#13 プレゼント
久々の出勤日。
俺はピンクのチークをぼかし、メイドのななちゃんに変身していた。
「久しぶり〜。相変わらず可愛いね〜」
「あ、先輩!おつかれ様です!」
少し遅めの昼休憩。バックヤードでお菓子をつまんでいたら、凛ちゃん先輩が話しかけてきた。この人はいつ来てもシフトにいる。大学は大丈夫なのだろうか。
「てかななちゃん、指どうしたの?」
「あ、これっすか?」
先輩は親指の絆創膏を指差す。
「ちょっと裁縫中にミスっちゃって」
――相原さんがね。
心の中で続ける。
「あー、ななちゃん、縫い物すんのか」
「まあ、簡単なやつですけど」
俺はのんびりと笑った。
――カランコロン
ベルが鳴る。ご帰宅の合図だ。
「行くかー」
「そっすね」
俺たちは営業スマイルに切り替え、お嬢様をお迎えする。
「「お帰りなさいませ、ご主人様」」
綺麗にハモった声に、店内の空気がふわりと明るくなる。
「ただいま♡」
語尾で浮つくハートマーク。
「お席をご案内しますね」
笑顔を崩さずに椅子を引く。座ったのは、もちろん、相原アスカ。
揺れるポニーテール。柔らかい笑顔。
気を抜くととろけてしまいそうだ。
「ななちゃん久しぶり!」
相原さんが言う。
「お久しぶりです、お嬢様」
俺は微笑む。昨日も教室で会ったけどな。
「ご注文はお決まりですか?」
そう尋ねると、相原さん――いや、“お嬢様・あーりん”はにっこりと目尻を下げた。
「今日はフレンチトーストで!」
「かしこまりました」
俺はオーダーを取り、厨房のスタッフに伝える。
よし、ここからは地獄で至福のおしゃべりタイム。何を話そうか。
俺が話題を探していると、相原さんが頬をほんのり赤く染めて俺を見上げた。
「あの……ななちゃん」
「どうされましたか?」
「渡したいものがあって」
相原さんはいたずらっぽくはにかむ。
「渡したいもの!?」
この店では、メイドへのプレゼントはOK。ただし、現実は厳しく、貢いでもらえるのは上位の人気メイドだけ。もちろん、俺はまだ一度ももらったことがない。
そんな記念すべき初プレゼントを、よりにもよって相原さんからもらえるとは。
「……ななちゃん、どうぞ!」
そうやって相原さんは、小綺麗にラッピングされた袋を手渡す。
「い、いいんですか!?ありがとうございます!」
「ふふ、ななちゃんが喜んでくれて嬉しいです。開けてみてください!」
相原さんに促されるまま、俺はペリっとテープを剥がす。
中から出てきたのは――
「い、犬……?」
「はいっ!」
既視感のある、というか既視感しかない犬のマスコットと目が合う。
俺は驚きと笑いを飲み込んで、全力の営業スマイルで応じた。
「か、可愛いです!もしかして、お嬢様の手作りですか?」
「はい!そんな、感極まるほど喜んでくれるなんて、頑張った甲斐がありました!」
……この人、俺の動揺を“感動のリアクション”だと思っている。平和すぎる脳内構造だ。
「前、ななちゃんがお裁縫勧めてくれたのがきっかけで、作ってみたんです!」
得意気な相原さん。
俺は営業スマイルを維持したまま、遠い目になる。
「でも、すっごく難しくて、クラスの子にちょっと手伝ってもらいました」
あー、その“クラスの子”、多分俺っすね!!というか、“ちょっと”どころじゃ無かったような?
あの日の裁縫講座を思い出し、笑いが込み上げる。
受け取った黒柴もどきをそっと見ると、やはり、ガタガタな縫い目とまっすぐな縫い目が混在している。間違いなく、俺と相原さんの共同作品。
まさか、自分が手を施したハンドメイド作品が、自分へのプレゼントとして回ってくるなんて。
世界は、たまに悪戯が過ぎる。
「でも、喜んでもらえてほんと良かったぁ」
相原さんの声が、やわらかくほどける。
その瞬間だけ、店内の雑音が全部消えた気がした。
――可愛い。
目の前の彼女が、無邪気な笑顔で笑う。
その光の眩しさに、俺の心はふっと緩んだ。




