#10 貸し借りはチャラで?
――翌朝。
教室に着くなり、相原さんがまっすぐ俺の席にやって来た。
「どうぞ」
「え?」
そう言って差し出されたのは、分厚いプリントの束。
まじかよ。ほんとに一晩で全部終わらせたのか……。
信じられない気持ちでページをめくる。
びっしりと整列した数字。無機質な記号さえ美しい。
なんだよ、あーりんも字上手いじゃん。
……なんて言うことはできず、俺は涙目で頭を下げた。
「相原さん、ほんっっっっとにありがとう!おかげで助かった!」
けれど、返事はない。
相原さんは無表情のまま軽く会釈し、すぐに自分の席へ戻ろうとする。
「……ちょ、相原さん!待って!」
俺は慌てて相原さんを引き止めた。
「なんですか?」
相原さんの冷ややかな視線。
言葉にしなくても伝わる、「早く用件をどうぞ」の圧。
心臓がキュッと萎縮する。
それでも、俺は精一杯の笑みを浮かべた。
「なんか、お礼させてよ」
「結構です」
即答。間髪入れず。
ここまで冷たいと、逆に清々しい。
「そんなこと言わずに!ほら、お菓子とかジュースとか、何か好きなものない?」
メイド喫茶じゃ、アップルジュース頼んでたじゃん。
その言葉を飲み込みながら、俺は必死に食い下がる。
「遠慮しておきます」
「で、でも」
「久々に面白い問題に出会えて楽しかったので、それでお互いウィンウィンということにしましょう。貸し借りはチャラです。では」
相原さんはそう言い切り、スカートを翻して去って行った。
完璧な課題の束とボロボロのハートだけが残される。
「……相変わらず、冷てぇなぁ」
情けなく笑って肩を落とした、その時。
「お、おい、タク!」
カズが息を切らせて駆け寄ってきた。
目を白黒させ、肩で息をしている。
「あ、カズ。おはよう」
「おはようじゃねーよ!……え、お前、今相原さんと話してた?」
カズは、自分の目が信じられない!とでも言いたげな表情を浮かべる。
「うん。てか、これ相原さんにやってもらった」
補習プリントを指差すと、カズは機械のバグみたいにフリーズした。
「……は!?タク、相原さんに課題やらせたの?」
「うん」
「殺されなかった!?」
「うん。なんか、面白い問題だったってさ。着いていけねーわ」
俺が苦笑すると、カズはため息をついて肩をすくめた。
「相原さんも相原さんだけど……お前、すごい度胸だな」
「まあ、ピンチだったもんで」
俺は頭をかいて笑い、そっと視線で相原さんを探した。
スマホをいじっている。珍しい。何見てるんだろ。
相原さん、漫画とか読むのかな。いや、読まないか?でも、メイド喫茶は通ってるんだっけ。全く、つかみどころがない人間だ。
――けど、やっぱそこがいい。
予測不能な相原さんの言動が、もう完全に俺の心を支配していた。
悔しいけど、負けた。
俺はもう、とっくに惚れていた。
世界一の変わり者に、心の底から惹かれていた。




