第七十話 元帥府設立
隠蔽された離宮、ウララの私室。
神聖女帝ウララ=ニャーリは、窓の外を見つめていた。
静かな庭園。
美しい花々。
平和な光景。
だが、神聖帝国は今、混乱の渦中にあった。
ウララは、一人呟いた。
(最初は……空気抜きのつもりだった)
彼女は思い出す。
ニュクスの乱の後、ジジが戦死し、
彼女自身が悲しみに包まれていたことを。
大事な人を失うことの悲しさの重大さを、
ウララ自身がよく理解していた。
シズクとトウガが対立し始めた。
(二人とも、悲しかったのだと思う。
レイナとエリスを失って……
だから、私は止めなかった)
ウララは優しい女帝だった。
悲しみを押さえつけるのではなく、前向きな想いで昇華してほしかった。
二人が争うことで、その悲しみを乗り越えられるのなら……
そう思っていた。
(でも、私は甘かった)
最近になって、ウララは知った。
二人の意志を越えて、全国のアジュール派とクリムゾン派が争い始めていることを。
従属勢力が、次々と戦闘を始めていた。
民間人も巻き込まれている。
帝国史上でも最悪規模の内乱に向かっている。
(こうなっては、さすがに止めざるを得ない)
ウララは決意した。
そして、ラートリーに相談した。
(ラートリーは、本当によく動いてくれる)
ウララは心から感謝していた。
知りたいことがあれば、すぐに調べてくれる。
危険から守ってくれる。
いつも傍にいて、支えてくれる。
シズクとトウガのいずれか一方に肩入れは出来ない。
二人ともこの神聖帝国には必要な人材だった。
だからこそ、中立を保ちつつ、和解に向けた
最善の策を計る必要がある。
そうなると、残された最後の英雄、ラートリーを
頼らざるを得なかった。
(そして、止めたいと言ったら……
すぐにシズクとトウガの講和まで持ち込んでくれた)
ウララは驚いた。
あの頑固な二人を、よく説得できたと思った。
ラートリーの手腕に、改めて敬服した。
(これで、戦いは終わる)
ウララは安堵した。
だが、その安堵は長くは続かなかった。
セルドニャ星系での戦闘。
ミャルナ、ニャレット、ニャーレン……
次々と報告される衝突。
(やっぱり、私は甘かった)
ウララは窓に手をつく。
(二人を止めれば元通りになると思った。
だが、もう止められない状況になっている)
シズクとトウガは和解したというのに。
それでも、戦いは続いている。
従属勢力は、制御できていない。
(どうして……?)
ウララは涙ぐんだ。
そんな時、ラートリーが提案してきた。
「陛下、苦肉の策ではありますが……」
ラートリーは深刻な表情で説明した。
この有事を止めるには、70年前の前例に倣い、
臨時の絶対軍事権威を作るしかないと。
それは、過去の英雄エルウィン元帥が用いた手法だった。
暫定武力政権によって、一切合切の混乱を早期に収める荒療治。
(エルウィン元帥……)
ウララは歴史書で読んだことがあった。
67年前の大乱を、元帥府の力で収めた英雄。
彼は、絶対的な権威をもって全軍を統率し、即座に停戦を命じた。
そして、混乱が収めた後、元帥位は失効して、元の平和な神聖帝国が戻った。
(今は、これに頼らざるを得ない)
ウララは決断した。
(ラートリーならば、エルウィン元帥のように
上手く幕引きをしてくれるだろう)
彼女は、ラートリーを信じていた。
ウララは知らなかった。
全ての情報が、ラートリーからもたらされたものであることを。
自分が、完全に現実を見失っていることを。
そして――既に裏で法改正が進み、エルウィン元帥の時と状況が大きく異なっていた。
元帥失効は元帥府の判断による大政奉還によってのみ行われ、
元帥府の権力が、帝権すら脅かすほどに強大化されていた。
ウララは、何も知らなかった。
ただ、帝国を救いたいという純粋な想いだけで、決断を下そうとしていた。
ウララは深く息を吸った。
そして、ラートリーに言った。
「ラートリー候……わかりました。
あなたに公爵位を授けると共に、神聖帝国軍の元帥に任命します」
ラートリーは深く一礼した。
