第四十話 家族の絆
エリスの第5艦隊は無謀ともいえる進軍でノアのもとへ突進した。
その後を慌てて追うレイナの第4艦隊。
セフィの艦隊は一部をノアに向けて攻撃継続して牽制しつつ、それ以外の艦列をエリスの方へ回頭させた。
エリスの主力艦隊の主砲はノアの物とは違い、全て最新型のガンマ線レーザーである。
エリスが隊形も維持できないほど高速でノアの元に迫りつつも、勇猛果敢な突撃が得意のエリスは苛烈な砲撃をセフィに向けた。
まるでこうなることが予想出来ていたかのように冷静にセフィ艦隊はエリスの艦隊を迎え撃つ。
セフィはエリス達が実弾兵器乏しくエネルギー系の兵器で攻撃を仕掛けてくることを見越していた。
前衛艦は攻撃に回すエネルギーも全てシールドに回し、しかも前面に絞り高圧縮させて展開した。
高火力砲による猛烈な艦砲射撃であったが、セフィのシールドはそれを全て受け止めた。
同時にセフィ艦隊の全艦から発射された宙間魚雷、実体弾砲台による長距離弾が雨のようにエリス艦隊に降り注いだ。
また後方の攻撃艦からは発展型レールガン――従来のレールガンのレールの強度と電源を強化した最新型の電磁投射機――も容赦なく打ち込まれた。
隊列がのびきったエリス艦隊に対して、それらのミサイル、実体弾は狙う必要もないほど、ほとんどが命中した。その度に装甲が吹き飛び炎を上げた。軽量艦に至ってはその一撃で大破した物も多い。
空母は前進を諦め、その場から艦載機を発進させてミサイルの迎撃を行わせた。
「エリス、落ち着け!助ける前にお前がやられるぞ!!」
レイナが絶叫する。しかし、それはエリスには届かない。
その間もエリスの艦隊は実体弾を受け続けて損傷率が増大していく。
エリスの艦隊は遂にノア艦隊とセフィ艦隊の中間に割り込んだ。
すぐさま魚鱗隊形に艦隊をまとめ上げ、セフィ艦隊と真正面から殴り合うかのように
艦砲射撃の応酬を開始した。
その隙にノア艦隊がエリス艦隊の背後を回り込み、レイナ艦隊の方へ進んだ。
ようやく孤立状態から逃れた。
傍目から見たらまるで子供のように見えるセフィが冷酷な表情で、大きく振りかぶって敵陣を指さしながら叫んだ。
「小者など逃がしても構わん。最高顧問と主力艦隊を打倒すれば目的は達成する。
全艦、損傷を恐れるな、撃ち尽くせ!」
その姿は、周囲に言いようのない不気味さを漂わせた。
セフィ艦隊からの全力攻撃がエリス艦隊に向けて行われる。
エリス艦隊もそれに応じる。
双方損害を気にしない消耗戦が開始された。
到着するまでにほとんどの艦船が中破状態になっているエリスの方が不利なのは明白だった。
遅れて近づいたレイナ艦隊がノア艦隊の前方に回り込み、これで完全にノア艦隊の救出に成功したと言えた。
「エリス、安心して、もうノアは大丈夫!」
レイナがエリスに向けて叫んだ。
エリスもようやくレイナの方を向き安堵の笑みを浮かべた。
レイナの周りの艦船が撃ち負けて大破していく。
やはり実弾兵器の不足がこの状況を悪化させている。
レイナは冷静に戦術を頭に廻らせた。
ここまで来たら、ノアのことは心配いらない。
一刻も早くエリスの援護に向かう必要がある。
これ以上、消耗戦を続けるならエリス艦隊の損耗もエリスの旗艦自体も限界が訪れるだろう。
そしてどう攻めるのが最も効果的か。モニタを見て気づく。
前面シールドの揺らぎが小さい。そういうことか。
セフィは我々の準備期間の短さから実弾兵器の搭載が不十分だと悟ったようだ。
そうなると全エネルギーをシールドに回すことで損傷を軽減させることができる。
しかもあの状況からみると前面シールドに全エネルギーを投入しているように見える。
このまま、回り込んでセフィ艦隊の横腹に突撃を加えるのが一番効率的だろう。
く・・・ゲートウェイの起動を短縮させたのも失敗だった。セフィにノアを傷つける気がないなら
補給をしっかり行うか、あるいはゲートウェイの待機時間を短縮させるべきではなかった。
あまりにも早く到着したことがセフィにこちらの補給状態を悟らせてしまったのだろう。
しかし過ぎたことに後悔しても仕方ない。今は一刻も早く確実にエリスを救い出すべきだ。
「全艦!」
その時、レイナの脳裏に”エリス戦死”のイメージが浮かんだ。
レイナの言葉が止まる。
一方、その頃、セフィ側の艦橋では、こちらも状況を確認しながら考えこんでいた。
そろそろ撃破できそうだ。
セフィは急遽、ヴァルドから派遣されている参謀を呼んだ。
「複数の攻撃艦で発展型レールガンをエリスの旗艦パフダーニャスに狙いを定めろ。
敵からも狙っているのが見えるようにな。
だが、撃つな。」
参謀は混乱して不思議そうな顔をしている。
「どういう意図があるのでしょうか?」
セフィが冷静に返す。
「もちろん牽制だ。真の獲物を撃ち落とすためにな。
私を信じてその命令に従っていればいいんだ。」
「は!」
そのまま、セフィが何か気恥ずかしそうな顔のまま参謀に続ける。
「申し訳ないが、少し指揮を代わってくれないか?
