第四十三話 生き証人
シノの生き証人――彼女の名は、カナリア・ファルカス女伯。元中将である。
カナリアはシノの自領だった惑星ミューニャの総督だった女性だ。
シノから最も信頼を寄せられていた懐刀の内の一人だった。
当然、シノの乱でミューニャ陥落の際に捕縛され、軍事裁判の末に処刑された
・・・はずの人物だった。
本人の話では処刑されたのは彼女の影武者に当たる家臣で、彼女はその時以降、過酷な逃亡生活を送り、最終的にこの場で隠れ住んでいたとのことだった。
シズクは自身への余波を考えて徹底的にシノ陣営の残党狩りを実施した。
それをかいくぐってこられたということは、その優秀さの証明だろう。
何とか今まで凌いできていたが、遂にシズク陣営に察知され命を狙われ始めた。
そこをセリオンによって守られ、こうして、エリスの手によって保護されるに至った。
巷に流れる不穏な噂の真相を知るため、エリスは極秘裏にカナリアをクリムゾン家に連れ帰り匿った。
だが、実際はカナリアの言葉には全く真実が含まれてはいなかった。
カナリアは影武者を使ったわけではなく”確かに本人が捕縛され”、軍事裁判にて処刑されることになっていた。
彼女や彼女の家族を執拗に恐怖で追い詰め、証言や証拠、それらを一切考慮せずに、ただ早急に判決に至るよう、事を運んだのはシズクではなく、ラートリーの手の者だった。
そして処刑直前で彼女”だけ”を救ったのもラートリーであり、その裏工作の一環で、公式には彼女の処刑が完了したことになっていた。
恐怖と失意の底に突き落とされた彼女は、一旦ヴァーダント家に保護され、完全な安全対策と情報操作を施した後、今の場所に移り住むことになった。
それにも関わらず、なぜ彼女は影武者などの嘘の話をエリスに語ったか?
彼女は反乱の衝撃と軍事裁判、家族の処刑を目の当たりにし、刑執行直前に心と記憶を壊してしまった。
そして空になったその心と記憶に対してラートリーの派遣した医師が、巧みに偽りの記憶を植え付けた。
心を癒すという名目のもと、まるで催眠術のように、彼女を偽りの証言者へと作り変えた。
この数年の洗脳によって、カナリアはラートリーが筋書きしたシナリオに沿って、
都合の良い記憶を完璧に刷り込まれていた。
カナリアは、エリスに対して、全く嘘はついていない。
これが今の彼女の記憶と意思だったからだ。
カナリアこそがラートリーの用意した対シズクの切り札だった。
そうとは知らず、エリスはセリオンの誘導に従って、偽の生き証人を招き入れてしまった。
カナリアの負荷にならないように、エリスは慎重に噂の真相を確かめた。
時間をかけて入手した彼女の証言を、慎重に組み立てた。
結果として巷に流れる噂はそのほとんどが真実だと判断せざるを得なかった。
既にエリス自身もセリオンの誘導の罠に嵌ってしまっている。
そしてそれは、レイナとのこれまでのやりとりに助長されてしまっていた。
つまりエリスは既にセリオンによって洗脳されてしまっていたのだ。
だからこそ、カナリアの証言を全く疑うことなく全て受け入れた。
エリスが真実と断定した噂はこうだ。
シズクは確かにシノとニュクスを使ってウララを害そうとしていた。
だが、ニュクスはウララ暗殺に失敗し、シノはその火消しに失敗した。
ジジがあの反乱で戦死したのは不幸中の幸いといえたが、ウララ暗殺に失敗した以上
その責を全てシノに被せて討伐させるように動いた。
さらには噂には出てこない裏の情報も多数エリスは入手することができた。
カナリアは、ニュクスの反乱の前に綿密にシズク、シノと打ち合わせを重ねていた。
反乱の成否に関わらず、様々なシチュエーションを想定して、全ての対策を二手三手先まで検討していた。
シズクは綿密に計画した内容をシノやカナリアに共有しており、いざという時はラートリーに濡れ衣を着せる計画だったとも明かした。
それらの情報を確認していると、彼女の目から、静かに涙があふれ出た。
「・・・シズクはラートリーに濡れ衣を着せることが難しくなり
一旦の反乱終幕を演出するためにシノ閣下を朝敵にすることにした。
だから・・・シノ閣下は・・。シノ閣下は・・・・。
うぅぅ・・・閣下も仲間たちも・・・そして私の家族も全てシズクに・・・・・。」
苦悩に歪んだ彼女の泣き顔には、演技の影すら見えなかった。
彼女の話はこれまでのシズクの行動と寸分たがわず一致しており、この計画性の高さの証明にもなった。
そしてエリスを最も驚かせたのは、この計画の中心的な役割としてレイナの名前も現れた。
レイナはシズクの分身のように暗躍し、シノ誅殺に貢献したのは疑いようがなかった。
