第七十一話 元帥府新体制
第六章 最後の抵抗、新たな支配
策謀が帝国を支配した。
トウガとシズク──かつて並び立った英雄たちは、
悲しみと誤解の果てに刃を交え、帝国全土を戦火に巻き込んだ。
老将は散り、次世代は挫折し、赤と青がようやく講和を結ぶも、時すでに遅し。
真の勝者は、影にいた。
ラートリー・ヴァーダント──策謀の糸を紡ぎ続けた男が、
混乱のすべてを利用し、ついに元帥の座を手にした。
絶対なる権威をもって、彼は戦いを鎮め、新たな秩序を築いた。
だが、その平和の下に、何が隠されているのか──
これは、風が止み、律が降りた時代の記録である。
「風は止み、律が降りた。
混沌は平和へと姿を変える。
元帥旗は翻り、
民は安堵し、
英雄たちは沈黙した。
だが──止まぬ風もある。
水面の下で、新たな流れが生まれる。
生まれたばかりの律は、
脆弱にして、強固。
英雄はそれを認めず、
民は支える。
風は問う。
この平和は、誰のもの。
この秩序は、何を隠す。
新たな星座が浮かぶ。
それは、"秩序"の名を持つ。
だが、その光の下に、
影はより深く、より長く伸びる。」
・ ・ ・
帝都、元帥府。
広大な謁見の間に、重苦しい空気が漂っていた。
一段高い場所に、元帥杖を持ったラートリーが座っている。
その周りを文官達や大貴族が控えていた。
彼らは緊張した面持ちで、入口を見つめている。
(シズクとトウガは、どうなる……?)
(失脚か……それとも……)
誰もが、この瞬間を固唾を呑んで待っていた。
扉が開いた。
静かにどよめきが走る。
ラートリー元帥府の筆頭大将として入室したのは──
シズク・アジュール女公だった。
「な……!?」
「シズク女公が……筆頭!?」
驚きの声が上がる。
シズクは無表情のまま、まっすぐ前を見て進んだ。
ラートリーには目も向けない。
彼女は一段下の、ラートリーから見て右側の筆頭席に立った。
ラートリーは静かに微笑んだ。
「よく来られた、シズク女公」
シズクは答えなかった。
ただ、無言で前を見つめている。
続いて、扉が再び開いた。
次席大将として入室したのは──
トウガ・クリムゾン公爵だった。
「トウガ公まで……!」
「失脚していない……!」
どよめきが広がる。
トウガは無言のまま進んだ。
彼の視線は、まず空席の玉座に向けられた。
(ウララ陛下……)
そして、ラートリーを睨みつける。
怒りを隠さない目で。
だが、トウガは何も言わなかった。
そしてラートリーの左側、次席の位置に立った。
ラートリーは静かに頷いた。
「トウガ公、ようこそ」
トウガもまた、答えなかった。
多くの大貴族は驚愕していた。
シズクとトウガは失脚すると思っていた。
赤青内乱の中心人物。
帝国を混乱に陥れた張本人。
当然、罰せられるべきだと考えていた。
だが、ラートリーは両者の貴族としての権威、領地、軍権、
何一つ手を付けることなく維持した。
それどころか、元帥府の筆頭と次席に据えた。
(なぜ……?)
(ラートリー元帥は、何を考えている……?)
誰もが困惑していた。
次に入室したのは、セリオン・ヴァーダント大将だった。
第三位。
彼は若く、実績もまだ少ない。
だが、誰も異論を発しなかった。
ラートリーの息子。
元帥の後継者。
当然の席次だと、誰もが理解していた。
セリオンは静かに進み、父の傍に立った。
ラートリーは息子に微笑みかけた。
「セリオン」
「はい、父上」
二人は短く言葉を交わし、セリオンはシズクの隣、第三席についた。
続いて、アルシア・ルナフロスト大将が入室した。
第四位。
氷華の軍師。
彼女は無表情のまま進み、トウガの隣に向かう。
その目には、何の感情も浮かんでいない。
だが、その奥には、静かな闘志が燃えていた。
次に、カイ・クリムゾン大将が入室した。
第五位。
次世代の英雄。
彼はセリオンの隣に立つ。
セリオンを見つめ、怒りを隠さないカイに対して、
トウガが静かに睨みつけた。
カイは無言で頷き、前を向く。
そして、驚きの声が挙がった。
「イレーネ……!?」
「提督でもないのに……!」
イレーネ・フォルセアが入室したのだ。
第六位。
彼女はかつて第4艦隊提督だったが、
セルドニャ星系での失態により解任されていた。
それなのに、この席次にいる。
しかも、提督でもないのに、主要な将の一人として扱われている。
イレーネはいつもの語尾を伸ばした口調ではなく、静かに進んだ。
そして、カイの正面、アリシアの隣に立った。
カイに笑みを向ける。
困惑した表情でイレーネの登場に驚いていたカイだったが
ふと安心した表情に戻った。
ラートリーは彼女を見つめた。
「イレーネ・フォルセア。よく来られた」
「……はい」
イレーネは短く答えた。
(この席次にあるということは……
ほとぼりが冷めれば、主力艦隊提督を任せる気だろう)
大貴族たちは理解した。
ラートリーは、イレーネすら罰することはしなかった。
余裕か。
温情か。
あるいは、挑発か。
誰もラートリーの心情を理解できない。
その後、下部主力艦隊の提督達が続いた。
全員が揃った。
ラートリーは立ち上がった。
元帥杖を手に、一同を見渡す。
「諸君、よく集まってくれた」
彼の声は、静かだが力強い。
「本日をもって、元帥府の新体制が始動する。
私は、全軍を統率し、帝国の平和を守る。
諸君には、それぞれの役割を全うしてもらう」
