第六十五話 シズクの敗北
ロドリク討伐から1か月が経過した。
シズクの執務室。
彼女は星図を見つめながら、苛立ちを隠さなかった。
「くそ、ラートリーの真意がどうしてもつかめん!
イレーネ、お前の方はどうだ?」
イレーネは画面越しに申し訳なさそうに答えた。
「申し訳ありませ~ん。ウララ陛下の所在は未だ不明でーす。
現在シズク様がラートリーの動向の諜報に注力されてますからぁ、
結局セリオンが不在でも私がラートリーとの一騎打ちの諜報合戦ですぅ」
シズクは溜息をついた。
「ラートリー相手ではお前では荷が重いか……」
イレーネは素直に頷いた。
「はいぃ」
シズクは窓の外を見つめた。
帝都は静かだった。
だが、その静けさが逆に不気味だった。
「ラートリーはウララ陛下を隠しつつ、裏の策も実行していると考えられるな。
つまり朝廷を巻き込んだ何らかの秘策だ。
おそらくウララ陛下を使った何か、つまり今ウララ陛下はラートリーの傍にいる」
「おそらくぅ」
「何が考えられる?」
イレーネは少し考えてから答えた。
「奴はぁ、軍事力を重視していません。
つまりぃ、権威による攻勢……でしょうかねぇ?」
シズクは鋭く頷いた。
「お前もそう思うか。ならば急がねばならんな。
奴の策が成功したら何が起こるか予測が付かん」
イレーネは表情を変えなかったが、内心では別のことを考えていた。
(ラートリーさんが考えること……実は一つだけ思い当たることがありますぅ。
ですが、それだとしても私やシズク様を生かしておく必要がないのですぅ)
シズクは決然と命じた。
「お前は引き続きウララ陛下の捜索を行え。
私は全力をもってして奴の尻尾を掴んで見せる」
「はい!」
通信が切れた。
イレーネは一人、呟いた。
(ラートリーは次は帝権を奪いに来るはずですぅ。
ですが、それはおそらく銀河統一帝国樹立のため。
でも……矛盾が多すぎますぅ。これはシズク様に伝えるべきか)
彼女は迷った。
だが、確証がない。
もし間違っていたら、シズクの判断を誤らせることになる。
イレーネは深く息を吐いた。
「もう少し……もう少し調べてから……
やっぱりだめですぅ。これ、手遅れになりますよぉ」
再びシズクの秘匿回線を開く。
シズクはすぐに応じた。
「何だ?」
シズクが地獄の底まで見通すような冷たい目でイレーネの瞳の奥を覗き込んだ。
大抵の人間はこれに押されて言葉を発せられなくなる。
だが、イレーネは知っている。
こういう目をしたシズクほど本気で相手に期待している時だ。
イレーネは深く息を吸った。
「シズク様ぁ。一つだけ思い当たることがありますぅ」
シズクの目が鋭くなった。
「この際、推測でも構わん。言ってみろ」
イレーネは慎重に言葉を選んだ。
「権威による攻勢……陛下を抱え、操作することができるラートリーが考えうることはぁ。
軍事力を必要としない……正確にはぁ、莫大な軍事力が付いてくることぉ。
そして今急造が決まった艦船群~。
3か月後にはぁ、全宇宙の工廠で続々と新艦が竣工しますぅ。
これは第3、第6艦隊の補充、並びに辺境有事に対するぅ備えと発表されていますぅ。
でもぉ、本当にそうでしょうかぁ?」
シズクは眉をひそめた。
「……別の目的があると?」
イレーネは頷いた。
「私の諜報ではぁ、昼夜問わずに作業をしていますぅ。
2か月後には完成しますよぉ。
朝敵は成敗したのになぜ急ぐんですかぁ?」
シズクは窓の外を見つめた。
「それは私も腑に落ちなかった。
そして今回の秘策に関係すると感じている。
余裕の態度を見せつつ、内心の焦りから自らの失した戦力を急遽補充したい。
普通はそう考えるが、ラートリーがそこまで単純だとは思えなくてな」
イレーネは静かに、だが確信を持って言った。
「権威ですぅ。
おそらくラートリーが狙うのは67年ぶりのあの秘策ですぅ」
シズクは目を見開いた。
「67年?
……な!?馬鹿な!
そうか。イレーネ、よく気づいた!
それしか考えられん。
しかし、陛下を押さえられている以上、妨害が難しいぞ?
しかも、今はラートリーの居場所すらつかめん」
二人は互いに見つめ合った。
およそ70年前――この大乱ほどではないが、神聖帝国が揺れた時期があった。
それを、ラートリーが再現しようとしているのだとすれば……。
イレーネが尋ねた。
「シズク様も私の仮説が正しいと思いますかぁ?」
シズクは力強く頷いた。
「いや、お前にも伝えていなかったことが多々あるのだが、
私の諜報の結果と突き合せればつじつまが合う点が多数ある」
イレーネは立ち上がった。
「ではぁ、私もシズク様のお手伝いをしますぅ」
だが、シズクは首を横に振った。
「いや、そうしてもらいたいところだが、もう一つ優先度の高いことがある。
ラートリーはこの1年、このために動いてきたと考えてよいだろう。
となると、いまさら私とお前が協力しても、阻止できるかは賭けだ」
イレーネは驚いた表情を浮かべた。
「では、どうすればぁ?」
シズクは静かに、だが明確に答えた。
「正直に言うぞ、手遅れだ。私はラートリーに敗れた」
イレーネは初めて、シズクの口から敗北宣言を聞いた。
彼女は少し微笑んだ。
「シズク様が弱音を吐くのは珍しいですねぇ」
シズクは真剣な表情で返す。
「私は楽観主義者ではない。だからこそ今まで生きてこれた。
負けるにしても負け方がある。
クリムゾンを救え。
私は大丈夫でもクリムゾンは取り潰されるぞ」
イレーネは頷いた。
「それはあるかもしれませんねぇ」
シズクは命じた。
「お前はカイの元に身をよせよ。
そしてカイを使ってこの事実をクリムゾンにも共有せよ。
クリムゾンとアジュールの同盟を急がせろ。
あの男にそこまでしてやる義理はないが、潰れてもらっても困る。
急げ。出来るな?」
イレーネは深く一礼した。
「はぁい、分かりましたぁ。
必ずクリムゾンを助け、同盟を結ばせて見せますぅ」
通信が切れた。
イレーネは一人、呟いた。
「はぁ、シズク様に否定してもらえることを期待したんですがぁ……。
お前は考え過ぎだってぇ。
世の中上手くいきませんねぇ」
彼女は急いで準備を始めた。
時間がない。
ラートリーの秘策が発動する前に、クリムゾンを救わねばならない。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
今回の65話、「シズクの敗北」というタイトルが、本当に衝撃的でした…。
「70年ぶりの秘策」と「クリムゾンを救え」がポイントでしたね!
シズクとイレーネの諜報合戦、でも追いつけない!
シズクさんも、イレーネさんも、完全に後手に回ってるんです。
あのシズクさんが、「手遅れだ。私はラートリーに敗れた」と言うなんて…。
でも、シズクさんは、ただ諦めたわけじゃなくて、「負け方」を考えてるんですね。
「クリムゾンを救え」という命令、これはシズクさんの「次の一手」なんです。
そして、イレーネさんの「70年ぶりの秘策」という仮説!
これ、一体何なんでしょう!?
帝国が揺れた時期って、どんな時期だったんでしょう?
そして、ラートリーさんがそれを「再現」*しようとしてるって、めちゃくちゃヤバイですよね!
次回、絶対見逃せませんよ~!