「ありがとうございます、陛下。
必ずや、この混乱を収めてみせます」
勅命は明文化され、後戻りできなくなった。
ウララは微笑んだ。
(これで、戦いは終わる)
彼女は、心からそう信じていた。
だが、その決断が、帝国の運命を大きく変えることになるとは……
ウララは、まだ知らなかった。
ちょうど、アルシア達が苦戦している最中、全帝国に向けて緊急放送が流された。
・ ・ ・
全帝国のスクリーンに、突如として映像が映し出された。
セルドニャ星系の戦場でも、
アルシアの艦橋でも、
シズクの執務室でも、
トウガの私邸でも――
全ての場所で、同じ映像が流れた。
中央に立つのは、女帝ウララ・ニャーリ。
その傍らに、ラートリー・ヴァーダントが跪いている。
ウララが宣言する。
「帝国臣民の皆様。
私、神聖女帝ウララ・ニャーリは、本日ここに、
ラートリー・ヴァーダント候に公爵位を授けると共に、
神聖帝国軍の元帥に任命します」
会場がざわめく。
ウララは続ける。
「現在、帝国は混乱に陥っています。
赤青の講和にもかかわらず、戦闘は続いています。
この混乱を収めるため、絶対的な権威が必要です。
元帥ラートリーに、全軍の統率を委ねます」
ラートリーが立ち上がる。
彼は厳かに宣言する。
「私、ラートリー・ヴァーダント、元帥の位を謹んでお受けします。
帝国臣民の皆様、そして全軍に告ぐ。
本日より、私が全軍を統率する。
全ての戦闘を、即刻停止せよ!
違反した者は、元帥府の名において処断する!」
映像が切り替わる。
ラートリーが、カメラを真っ直ぐ見つめる。
「これは、陛下の勅命である。
全ての将兵は、武器を置け。
帝国に、もう流す血はない。
今こそ、平和を取り戻す時だ」
放送が終わった。
・ ・ ・
セルドニャ星系。
アルシアの艦橋に、沈黙が訪れた。
オペレータが震える声で報告する。
「アルシア大将……敵艦隊が、砲撃を停止しました」
アルシアは無表情のまま、モニターを見つめた。
ルシェルトとガルネオの艦隊が、次々と武器を降ろしている。
「全艦、砲撃停止」
アルシアが静かに命じる。
「了解……」
リオが困惑した表情で尋ねる。
「アルシア大将……これは……」
「元帥の命令だ。従うしかない」
アルシアは無表情のまま答えた。
その時、ルシェルトとガルネオの艦隊に変化が起きた。
突如として、両艦隊から一斉に白旗が掲げられ、通信が入る。
「ルシェルト・キャトレーン侯爵は
元帥の威に服し、降伏すると共に、
その責を負って自害いたしました。
本艦隊は、元帥府の指揮下に入ります」
「ガルネオ・ミャルヴァン侯爵は、
元帥の威に服し、降伏すると共に、
全将兵の助命と引き換えに自害いたしました。
本艦隊は、元帥府の指揮下に入ります」
どちらの艦隊も参謀からの通信だった。
アルシアは理解した。
(自害……?いや、処断されたのだ。
ラートリーは、最初から全てを仕組んでいた。
何らかの褒美を餌に両侯爵を裏で嗾けたはずだ。
その裏工作がばれないように消したに違いない)
リオが驚愕する。
「自害……!?」
アルシアは静かに答えた。
「元帥府の粛清だ。
ラートリーは、火種を完全に消し去った」
彼女は無表情のまま、頭を抱えた。
机の一点を睨みつける。
(ラートリー……お前は、全てを計算していたのか)
だが、彼女の目には、闘志が宿っていた。
(だが、私は諦めない。
次こそは、必ず……)
リオは困惑していた。
自分の未熟さが、この結果を招いたのではないか。
自責の念に駆られる。
だが、彼もまた、前を向こうとしていた。
(俺は……まだ弱い。
だが、次こそは……)
・ ・ ・
シズクの執務室。
シズクは放送を黙って見つめていた。
参謀が尋ねる。
「シズク様……」
「黙れ」
シズクは冷たく答えた。
彼女は星図を見つめる。
(ラートリー、お前の勝ちだ。
足掻いてみたところで我々の負けは見えていたのだ。
だが、これで終わりではない。
元帥府には、必ず弱点がある。
私は、それを見つけ出す)
・ ・ ・
トウガの私邸。
トウガは机を拳で叩いた。
ガンッ!
