表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/31

#13 プレゼント

 久々の出勤日。


 俺はピンクのチークをぼかし、メイドのななちゃんに変身していた。


「久しぶり〜。相変わらず可愛いね〜」


「あ、先輩!おつかれ様です!」


 少し遅めの昼休憩。バックヤードでお菓子をつまんでいたら、凛ちゃん先輩が話しかけてきた。この人はいつ来てもシフトにいる。大学は大丈夫なのだろうか。


「てかななちゃん、指どうしたの?」


「あ、これっすか?」


 先輩は親指の絆創膏を指差す。


「ちょっと裁縫中にミスっちゃって」


 ――相原さんがね。


 心の中で続ける。


「あー、ななちゃん、縫い物すんのか」


「まあ、簡単なやつですけど」


 俺はのんびりと笑った。

 

 ――カランコロン


 ベルが鳴る。ご帰宅の合図だ。


「行くかー」


「そっすね」


 俺たちは営業スマイルに切り替え、お嬢様をお迎えする。


「「お帰りなさいませ、ご主人様」」


 綺麗にハモった声に、店内の空気がふわりと明るくなる。


「ただいま♡」


 語尾で浮つくハートマーク。


「お席をご案内しますね」


 笑顔を崩さずに椅子を引く。座ったのは、もちろん、相原アスカ。


 揺れるポニーテール。柔らかい笑顔。


 気を抜くととろけてしまいそうだ。

 

「ななちゃん久しぶり!」


 相原さんが言う。


「お久しぶりです、お嬢様」


 俺は微笑む。昨日も教室で会ったけどな。


「ご注文はお決まりですか?」


 そう尋ねると、相原さん――いや、“お嬢様・あーりん”はにっこりと目尻を下げた。


「今日はフレンチトーストで!」


「かしこまりました」


 俺はオーダーを取り、厨房のスタッフに伝える。


 よし、ここからは地獄で至福のおしゃべりタイム。何を話そうか。


 俺が話題を探していると、相原さんが頬をほんのり赤く染めて俺を見上げた。


「あの……ななちゃん」


「どうされましたか?」


「渡したいものがあって」


 相原さんはいたずらっぽくはにかむ。


「渡したいもの!?」


 この店では、メイドへのプレゼントはOK。ただし、現実は厳しく、貢いでもらえるのは上位の人気メイドだけ。もちろん、俺はまだ一度ももらったことがない。

 

 そんな記念すべき初プレゼントを、よりにもよって相原さんからもらえるとは。


「……ななちゃん、どうぞ!」


 そうやって相原さんは、小綺麗にラッピングされた袋を手渡す。


「い、いいんですか!?ありがとうございます!」


「ふふ、ななちゃんが喜んでくれて嬉しいです。開けてみてください!」

 

 相原さんに促されるまま、俺はペリっとテープを剥がす。


 中から出てきたのは――

 

「い、犬……?」

 

「はいっ!」

 

 既視感のある、というか既視感しかない犬のマスコットと目が合う。


 俺は驚きと笑いを飲み込んで、全力の営業スマイルで応じた。


「か、可愛いです!もしかして、お嬢様の手作りですか?」


「はい!そんな、感極まるほど喜んでくれるなんて、頑張った甲斐がありました!」

 

 ……この人、俺の動揺を“感動のリアクション”だと思っている。平和すぎる脳内構造だ。


「前、ななちゃんがお裁縫勧めてくれたのがきっかけで、作ってみたんです!」


 得意気な相原さん。


 俺は営業スマイルを維持したまま、遠い目になる。

 

「でも、すっごく難しくて、クラスの子にちょっと手伝ってもらいました」

 

 あー、その“クラスの子”、多分俺っすね!!というか、“ちょっと”どころじゃ無かったような?

 

 あの日の裁縫講座を思い出し、笑いが込み上げる。


 受け取った黒柴もどきをそっと見ると、やはり、ガタガタな縫い目とまっすぐな縫い目が混在している。間違いなく、俺と相原さんの共同作品。


 まさか、自分が手を施したハンドメイド作品が、自分へのプレゼントとして回ってくるなんて。


 世界は、たまに悪戯が過ぎる。

 

「でも、喜んでもらえてほんと良かったぁ」

 

 相原さんの声が、やわらかくほどける。

 

 その瞬間だけ、店内の雑音が全部消えた気がした。

 

 ――可愛い。

 

 目の前の彼女が、無邪気な笑顔で笑う。

 

 その光の眩しさに、俺の心はふっと緩んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