私は野暮用があるんだ。ここまで来たら勝利は確実だ。
その礼と言っては何だが、貴殿にエリス撃破の勲功を譲る。」
「よっよろしいのですか?提督はどちらに?」
「イリア人にはイリア人の都合があるのよ。
異文化に対してあまり深入りはしてほしくないわ。」
「は!失礼いたしました。
では提督の命令コードを小官が必ず果たしてみせます!」
セフィはにっこりと微笑むと艦橋を後にした。
レイナ陣営に場を戻す。
レイナはここでエリスを見殺しにする策を考え始めてしまった。
本来ならば、すぐにセフィ艦隊の横腹を付けば一気に形勢が逆転できただろう。
だが、その指示を出せなかった。
「全艦、ノア殿をお守りしつつ、セフィ艦隊に向けて一斉斉射!
援護射撃だ!全エネルギーを注ぎ込め!
エリスを死なせてはならん!」
レイナは横腹を付く戦術を自ら封印した。
そしてセフィ艦隊のシールドに無駄と分かりつつも全力で援護射撃を行った。
その時エリスの前方を守っていた弩級戦艦が立て続けに撃ち抜かれて爆散する。
遂にエリスの座乗するパフダーニャスが敵の目に晒された。
そしてセフィ艦隊の5隻の攻撃艦が一斉に発展型レールガンをパフダーニャスに向けて狙いを定めた。
レイナのイメージが頭の中で完成した。
これを受ければパフダーニャスといえども耐えられない。
エリスはここで戦死する。
そして私はノアだけでも命がけでお守りする。
これはエリスが冷静さを失った結果の事故死だ。
ノアさえ助けられたら私は面目を保てる。
これで・・・・火種は自滅する。シズク様、私の判断は正しいでしょうか?
その時、レイナ艦隊の間をすり抜けてエリスの元に向かう巡洋戦艦があった。
レイナは一瞬混乱する。
家族の情を知らない彼女にとって、ノアがエリスのために無我夢中で突撃する”家族の絆”というものを全く理解できなかった。
そのため初動に遅れが生じた。
「ノア・・・殿?
まっ待て!全艦全速前進、ノア殿を守れ!」
遅かった。ノアが乗る巡洋戦艦は全速力で、今度はエリスのパフダーニャスの前に割り込んだ。
セフィの指示はノアとエリスが重なった時にレールガンを撃ち抜くことだった。
参謀はそれに従い、レールガンを発射させる。
「ノアー!!」
エリスが叫んで再び前に出ようと前進するが、間に合わなかった。
レールガンから放出された実弾はノアの乗る巡洋戦艦を幾弾も貫いた。
「待って・・・待って!!ノア!!早く逃げて!!」
エリスの悲痛な叫びが艦橋に響いた。
ノアが艦橋からエリスに向けて敬礼を送る。
その瞬間巡洋戦艦は爆発して塵と消えた。
エリス、そしてレイナすらも呆然とその光景に立ち尽くした。
「しまった・・・・。」
レイナが状況をようやく把握して悲痛な声で呟いた。
自分の迷いが最悪な状況を招いたと直感した。
エリスの瞳は完全に光を失った。
倒れそうになるのを何とか耐えて叫んだ。
「撃てー!!グレイ・ニャークを撃ち砕け―!!!」
その指示のもと第5艦隊の全艦がグレイ・ニャークに向けて一斉斉射した。
それはまるでエリスの魂を乗せたかのような一撃であり、シールドを貫き
グレイ・ニャークの艦橋を蒸発させた。
セフィから後を託された参謀はエリスを討ち取る栄誉を夢見つつ、
目前に迫る光を見たまま溶けて消えた。
レイナは頭が真っ白になりかけながらも、第4艦隊を突撃させて私設艦隊の横腹を襲わせた。
遂に決着がついた。私設艦隊は第4艦隊によって全滅し、その後、ヴァルドが自決していたことが判明した。
なお、撃滅される私設艦隊から一隻の高速艦が離脱して行った。
そこにはセフィ・エル=ナヴィアが乗っていた。
「エリスとレイナがいる状況でノアを目の前で殺す。
そしてエリスとレイナは生かして帰す。
ふふふふ、本当に難しい任務だったよ。
私はお前に言われた通りのことは、完璧にやり切った。
今度はお前が私の帰国に協力する番だ、ラートリー」
セフィは満足気にそう呟いた。
そして人知れずFTL航路に突入して消えた。
これは後にグレイモアの乱と伝わる事件だった。
第5艦隊は大きく損耗し、ノアも救うことが出来なかった。
鎮圧には成功したが、実質的には大失敗の遠征となった。
「並び咲く花は、互いを映し
美を競い、共演の夢を描いた
曇り空は、静かにその夢を覆い
風が一つの命をさらっていく
その風は人知れず ただ、花々の間に揺らぎを残す
咲き続ける者は
その揺らぎに、何かを感じ始める
まだ散らぬ
だが、曇りは兆しを孕み
帝国の春は、静かに変わり始める」
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
今回、ついにノア君が死んじゃいました…。
作者子ちゃんも、もう胸が張り裂けそうです…。
今回のポイントは、「セフィの真の狙い」と「レイナとエリス、それぞれの決断」、そして**「ラートリーの恐ろしい真意」**です!
