第四十二話 噂、再び
エリスは国務会議に復帰した。
最も辛く悲しい立場であるはずのトウガが毅然として政務を行う姿を見て、エリスも気持ちを強く持った。
その頃には、ラートリーも外交から帰還し、国務会議に復帰した。
再び国務会議にメンバーが揃った。いつも通り、議事が進む。
ラートリーによって閉会が宣言された後、残っていたレイナがゆっくりとエリスに近づいて、話しかけた。
「エリス・・・。」
エリスはゆっくりと見上げてレイナの目を見つめた。
いつもはきはきと話すレイナにしては、くぐもった話し方だ。
「ノア殿のことで、ずっと謝りたくて・・・。」
エリスはそのまま立ち上がって目をレイナと同じ高さに合わせた。
「謝る?何か謝られるようなこと、あったかしら?」
笑顔の裏に、エリスの目には小さな闇が灯った。レイナはそれを見逃さなかった。
試されている?違う?何か気づいたか?
どう答えるのが正解だ?私のあの時の行動は特に不審な点はない。
謝る・・・この行動が誤りだったか。
友であれば、素直な気持ちをぶつけていたところだろう。
だが、レイナは咄嗟に策士の思考が走った。
そこに一瞬の間と態度の違和感が現れてしまった。
元々疑念の目を向けていたエリスもさすがにそれに気づく。
いつもは相手を観察する側のレイナがエリスに観察されているような気持ちになった。
慌てて取り繕う。
「その・・・ベストを尽くせなかった。」
「そうかしら?ベストを尽くせなかったのは私。
何もかも熱くなって空回りして・・全てそのせいよ。
あなたはとても冷静に振舞っていたと思うわ。」
冷静?
普通に聞けば何の違和感もない言葉。
だが、この会話の中ではレイナは妙な違和感に襲われた。
「れ・・冷静だったわけではないんだ。あの時、エリス、あなたが
捨て身のような突撃をかけた。私には友達と呼べる人はエリスしかいない。
そのエリスを失うんじゃないかと思って、内心気が気ではなかった。」
一語の誤りが、すべてを崩す可能性がある・・。レイナは緊張しながら言葉を選んでいる。
「そうか。ごめんね、そんなに心配をかけたんだ・・・?私って駄目よね・・・。
ごめんね、レイナ。この話はもうやめていい?
まだ心の整理がついていないの。」
「あぁ・・・ごめん。気が回らなかった。」
レイナが謝ったのを見て、そのままエリスは一礼をして退室した。
その瞬間、レイナの目に映ったエリスの瞳には、闇がわずかに深まっていた
エリスの心に疑念が渦巻き始めていた。
冷静ではなかった?軍監の報告書を振り返ると、レイナに動揺の欠片も見受けられなかった。
心配だった?だったらなぜ、あそこで横腹を突いて敵を仕留めなかった?
もし、レイナがシズクの命令で私を消すために近づいてきたのであれば
警戒を怠るわけにはいけない。
そして・・・
もし、この悲劇の黒幕がレイナだというならば
・・・・・・必ずノアの仇を討つ。
レイナの中でセリオンの言葉が少しだけ大きく成長していった。
そんな中、再び不穏な噂が再来した。
前回と全く同じ噂だ。
シズクがニュクスの乱の黒幕であり、ニュクスやジジ、そしてシノまでも彼女の手のひらの上で踊らされて排除されたという。
今度の噂は前にも増して根強く、消しても消してもまた現れた。
シズクとしても放っては置けない状況になりつつあった。
「レイナか、入れ。」
「は! ・・・・例の噂が宮中に蔓延しております。」
「分かっている。今度は根深い、ここまでとなると今度こそ間違いなくラートリーだ。
あいつが遂に動き出した。エリスはどうなっている?」
「はい、その噂について探りを入れ始めているようです。」
「分かっていても止められない。これほど歯がゆいことはないな。
トウガはまだ静観しているようだ。
お前の言う通り、奴は奴なりにこの噂の真偽を見定めていることだろう。」
「私も火消しに回ります。早急に鎮静化しないと思わぬ火事になると思います。」
「いや、この始末は私がやる、お前は一切かかわるな。お前が動けばエリスが感づくかもしれん。
それならばお前は火消しではなく、エリスの傍にいなさい。
折角築いた友情とやらを崩すな。
そして馬鹿な真似をしないように見張れ。ある程度のこちらの動きは漏らしても構わん。」
「承知しました。ですが、シズク様、この噂、少々きな臭いです。
本当にラートリーでしょうか?」
急にシズクの顔に不機嫌さが浮かぶ。
「・・・私がラートリー以外の馬の骨にここまで出し抜かれていると言うのか?」
「いえ、そうではありませんが・・・。」
「心配するな、奴が自分の手を汚さずに誰かにやらせている可能性は捨てておらん。
だが、奴と同格の策士は他にいないのも確かだ。
必ずどこかでその操り人形との接点があるはずだ。そこを必ず見つけ出す。
お前はエリスの暴発だけは防げ!」
「は!・・・・シズク様・・。その件なのですが。」
「ん?どうした?」
「エリスの様子がおかしいのです。私に何やら疑念を持っているようです。
もはや友と見て貰えていない恐れもあります。
申し訳ありません。私はこのような心理的な場面での対処をわかりかねています。」