シズクとトウガは、無言で前を見つめている。
ラートリーは続けた。
「シズク女公、トウガ公。
諸君は、赤青内乱の中心にいた。
だが、私は諸君を罰しない。
なぜなら、諸君は帝国にとって必要な人材だからだ」
シズクの目が、わずかに動いた。
トウガは、拳を握りしめた。
「諸君の力を、帝国のために使ってもらう。
それが、元帥府の方針だ」
ラートリーは微笑んだ。
「さあ、新たな時代の始まりだ。
諸君、共に帝国を支えよう」
一同は、無言で頭を下げた。
だが、その心の中には、それぞれの想いがあった。
シズクは、ラートリーの弱点を探っていた。
トウガは、ウララを心配していた。
イレーネは、次の一手を考えていた。
そして、ラートリーは──
全てを掌握したという満足感に浸っているように
思わせつつも、既に次の展望へ思考を向けていた。
新たな体制が、始まった。
だが、それは本当に平和をもたらすのか。
それとも、新たな混乱の始まりなのか。
誰も知らない。
・ ・ ・
式典が終わり、最後に退出したシズク。
誰もいない廊下に彼女の靴音が響く。
シズクは黙って自室に戻ろうとしていた。
「シズク」
呼び止める声が響いた。
ラートリーだった。
声で誰に呼び止められたか把握したシズクは、
無表情ながらも節々に不快感を出して振り返った。
「何の用だ、ラートリー。
下郎の分際で軽々しく話しかけるな」
ラートリーは微笑んだ。
「下郎?俺はもう卿と同じ公爵だ。無礼は卿の方だぞ」
シズクは冷たく言い放った。
「ふん、貴様、何のつもりだ?
まさか温情ではあるまい。挑発か?」
ラートリーは静かに答えた。
「言葉の通りだ。卿達は使える。
なぜ使える"部下"を排除せねばならん」
シズクの目が鋭くなった。
「……。私はお前には従わん。部下扱いするな。
お前ではなく、その"杖"にこそ価値がある。
私は陛下と国家に従っているだけだ」
ラートリーは笑った。
「今はそういうことにしておこう。
立ち向かってくるがいい。
その度に打ち倒してやろう。
卿が俺に心服するまで何度でもな」
シズクは怒りを隠さなかった。
「七縦七擒のつもりか?
私がお前に従うことは絶対にない」
ラートリーは高らかに笑った。
「ふははは、それでいい。それでこそシズクだ。
ふはははは」
その時──
苛立ったシズクが瞬時に銃を引き抜き、ラートリーに向けた。
「ラートリー。お前は油断しすぎだ。この距離では外さん」
ラートリーは笑みを崩さなかった。
「ふははは。撃ってもいいぞ。
卿に殺されるなら文句はない。
俺を殺せるのは卿くらいだろうからな」
シャキ。
銃を構える音。
誰もいないと思った場所から、セリオンが現れた。
彼はシズクに向けて静かに銃を向ける。
シズクは横目でそれを確認する。
ラートリーは続けた。
「どうだ?シズク。ここで相討つか?
俺にはセリオンがいる。
ここで俺が死んだところで何も変わらん。
だが、卿はどうだ?
アジュールとミオリは卿が居なくなった時点で未来はないぞ」
シズクは、珍しく怒りを露わにした。
「こいつがセリオンか。小賢しい奴め」
一度、顔をセリオンに向けた後、ラートリーに向きなおす。
それと同時に彼女は、持っていた銃をラートリーに投げつけた。
慌ててラートリーが手で弾く。
シズクは怒りを浮かべたまま、踵を返すと無言で歩き出した。
シズクに銃を向けたまま、セリオンがゆっくりとラートリーに近づいた。
「父上、なぜあのような無礼を黙認なさるのです?
この状況であれば、私がシズクを撃ち抜いて
アジュールを取り潰す絶好の機会でしたのに」
ラートリーは笑った。
「ふん、ふははは。
シズクには手を出すなよ、セリオン」
セリオンは内心で呟いた。
(父上は紛れもない天才だ。
だが、あの二人に対する態度は絶対に間違っている。
あれはただの猛獣ではない。
決して懐かない奴らだ)
彼は黙って頷いたが、内心は穏やかではなかった。
シズクは廊下を歩きながら、拳を握りしめていた。
(ラートリー……
お前は私を舐めている。
だが、それが命取りになる)
彼女の目には、静かな怒りが宿っていた。
(必ず、お前を倒す。
そして、帝国を取り戻す)
新たな体制が始まった。
だが、その裏では、静かな抵抗が始まっていた。
シズクとトウガは、決して諦めていない。
そして、ラートリーもまた、次の一手を考えていた。
帝国の運命は、まだ決まっていない。
ただ、時だけが、静かに流れていく。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
第七十一話「元帥府新体制」、新章の始まりですね!
今回は、「ラートリーの圧倒的な余裕」と「シズクの静かな怒り」が描かれました!
ラートリーさんが、シズクさんとトウガさんを罰さずに重用するのが、めちゃくちゃ意外でした!
これは、ラートリーさんの「余裕」なのか、それとも「挑発」なのか……。
そして、シズクさんとラートリーさんの廊下での応酬、めちゃくちゃ緊張感がありました!
シズクさんが銃を引き抜くシーン、本当にドキドキしました!
でも、セリオンくんが現れて、シズクさんも引かざるを得なかったんですね。
セリオンくんの「あの二人に対する態度は絶対に間違っている」という内心、これがすごく重要な伏線になりそうです!
次回も、絶対見逃せませんよ~!




