え、聞き間違いじゃないよね!?
今、一緒にハート、って言ったよね!?
おずおずと右手でハートを作ると、相原さんが左手を添えた。
2人の爪がコツンとぶつかり、きゅっと心臓が跳ねる。
やばい、恥ずかしい。
「はーい、お写真撮りますよー!」
にっこり〜、は〜もに〜♡
カシャリとシャッターが鳴り、幸せいっぱいのチェキが焼き上がる。
天真爛漫な相原さんと、盛大ににやけた俺(金髪ツインテール)。
……俺、今日死ぬのかな。
「きゃー!ななちゃん、めっちゃ可愛い!お目目クリクリで、ほんとアイドルみたい!」
相原さんは、チェキの中でデレデレに照れる俺の顔面を、これでもかというくらい褒め称える。
「お嬢様も可愛いです!」
100%の本心。
相原さんは、きゃっと声をあげて顔を真っ赤にした。
「もうっ、ななちゃんってば褒め上手なんだから!大好き!」
大好き。
一瞬、時が止まった気がした。
言葉の意味を理解するまで、俺は1人フリーズする。
……え、相原さん。今、大好きっていった?
部屋の冷房は効いているのに、指先からじわじわと熱くなる。
真っ赤な顔がバレないように、俺は慌ててポスカを握った。
とにかく、日付でしょ、リボンでしょ、たくさんのハートマークでしょ、それから……。
「……あーりん&ななちゃん、大好き記念、っと」
キュキュッと音を鳴らして書くと、相原さんは目を輝かせた。
「やったー!嬉しい!ななちゃんありがとう!」
俺は「こちらこそ」と表情を緩める。
自分で書いた「大好き記念」の文字を目で追い、俺は心の中で肩をすくめる。
ななちゃんじゃなくて、七瀬くんを大好きになってもいいのにね。




