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#14 相原さんという人間

 帰宅後。

 

 俺は、受け取った柴犬のマスコットを改めてじっくりと見た。

 

 ボンドで貼られた顔のパーツは微妙にずれていて、どこか間抜けだ。


 けれど、そういう不器用なところに“相原さんらしさ”が滲んでいる気がする。

 

「……かわいい」

 

 思わず口から漏れた。

 

 俺は少しだけ迷ってから、家の鍵にチャームを付けた。


 ぷらんと柴犬を揺らしながら、俺は大きなあくびをする。


 相原アスカという人間は本当に不思議で、つかみどころがない。


 関わり方の正解が分からないし、角度によって見え方が変わる宝石みたいだ。

 

 けれど、気づけばいつも頭の片隅にいる。

 

 俺はメイクを落としながら、ぼんやりとその姿を思い浮かべた。

 

 メイド喫茶で会ってから、一ヶ月と少し。

 

 憧れのクラスメイトがバ先に通っているなんて、俺にとっては地球滅亡レベルの大事件だった。

 

 昼休み、カズに泣きついたこともあったっけ。

 

 でも、「ななちゃん」と「あーりん」として。そして、「七瀬匠海」と「相原アスカ」として。

 

 正反対なふたつの関係を重ねながら、いつの間にか、俺の世界は目まぐるしく変わっていた。

  

 完璧な相原さんに惹かれていた俺だけど、今は、自分だけが知っている「完璧じゃない部分」に惚れている。

 

 不器用で、ちょっとズレてて、それでもまっすぐで。

 

 メイド喫茶に通って、フレンチトーストを嬉しそうに頼む彼女が、たまらなく可愛い。


(はぁ……もう会いてーよ)


 きっと昔の俺は、相原さんに恋していたわけじゃなかったんだ。

 

 恋愛ごっこに浮かれて、「眺めるだけ」の推し活になっていることに気づいていなかった。

 

 でも、今は違う。

 

 クールでも、不器用でも、笑っても、拗ねても。

 

 どんな彼女も好きだ。

 

 多分、俺は今。人生で初めて、本気で恋をしてる。

 

「……ま、とはいえ最初はびっくりしたけどな」


 俺は苦笑しながら呟く。

 

 相原さんの「お嬢様」の顔を初めて見たとき。あの衝撃は、一生かけても美化しきれないだろう。


 そして、俺はふと首を傾げた。


 ……相原さんは、どうしてあそこに通っているんだろう。


 何がきっかけで?決して安くない趣味なのに、通い続ける理由は?


 全く見当もつかなかった。


 相原さんに近づいたつもりになってたけど、やっぱりまだまだわからないことだらけだ。


 けれど、その謎ごと全部が、俺の心を支配していた。


 ♡


「相原さん、また1位だってよ」


「まー、相原さんだもんね」


 近くの女子グループが、そんな話をしていた。


 へぇ、また一位か。

 

 ……というか、入学してからずっと一位じゃないか?


 正式に順位が掲示されるわけじゃないけど、こういう情報はなぜか一瞬で学校中に広まる。

 

 ほんと、相原アスカは同じ人間とは思えない。


 尊敬よりも先に、驚きと敗北感が押し寄せてきて、俺は机に突っ伏した。


「おいタク、お前何位?」


 カズがニヤニヤしながら俺に聞いてくる。


「1位」


「は?」


「下から数えたらね」


 ……そう。俺はこうして、華麗に学年最下位の座を守り抜いた。こうなったらもう、最下位連続記録をギネス申請してやろうか?とさえ思う。


 いや待て。もし俺と相原さんが付き合ったら、“ダブル1位カップル”じゃないか?それって、彼氏として恥ずかしくないのか?


 トップとして称えられる相原さんと、補習課題に追われる(というか相原さんに押し付ける)自分を想像する。


 情けない。余りにも情けない。

 

 ……って、何考えてんだよ、俺。


 頭を思い切りブンブン振って、非現実的な妄想劇を打ち切った。


「っつーか、学年に320人居るのにワーストの座を譲らないって逆に才能だろ」


カズが感心したように言う。


「虚しくなるからやめてくれよ……。そういうカズは何位なんだ?」


 俺が興味本位で聞く。


「285位」

 

 なぜか胸を張るカズ。


 おいおい、どんぐりの背比べじゃないか……。


 でも、この中途半端な順位より、いっそ振り切った俺の方が潔く感じるのは何故だ?

 

 そんなくだらない会話で笑っていた時――


「七瀬」


「ひょーーっ、はいっ!ななななんでしょうか!」


 低く通る声。担任のヤマオがにゅっと現れた。

 

 さっきまでの軽口はどこへやら、一瞬で“蛇に睨まれた蛙モード”に突入。


「後で職員室に来い」


「はっ、はいっ……」


 声が裏返る俺を見て、カズが腹を抱えて笑う

 

「お前、またやらかしたん?」


「……そんなはずは、ない、と思う」


 口では言いながら、背中に嫌な汗が流れる。


 最下位はいつものことだし、今更何も言われない。数学以外の赤点教科も、レポートの提出なんかでギリギリリカバリーした。


 相原さんに会いたいというモチベーションのおかげで、七瀬匠海の代名詞である遅刻や欠席もめっきり減った。


 ――のに、呼び出し?


「何も思い当たらないのに呼び出されるって、1番怖いよなぁ」


 呑気なカズの声が、やけに遠く響いた。

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