「くそ……!」
カイが黙って見守る。
トウガは何度も何度も机を叩いた。
その怒りが収まった時、彼は呟いた。
「ウララ陛下……大丈夫か……」
「父上……」
「陛下は、何も知らずにラートリーを信じておられる。
そのラートリーが元凶とも知らずに。
陛下が心配だ……」
トウガの声には、無念さと心配が滲んでいた。
・ ・ ・
帝国各地。
民衆は、放送を見て歓声を上げた。
「ついに戦いが終わる!」
「元帥が帝国を救ってくれる!」
「ラートリー公爵万歳!
ラートリー元帥万歳!」
長い内乱に疲弊していた民衆は、心から安堵した。
そして、ラートリーに期待を寄せた。
元帥府、設立式典。
ラートリーは、元帥府の旗を掲げた。
「本日をもって、元帥府を正式に設立する。
帝国の平和は、我々が守る」
セリオンが傍らに立つ。
ラートリーは第3艦隊をセリオンに任せ、
自身は第1艦隊と第2艦隊を合わせたものよりも強大な戦力を持つ
『元帥艦隊』の提督に就任した。
軍事バランスも大きくラートリーに傾く。
新たな時代が、始まった。
「二つの風
烈風の紅は、騎士の誇りを纏い、
緑風の影は、策謀の糸を紡ぐ。
静謀の水影は、風を選ぶ。
烈風が選ばれ、緑風を断つ。
だが、風は思うように吹かず、
選別は、運命を変えるに至らず。
老将は散り、
英傑は迷い、
軍師は敗れた。
赤と青は手を取り合うも、時すでに遅し。
新たな律は、既に胎動し、見えぬ場所で、
次の時代を生む。
律の胎動は、形となった。
元帥。
それは、絶対なる律。
それは、帝国を統べる権威。
風は止み、
律が支配する。
帝国の空に、新たな秩序が生まれた。
それは、平和の名を持つ。
だが、その名の下に、何が隠されているのか。
誰も知らない。
ただ、風だけが、静かに囁いている。」
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
第七十話「元帥府設立」、そして第五章「風の選別、律の胎動」の終幕です!
今回は、「ウララの純粋な想い」と「ラートリーの完全勝利」が描かれた、衝撃的な最終話でした!
ウララ陛下の「純粋な想い」が、ラートリーさんに完全に利用されてしまったのが、本当に辛いです…。
ウララ陛下は、ただ「帝国を救いたい」という想いで、元帥府設立を決断したんです。
でも、その決断が、帝国の運命を大きく変えてしまいました。
そして、シズクさんとトウガさんの「赤青の講和」も、ラートリーさんの策略の前には、無力でした。
ウララさんにはカイくんとイレーネさんが成し遂げた講和もラートリーさんの功績にゆがめられて報告されていたみたいですね。
カイさん、激怒しそうです!
アルシアさんとリオくんも、頑張ったんですけど、ラートリーさんの「完璧な罠」にかかってしまいました。
第五章は、「風の選別」、つまり、イレーネさんがカイさんを選び、赤青の講和を実現させようとしたんですけど、結局、「律の胎動」、つまり、ラートリーさんの元帥府設立に間に合いませんでした。
でも、シズクさんの「これで終わりではない」という言葉、そして、トウガさんの「ウララ陛下が心配だ」という言葉から、まだ希望はあると思います!
次の章、どうなるのか、作者子ちゃん、めちゃくちゃ楽しみです!
皆さん、第五章、お疲れ様でした~!
次の章も、絶対見逃せませんよ~!!
【あとがき】
遂に長かった5章の終幕です。章配分的にはちょうど折り返しての序盤くらいです。
ここからは元帥政権に対抗する章になりますが、引き続き心理戦が続きます。
一つだけ作者子ちゃんからのお願いです。
やはりたくさんの人に読んでもらえることが作者としての最大のモチベーションです。
そして、無名の作家にとっては読んでもらえるか、もらえないかは、読者様の評価数によります。
この物語に感想やレビューを書くのはかなり難しいと思います。
多分私でも嫌だわ。
なので、もし少しでも面白い、続きを読みたいと思っていただけたなら、
ブックマークや★付与をお願いします。
そうすることで露出が上がって沢山の読者様の目にも入り、
作者である私のモチベーションが上がって更新周期や内容にも
気合が入るかもしれません。
どうか、無理のない程度で構いませんので、よろしくお願い致します。