まず、エリスさん!
ノア君を助ける一心で、無謀な突撃をしましたね!
そのおかげでノア君は一時的に孤立を脱しました。
でも、その無謀な戦法が、セフィさんの罠にハマってしまいます…。
次に、レイナさん!
彼女は、冷静に**「セフィ艦隊の横腹を突く」という、勝利への確実な道筋を見つけました。
でも、その時、彼女の頭の中に「もし、エリスが戦死したら…」という、恐ろしい考えが浮かんでしまいました。
それは、シズクさんへの忠誠心から生まれた、「シズクさんの弱点となる火種を消す」**という、もう一つの選択肢…。
この一瞬の迷いが、最悪の事態を引き起こしました。
レイナさんが躊躇している間に、ノア君がエリスさんの前に飛び出し、レールガンを浴びて、爆散してしまいました…。
「家族の絆」。
家族のいないレイナさんには、ノア君の行動は理解できませんでした。
もし、彼女がすぐに指示を出していれば、ノア君は死ななかったかもしれません…。
彼女の心の中に、深い後悔が残ってしまいました。
そして、この事件の真犯人、セフィさん!
彼女は、ノア君を殺すこと、ヴァルド公爵の艦隊を打ち破ること、そしてレイナとエリスを助けること…。
すべてを完璧にやり遂げました!
そして、最後に不敵な笑みを浮かべて、こう言ったんです。
「今度はお前が私の帰国に協力する番だ、ラートリー」
な、な、な、なんと!
セフィさんは、ラートリーさんに雇われていたんです!
しかも、**「レイナとエリスがいる状況で、ノアを目の前で殺し、レイナとエリスは生かして帰す」**という、とんでもない命令を受けていたんです!
これはもう、ラートリーさんの真意、とんでもなく恐ろしいものでした…。
「離れに火をつけ、母屋を燃やす」…なんて、そんな生ぬるいものではありませんでした。
今回の事件は、ラートリーさんにとって、火種になりうるエリスさんを徹底的に追い詰めるという策略だったんです。
レイナさんがまさかエリスさんを排除するために躊躇するとまでは読めてなかったんだと思います。
もしレイナさんが横腹を突いていたらこの"エリスさんを虐める作戦"は失敗したかもしれません。
でも、レイナさんが優秀すぎたせいで、一瞬でも邪な考えに走って、図らずもラートリーさんにとっては最良の結果になりました。
皮肉ですね。
エリスさんは打ちのめされ、レイナさんも後ろめたさを持っています。
この状況、ラートリーさんからしてみたら強敵だったレイナさんの弱みも握ってしまったことになります。
物語の最後の詩、**「曇り空は、静かにその夢を覆い」**という部分、なんだか不穏ですね…。
帝国の春は、静かに終わりを告げ、冬の時代が始まるのかもしれません…。
三章、四章は人の心に焦点があってるので難しいですね。
作者子ちゃんは頑張って解説しますね!
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あとがき
第3章クライマックスのため、2話分に拡張してお送りしています。そして3章が長くなりすぎなのでここで終幕することにしました。
次話より第四章開始です。
今回は物語の感情軸と戦略軸が激突し、ついに“破壊の果実”が実を結んだエピソードです。
忠義・友情・家族・戦術・裏切り──すべてが絡み合い、誰もが正しく、誰もが間違っていたという痛みを味わったのではないでしょうか?
この物語は、もう誰も無傷ではいられない
そして、それでも誰かが前に進まなければならない
そう思っていただけたなら作者としてもしめしめと言ったところです。
この花々の向かう先は、次章「赤青の徒花」、お楽しみに。
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