また、カナリアが反乱前にシズク・レイナから直接聞いた作戦の一つもエリスが心をへし折った。
レイナの直近の任務はトウガの弱体化だった。
その手段は兄弟、ならびにエリスの排除。トウガの周りから削り始め、最終的にはトウガの心を破壊する計画だった。
これには暗殺ではなく、戦場で戦死を装うことを前提にしていることもカナリアはエリスに打ち明けた。
その手法として国内の反乱を誘導する計画や、その際に他国の名提督を傭兵として使う計画なども明かされた。
これは全てエリス戦死未遂、ノアの戦死の状況の裏付けとなった。
エリスは優しく落ち着いてカナリアの話を聞いていた。彼女が疲れて黙ると、礼を言ってからカナリアの部屋を後にした。
そして無表情のまま自室へ向かった。自室へ入ったエリスは膝から崩れ落ちた。
彼女の目から涙が流れ落ちる。
エリスはまだレイナのことをどこかで信じていた。信じようと思う気持ちがあった。
だが、それが砕かれた。
親友だと思っていた人物が、自分を殺そうとしていた。
笑顔の裏で殺意をもって事故を装うとしていた。
その結果、ノアを失うことにもなった。
彼女の心は、高所から突き落とされたかのように、音もなく砕け散った。
暗い部屋の中、ゆっくりと立ち上がった彼女の砕けた心には、“復讐”という名の魔獣が静かに巣食っていた。
彼女は完全にこの”偽りの”真実によって引き返せぬ道を歩みだすことになってしまった。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
はぁぁぁぁぁああぁああぁぁ!?
脳がバグる!!
誰が嘘ついてるんですか?!
もうわかんないよー!
作者子ちゃんも、もう頭がどうにかなりそうです!
今回の話は、**「偽りの記憶」と「ラートリー親子の恐ろしさの極致」**が描かれました!
まず、今回のキーパーソン、カナリア・ファルカス女伯。
彼女は、**「シズクさんによって処刑されたはずの、シノの生き証人」**として、エリスさんに保護されました。
これで、エリスさんは、シズクさんを告発する決定的な証拠を手に入れた…はずでした。
でも、真実は全く違いました!
カナリアさんは、ラートリーさんによって処刑直前に救われ、そして、心を壊され、偽りの記憶を植え付けられていたんです!
彼女の口から語られる真実は、すべてがラートリーさんのシナリオ通りでした。
つまり、エリスさんが手に入れた**「真実」は、すべて「偽り」**だったんです!
そして、その偽りの真実が、エリスさんの心を完璧に折ってしまいました。
エリスさんは、カナリアさんの証言から、「シズクさんはニュクスとシノを使ってウララを害そうとした」、そして、その計画の中心にレイナさんがいたという、恐ろしい事実を知ってしまいました…。
さらに、ノア君が死んだ「グレイモアの乱」も、**「レイナさんが、エリスとノアを排除するために仕組んだ」**という、偽りの計画だと信じ込んでしまいました…。
これが、ラートリーさんの真の狙いだったんですね!
彼は、**「敵に直接攻撃する」のではなく、「敵の心を壊す」という、究極の策を仕掛けてきたんです!
カナリアさんという「生きている嘘」を使って、エリスさんの心に「復讐」**という名の魔獣を植え付けました。
もう、ラートリーさんの策、恐ろしすぎます!
他人の人生をめちゃくちゃにすることを、何の躊躇もなくやってのける…。
これが、**「究極の悪」**というものなのでしょうか…。
今回、エリスさんは、完全に**「偽りの」真実によって、引き返せない道を歩みだしてしまいました。
彼女の心に巣食った「復讐」という名の魔獣**が、これから、何を巻き起こすのか…。
そして、このすべてを操るラートリーさんの目的とは、一体何なのでしょうか?
でも、あれですね、ここまで共感できない奴らって……。これだからサイコパスはよぉ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
新たな登場人物、カナリア。
表向きは「生き証人」として、シノの名誉回復とシズクの罪状を語る。
しかしその記憶は、ラートリーによって“意図的に構築された虚偽”。
つまり、彼女は“嘘をついていない”が、“真実を語っていない”。
この事実は読者の皆さんは分かっていながらも、舞台にいるエリスには届いていない。
皆さま、もどかしく感じましたでしょうか?
今後、どんな徒花が咲くか、未来はしっかりと予想できましたか?
ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。
もしよろしければ、次の読者への道標に、評価やブクマをお願い致します。




