第六十八話 残り火
帝都、中央宮殿。
今回の赤青の講和は、ラートリーの仲介による内乱終結ではないことを、
明示的にアピールする目的で、シズクとトウガはラートリーに隠さずに堂々と会見を行うことを決めた。
そして、それを全星系へと放送することにした。
会見場には、帝国中の報道機関が集まっていた。
カメラが一斉に会場を映し出す。
民衆は固唾を呑んで、この歴史的瞬間を見守っていた。
会場の中央に、一人の若者が立っていた。
カイ・クリムゾン。
トウガの嫡男であり、女帝救出の大功があるとされる次世代の英雄。
彼が、この講和を取りなす役割を担った。
カイの左側には、シズク・アジュール女公が立っていた。
冷徹な瞳で前を見つめ、表情一つ変えない。
右側には、トウガ・クリムゾン公爵が立っていた。
かつての戦友であり、今は不倶戴天の敵。
二人は互いに目を合わせなかった。
カイが静かに口を開いた。
「本日、ここに、クリムゾン家とアジュール家は、長期の戦乱に終止符を打つ」
会場が静まり返った。
カイは続けた。
「我々は、帝国の未来のために、過去の遺恨を乗り越え、講和と同盟を結ぶ。
これは、ウララ陛下と神聖帝国をお守りするための決断である」
カイは調印書を手に取った。
「シズク・アジュール女公、トウガ・クリムゾン公爵。
ここに署名をお願いします」
シズクが一歩前に出た。
彼女はペンを取り、迷いなく署名した。
次に、トウガが前に出た。
彼もまた、静かに署名した。
カイが調印書を掲げた。
「ここに、赤青講和が成立した!」
会場が拍手に包まれた。
だが、シズクとトウガの表情には、喜びはなかった。
ただ、義務を果たしたという冷徹な決意だけがあった。
カイが再び口を開いた。
「そして、この講和に伴い、双方の従属勢力に命じる。
即時停戦せよ!」
シズクが宣言した。
「アジュール陣営全軍に告ぐ。
本日をもって、クリムゾン陣営との戦闘を停止せよ。
違反した者は、朝敵として処断する」
トウガもまた宣言した。
「クリムゾン陣営全軍に告ぐ。
本日をもって、アジュール陣営との戦闘を停止せよ。
違反した者は、家名に背く者として処断する」
この宣言は、全星系に放送された。
帝国各地で戦っていた艦隊が、次々と砲撃を止めた。
赤青の内乱と後世に伝わる全国的な争乱は、一斉に停戦の流れに動いた。
調印と会見が終わり、報道陣が退場した。
シズク、トウガ、カイの三人は、裏方へと向かって歩いていた。
沈黙が続いた。
カイは二人の間を歩きながら、緊張を隠せなかった。
その時、トウガがシズクに語り掛けた。
「シズク、俺はお前を許していない」
シズクは表情を変えず、前を見つめたまま答えた。
「ふん、別に許してもらおうとも思っていない。
お前の娘エリスがミオリの後見人となるはずだったレイナを殺した。
そのことを忘れるな」
二人は目を合わさなかった。
カイは息を呑んだ。
だが、トウガは静かに続けた。
「だが、これで停戦だ」
シズクは冷たく答えた。
「あぁ、ラートリーの好きにはさせん」
二人は、初めて同じ方向を向いた。
敵ではあるが、同盟者でもある。
カイは、この二人がいつか本当の意味で和解できる日が来ることを願った。
だが、今はまだ、その時ではない。
裏方の控室に到着すると、イレーネが待っていた。
「シズク様ぁ、お疲れ様でしたぁ」
シズクは頷いた。
「イレーネ、ミオリの準備は整っているか?」
「はい、明日にはクリムゾン家に向けて出発しますぅ」
トウガも口を開いた。
「リオも準備させている。アルシアの麾下につける」
シズクとトウガは、再び視線を合わせなかった。
だが、二人の心には、同じ決意があった。
ラートリーを止める。
それが、今の彼らの唯一の共通の目的だった。
・ ・ ・
シズクとトウガはこの講和の準備を可能な限り、迅速に行った。
カイとイレーネの尽力もあった。
そして何より、イレーネの気づきが良かった。
あの気づきが少しでも遅れていたら手遅れだっただろう。
カイの説得が少しでも遅れていたら、それも手遅れになっただろう。
何もかもがラートリーの想定を超えて上手くいった。
そのため、ラートリーの元帥就任宣言よりも先んじることができた。
さすがに内乱が終結してしまっては、有事とは言えない。
シズクは安堵していた。
(これで、ラートリーの策を一つ潰せた)
それから一週間、各所で撤退が相次いだ。
帝国全土で、砲撃が止み、艦隊が引き上げていった。
「最悪の事態は回避できたようだ」
執務室でシズクが呟いた。
イレーネはミオリの護衛兼人質として、今はクリムゾンのもとにいる。
もう一人の側近のアルシアはリオの第9艦隊を指揮下において、
内乱の後始末を行っている。
リオにとってはアルシアの統率を間近で学ぶ良い機会ともいえる。
シズクは一人で今後の事を考えていた。
(ラートリーは必ず次の一手を打ってくる。
だが、元帥就任という最大の武器を失った今、奴にできることは限られている)
そんな中、慌てて情報参謀長が入室した。
「大変です!」
息も絶え絶えで、まずは大きく深呼吸した。
シズクは苛立ちながら無言で待った。
それに気づいて慌てて参謀長は頭を下げた。
「はぁ、申し訳ありません」
シズクは冷たく言い放った。
「良い、早く報告せよ。何が起きた?」
参謀長は震える声で答えた。
「大変です!