シズクは怪訝な顔をしつつ、少し考えこんだあとでゆっくり口をひらいた。
「発端はノアの件だな?私も少々引っかかっている。グレイモアの乱は出来過ぎだ。
誰かの筋書きが垣間見える。
エリスのお前に対する疑念もその延長かもしれん。
ラートリーは国外にいて、確実に隔離されていたのは確認している。
奴以外でこの筋書きを果たせるのかが疑問ではある。」
「はい、私もそれは何か感じております。
あのエリスが私にあそこまで敵意を向けるには
何かしらの策に嵌められている可能性があります。」
「そうだな。
しかし、もしそうだとして、それもラートリーの思惑ならば・・。
ラートリーは国外にいながら全ての成り行きを事前に予想し、
ここまで完全な筋書きを用意したのか。
もしそうだとしたら奴も神懸ってきたな。
いずれにせよ、私もエリスについての対策はわからん。
お前で善処してくれ。」
「承知しました・・・。」
シズク陣営ではこの噂に対する対処に難航していた。
そんなある日、皇宮廊下でエリスとセリオンがすれ違った。
挨拶も交わさない。
エリスはふと違和感を感じポケットの中に手を入れた。
小型の記憶媒体が入れ込まれていた。
何事もなかったのように自分の執務室へ向かい、その中身を確認する。
そこにはセリオンからの簡単なメモと地図が記憶されていた。
内容は、自身がシズクの間者に付け狙われていること、そしてその地図にはシズク陣営が必死になって探しているものが隠されていること、自分の代わりにそれを確保してほしいとのことだった。
地図を自分の端末にダウンロードするとその記憶媒体は煙を上げて使用できなくなった。
エリスは極秘で地図の場所に向かう。
そこには、かつてのシノの重臣の生き残りが隠れ住んでいた。
シノの関係者はほとんどが戦死、あるいは処刑、投獄先での暗殺により重要な情報は完全に闇に葬られていた。
そんな中での生き証人をエリスは手に入れた。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
第四章、「赤青の徒花」…。
今回は、この章のタイトル通り、レイナさんとエリスさんの友情が、静かに、そして確実に壊れていく様子が描かれました。
そして、ラートリーさんとシズクさんの恐ろしい頭脳戦が、再び始まりましたね!
まず、ノア君の葬儀から国務会議に復帰したエリスさん。
彼女の心には、セリオン君の言葉が**「疑念の種」として深く根付いていました。
そこに、レイナさんが「ノア君のことで謝りたい」**と、正直な気持ちをぶつけようとします。
でも、この時、レイナさんは**「友としての言葉」ではなく、「策士としての言葉」**を選んでしまいました。
その一瞬の迷いが、エリスさんの心をさらに疑心暗鬼にさせます。
「なぜ謝るの?」「なぜあの時、横腹を突かなかったの?」
エリスさんにとって、レイナさんの言葉はすべてが嘘に聞こえてしまったんです。
「もし、この悲劇の黒幕がレイナだというならば、必ずノアの仇を討つ」
エリスさんの心に、**「復讐の炎」**が灯り始めました。
そんな中、またしても**「シズクさんはニュクスの乱の黒幕」という、不穏な噂が再来しました。
この噂、前回とは違って、まるでラートリーさんの手のひらで踊らされているかのよう**に、シズクさんを追い詰めていきます。
シズクさんとレイナさんは、この噂の背後にラートリーさんがいることを確信し、対策を練り始めます。
でも、レイナさんの**「噂がキナ臭い」**という言葉に、シズクさんは少しだけ動揺します。
「まさか、ラートリー以外にも、こんな策を巡らせる天才がいるのか…?」と。
この二人でも、完全には読み切れない、新たな黒幕の存在が示唆されましたね!
そして、物語のクライマックス!
エリスさんは、再び現れたセリオン君から、**「ある情報」を受け取ります。
それは、シズクさんが必死に探しているらしい、「シノの重臣の生き残り」**の隠れ家でした。
セリオン君は、エリスさんに**「レイナさんは信用できない」という疑念を抱かせ、そして、「シズクさんを直接攻撃する情報」を手に入れさせました。
これはもう、完璧な「離間の計」**です!
ラートリー親子の恐ろしさが、再び炸裂しましたね!
次回、エリスさんはこの情報をどう使うのか?
レイナさんとエリスさんの友情は、完全に崩壊してしまうのか?
そして、この事件の背後にいる、ラートリーさん以外の黒幕とは、一体誰なのでしょうか…!?
なっ・・なんですか?作者子ちゃんに聞いても無駄ですよ。
ネタバレはしません!え?分かってないだろうって?
だまれ!
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あとがき
天才的な策士であるシズクとレイナ。
だが二人の共通点、心が壊れている、これは致命的な欠点かもしれません。
これが、彼女達の限界かもしれませんね。
ラートリーが皆を手玉に取っている様相がみえてきました。
今後どうなると予想されていますか?
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