第四十四話 確信と誤答
エリスは遂にレイナのことを敵と断定した。
レイナは友のふりをして自身を戦死させようとした。結果、ノアを失った。
いや、それは遅かれ早かれの話だ。
彼女はクリムゾン家の弱体のために、義父上の周りから狙っているとカナリアは言っていた。つまり自分の後にはカイやリオ、ノアが同じように戦死を装って暗殺されただろう。
その順番が入れ替わったに過ぎない。
クリムゾン家のためにもこれ以上、レイナを野放しにはできない。
その前にレイナを、そしてその背後にいるシズクを討ち取らないといけない。
だが、常々、義父上は言う。最終的には自分の目と耳で感じたことを信じろと。
時間の無駄だとしか思えないが、念のため、レイナの言葉を聞こう。
コンコンコン
レイナの私室のドアをノックする。
返事がしたため、名乗ると慌ててドアが開きレイナが心配そうに顔を出した。
「エリスっ!どうしたの?急に。」
「・・・少し話があるの。」
レイナは少し驚いた顔をしたが、すぐにエリスを招き入れて、応接スペースのソファに座らせて自身も向かい合う形で腰を下ろした。
「話って・・?」
無表情のまま、エリスはその問いに答える。
レイナはエリスを観察していた。無表情の中にも瞳孔の震えが見て取れる。
楽しい話をしに来たわけではあるまい。
レイナは策士の顔で聞き入った。
「もちろん噂の件は承知済みよね?あなたやシズク殿の良からぬ噂のことよ。」
「えぇ、もちろん。身に覚えのないことがたくさん含まれていて困惑しているわ。
シズク様が直々にその対処を行っているの。」
「そうなのね? 例えば・・・の件は?」
レイナは慎重に返答する。
ここで適当な返事をすると本当の意味で信頼を失ってしまうだろう。
一言一句油断するわけにはいかなかった。
レイナは明確な線引きをして、正直な気持ちで極力正確に答えた。
貴族として政治の世界にいる以上、無垢で穢れもなく生きてこれるわけがない。
赤青の諍いにつながりそうな噂は否定し、ある程度、シズクや自身の悪行を認めた。
そうして話が進む中にエリスはエリスで噂のように装い、カナリアから得た真実、本人しか知りえないような情報を噂のように混ぜ込んで質問する。
カナリアの話は真実ではないため、レイナは身に覚えがない話も多かった。
ただの噂と思って自らが決めた方針に従って適当に返事をした部分もある。
だが、そこに罠があった。
レイナは噂の裏側、すなわち関わってないと知りえないと思う情報まで適当に話を合わせて回答してしまっていた。
それは偶然にもエリスがカナリアから聞いた真実と一致してしまった。
エリスはそこで改めてレイナは黒だと確信してしまった。
エリス自身は冷静に振舞っているつもりかもしれないが、観察眼のあるレイナから見て、この会話の失敗を悟らせるほどの闇を醸し出していた。
エリスが唐突に噂から離れた話題をやや強めの口調で切り出した。
「ねぇ、レイナ。ノアが私を助ける為に突っ込んでいった時あなたはどう思った?」
レイナはさすがに驚きを隠せない。脇にじんわりと汗をかいているのを感じた。
「え?・・・正直に言うとあまり覚えていない。
頭が真っ白になった。焦りしかなかった。
ノアを助けないと・・。それしか頭になかった。」
彼女はその時の状況を嘘偽りなく語った。
「焦った?それは私を敵に討たせることができなくなるから?」
「・・!?
・・・なっ何を言ってるの?
悲しいことを言わないで。そんなことが・・・。」
レイナは動揺を隠しきれていなかった。
エリスも同様で、その時には怒りの感情を露わにしていた。
「じゃあなんで!?
なんであの時あの場を離れて敵の横腹から突撃をかけてくれなかったの?
あなたが、あそこにいた理由は何!?」
「そ・・それは」
「もういい!