講和に違反してセルドニャ星系で赤青勢力が再び正面衝突しました!」
シズクは立ち上がった。
「何だと!?」
「当家勢力のルシェルト・キャトレーン侯爵と、
クリムゾンのガルネオ・ミャルヴァン侯爵です」
シズクは拳を握りしめた。
「馬鹿か!講和したことを知らんわけではあるまい!
ラートリーに利用されるぞ。状況は?」
参謀長は震えながら報告を続けた。
「彼らの私設艦隊が真っ向から衝突し、近くの民間人を巻き込んだ
艦隊戦を行っています」
シズクは即座に命じた。
「アルシアに命じて即刻無力化しろ。
二人ともその場で処刑してかまわん」
「はっ!」
「トウガはどうしている?」
「トウガ公もカイ大将を派遣したそうですが、おそらく一番近いのは
アルシア大将とリオ中将です」
シズクは頷いた。
「ちょうどよい、アルシアとリオを派遣して鎮圧せよ。
これならばアジュールとクリムゾンの両方の意志を示せる」
「は、向かわせます」
参謀長が退室しようとした時、シズクが呼び止めた。
「……ま、待てよ!?ルシェルトとガルネオと言ったな?
私はよく知らん。
小者なのは間違いないが、最近派閥に入って来た者達か?」
参謀長は振り返った。
「はっ、はい。赤青戦乱が起きてからです」
シズクが目を見開いた。
彼女は机を拳で二度激しくたたいた。
ドンッドンッ
参謀長が恐怖で目を曇らせる。
シズクは歯を食いしばった。
「ラートリー、貴様ぁ!
我々の目が届かん内に、時限爆弾を仕込んだな!?」
参謀長はシズクの怒りを感じて何も発言が出来ない。
シズクは窓の外を見つめた。
(あいつらをラートリー黒幕の証人として吊るし上げるか?
いや、違う。あいつが仕掛けてきているんだ。
無駄だろう……)
シズクは振り返り、参謀長に命じた。
「アルシアに急がせろ!これは偶発ではない。
ラートリーの策だ。そうなると残された時間はないぞ!」
「は、はい!」
参謀長が慌てて退室した。
シズクは一人、呟いた。
「ラートリー……お前は、赤青講和すらも想定の範囲内か!
この衝突は、お前の奥の手か……?」
不安が、彼女の胸に広がっていった。
セルドニャ星系。
ルシェルトとガルネオの艦隊が、激しく砲撃を交わしていた。
その近くには、民間の輸送船が複数停泊していた。
砲撃の余波で、輸送船が次々と損傷していく。
「くそ!民間船が逃げられん!」
ルシェルトの副官が叫んだ。
だが、ルシェルトは笑っていた。
「構わん。ガルネオを討つ!それが命令だ!」
ガルネオもまた、同じように笑っていた。
「ルシェルトを討て!民間船など知ったことか!」
二人は、まるで操り人形のように戦っていた。
そして、その様子は、帝国全土に報道されていた。
隠蔽された離宮、その一角のラートリーの執務室。
彼はモニターでセルドニャ星系の戦闘を見つめていた。
セリオンが傍らに立っていた。
「父上、計画通りです」
ラートリーは微笑んだ。
「あぁ、シズクとトウガは必死に止めようとするだろう。
だが、間に合わん。
そして、この混乱を収めるのは……」
セリオンが続けた。
「父上です」
ラートリーは頷いた。
「そうだ。赤青の講和など、所詮は絵空事だ。
内乱は終わっていない。
ならば、元帥府の設立は正当化される」
セリオンは静かに答えた。
「シズクとトウガは、気づいているでしょうか?」
ラートリーは冷たく笑った。
「気づいていても、遅い。
この混乱を収めるには、絶対的な権威が必要だ。
そして、その権威を持つのは、私だけだ」
二人は、モニターを見つめ続けた。
帝国の運命が、今、動こうとしていた。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
第六十八話「赤青の同盟と残り火」、タイトル通り、
「赤青の講和成立」と「ラートリーの時限爆弾」が描かれました!
今回は、「歴史的な講和」と「それを上回るラートリーの策略」がポイントでしたね!
赤青の講和が成立して、一瞬、希望が見えたと思ったら、すぐにラートリーさんの「時限爆弾」が炸裂しました。
シズクさんの「(これで、ラートリーの策を一つ潰せた)」という安堵が、
一週間後に絶望に変わるの、本当に辛いです…。
そして、ラートリーさんの「赤青の講和など、所詮は絵空事だ」という言葉、冷たすぎます…。
ラートリーさん、本当に恐ろしい策士ですね…。
始めから予想してたんでしょうね。そして内乱勃発直後の混乱期に爆弾侯爵二人を仕込んでおくなんて凄すぎます。シズクさんもトウガさんもそれどころじゃなかったはず、対抗するために勢力拡大に従属を受容しやすかったのかもしれません。
ちなみに後世では赤青の内乱と呼ばれる事態もシズクサイドでは赤青戦乱と呼んでいるみたいですね。
内乱だと反乱を起こした当事者みたいに聞こえるから戦乱という事件として扱ってましたね。
まぁ、歴史家はちゃんと内乱と定義してますが。
次回、アルシアさんとリオくんが、どう動くのか、楽しみです!
そして、シズクさんとトウガさんが、この絶望的な状況をどう乗り越えるのか、気になりますね!
あるいはラートリー、セリオンさんの独壇場か!?
次回も、絶対見逃せませんよ~!
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