私は必ずこの噂の真相を突き止める。
そしてシズク、レイナ、あなたたちの悪事を暴いて見せる。
私はノアの仇をまだ討てていない。
これ以上、クリムゾンに手を出そうものなら・・・
容赦はしない。
レイナ! 覚悟していなさい!」
「・・・・。」
レイナは遂に諦めた。
おわった・・・。大失態だ。
まだ距離をおいて裏で彼女を助けていた方がよかった・・・。
シズク様・・・、申し訳ありません・・・。
呆然と見送るレイナを放置して、エリスは心の闇を膨張させつつ退室した。
エリスは、もう振り返らなかった。
かつての友情は、音もなく崩れ落ちていた。
その夜、トウガは酒を片手にヴァルコニーで星を眺めながらノアとの思い出に浸っていた。
「義父上。」
急に声をかけられた。
普段気丈に振舞うトウガであったが、エリスが近づいたことに気づかないほど、彼もまた内心はノアのことに囚われていた。
「おぉう?エリスか。どうした?」
「義父上・・・お話が・・。」
トウガの酔いが即座に覚めるほど、エリスは鬼気迫る気迫をもって語り掛けていた。
「・・・話せ。」
「はい、巷を騒がせるあの噂の件です。義父上も調査をなさっているとは思いますが。
決定的な証拠を入手しました。あれは真実です。
義父上の仰るように、この目と耳、そして心でもって感じ取りました。
クリムゾンの危機です。
明日、その証拠にお引き合わせします。」
「・・・・。
そうか。
俺もこの目で確認しよう。」
一方、シズクとレイナは。
「彼女の恨みは私に注がれております。
もはや私ではエリスを守ることはできないでしょう。
むしろ、私こそがラートリーにとっての最大の火種となってしまいました。
申し訳ありませんでした。」
「そうか。」
「お責めにはならないのですか?」
「私は私ができないことをお前に押し付けたのだ。
責める道理はあるまい。
すまなかったな。お前には嫌な想いをさせたようだ。」
「いえ、滅相もございません。私が力及ばないばかりにシズク様の策を台無しに・・・・。」
「策など、初めからなかった。
ラートリーの思惑には気づけたが、抗う術は持ち合わせていなかった。
どうも私もお前も人の心に寄り添うのは無理そうだな。」
シズクが苦笑いした。
「私がトウガと直接話をする。あいつを頼るのは癪だが、致し方ない。
お前は少しエリスと距離を取れ。
こういうこともあろうかと、貴族連合のグレイム・ドランベル侯爵と
ディモン・スヴァルツ伯爵を煽っておいた。
まもなく蜂起するだろう。
この状況でのラートリーの動きは阻害したい。
グレイムの鎮圧にラートリーを送る。そしてお前はディモンを攻略せよ。
お前は時間をかけていいぞ。遠征で少しの間、帝都を離れるが良い。
その間にトウガを抱え込み、エリスの誤解を解く手がかりを作る。」
「は!」
シズクはラートリーに対して消極的な対策しか取れなかった。
トウガにラートリーの毒を共有し、エリスの暴走を止めてもらうしかない。
二輪の花の一方は、毒に染まり、静かにその花弁を黒く変えた。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
今回のお話は、もう、本当に胸が痛い…。
エリスさんとレイナさんの友情が、**「疑い」と「すれ違い」**によって、完全に壊れてしまいました!
今回のポイントは、「エリスさんの確信とレイナさんの誤答」、そして**「シズクさんの意外な一面」**です!
壊れた友情
ノア君の死、そしてセリオン君から受け取った**「偽りの真実」**によって、エリスさんの心は、もうレイナさんを信じることができませんでした。
それでも、最後の確認として、エリスさんはレイナさんのもとを訪れます。
でも、この時のエリスさんは、もうすでに**「レイナ=敵」**という答えを心に決めていました。
一方、レイナさんは、エリスさんの質問に、**「策士」**として完璧な答えを出そうとしました。
でも、その完璧な答えこそが、エリスさんの心をさらに遠ざけてしまったんです…。
「なぜ、あの時横腹を突いてくれなかったの?」
この問いに、レイナさんは答えに窮してしまいます。
なぜなら、彼女は**「一瞬の迷い」**で、横腹を突くという最善の策を封印してしまったからです。
その迷いが、ノア君の死につながり、そして今、エリスさんとの友情を完全に終わらせてしまいました。
「私はノアの仇をまだ討てていない。これ以上、クリムゾンに手を出そうものなら…容赦はしない!」
この言葉は、もう、**「友情の終焉」**を告げる、宣戦布告でした…。
シズクさんの苦悩
そして、この状況に、シズクさんもまた、深く苦悩していました。
「どうも私もお前も人の心に寄り添うのは無理そうだな。」
**「策」を巡らすことにかけては天才的なシズクさんですが、レイナさんと同じく、「人の心」**を理解することは苦手でした。
だから、エリスさんの暴走を止めることも、レイナさんとエリスさんの誤解を解くことも、彼女にはできませんでした。
この時、シズクさんは、自分の無力さを痛感し、苦笑いします。
そして、この絶望的な状況を打破するために、ラートリーさんを遠征に送り込み、トウガさんを頼るという、これまでには考えられなかった行動に出ます。
「二輪の花の一方は、毒に染まり、静かにその花弁を黒く変えた。」
エリスさんの心は、もう**「復讐」**という名の毒に染まってしまいました。
そして、その毒が、これから、帝国にどんな嵐を巻き起こすのか…。
作者子ちゃん、もうハラハラしすぎて、心臓が持ちません…!
誰かエリスさんに甘い物でも差し入れてください。
きっと脳に糖分がたりないんです!
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あとがき
シズクとレイナは優秀な策士ではあるが、心の毒に対する攻略法は持ち合わせていませんでした。
やはりラートリーは一枚上手です。
ただラートリーがいくら策士として完成しているとはいえ、あまりにも今回は神がかっています。
皆さまは既にこの罠に気づかれましたでしょうか?
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