第三十五話 烈花の誓い
新トウガ派大将 第5艦隊提督 桃髪のエリス・ロゼヴェール侯爵。
エリスはトウガの叔母の5番目の末っ子で、トウガとは親子ほど年の離れた従妹である。
クリムゾン公爵家は国内有数の大貴族であり、トウガは女帝ココの従姉妹を妻に娶っている。
そして、ロゼヴェール伯爵家はクリムゾン公爵家の分家筋にあたり、従属していた。
その忠誠の証として、そして人質として、エリスはクリムゾン家に預けられ、育てられた。
出会いはエリス8歳、トウガ26歳の時である。
トウガは自分に兄弟がいなかったため、自身は子沢山な家庭に憧れた。
三人の子供に恵まれたが、皆、男子であり、娘というものに少しだけ憧れていた。
そのため、エリスを直接養育し、人質ではなく、実の娘のように接した。
トウガの妻セリア・ニャーリは皇室の身でありながら、トウガの気風に染まっており、
公平・公正な人物だった。彼女もエリスをトウガと同様、娘のように優しく愛した。
エリスは8歳でクリムゾン家に来て、9歳で実家から捨てられた。
クリムゾン家では大切に扱われていたエリス自身は人質だとは思っていなかった。
1年が経ち、一時の帰郷を許されたエリスは実家に戻って居場所がなくなっていることに気づいた。
彼女の部屋、彼女の持ち物、そして、家族の彼女に対する興味、一切合切失っていた。
父はなぜ戻ってきたか、第一声で怒鳴りつけた。不手際をして追い出されたと考えていた。
兄弟たちは次は自分が人質にされるかもしれないという恐れから、エリスに対して
憎悪の目で睨みつけた。
母はそれを庇ってはくれなかった。
全てにおいて落胆し、エリスはクリムゾン家に戻った。
そして自室で泣き崩れているところに、セリアが心配して入室した。
エリスは何も語らなかったが、セリアはただ優しく抱きしめてくれた。
ようやく涙が止まった時、セリアは優しく問いかけた。
「エリス、何があったの?」
セリアの声に、エリスはゆっくり顔を上げた。
瞳は赤く腫れ、唇は震えていた。
言葉を探すように何度も喉が鳴ったあと、
ようやく、かすれた声が零れた。
「・・帰ったら、私の部屋がなかったの。
服も、絵本も。全部、捨てられてた・・。」
セリアは黙って、エリスの手を包み込む。
「父上は、どうして戻ったって怒って・・
兄上たちは、私を睨んで・・
母上は・・何も言わなかった・・」
言葉の端々が涙に濡れ、途切れながらも、エリスは必死に語った。
「私、もう・・あの家には、いないの。
誰も、私を待ってなかった・・
私、ほんとうに・・捨てられたんだね・・」
その瞬間、セリアは何も言わず、ただもう一度、エリスを抱きしめた。
今度は、少しだけ強く。
「ねぇ、エリス。あなたは私達の娘になってくれないかしら?
私のことを義母上と呼んで。
そして、トウガのことは義父上と呼んであげて。」
「いいの・・?私は・・。」
「さぁ・・。早く。」
「義母上・・。」
セリアはにっこり笑ってエリスを抱きしめた。
エリスは家族になった。エリスはトウガを、セリアを、そしてトウガの家族を
心の中心に据えた。自らの拠り所とした。
トウガの息子たちは6歳、5歳、3歳と若く、彼らもエリスを家族とみてくれた。
エリスはロゼヴェール伯爵家では末っ子であり、見捨てられた存在だったが
ここでは、3人の再従兄弟にとって、姉のような存在であった。
トウガは娘というものの先入観として、妻のような可愛くお淑やかな女性に育てようとした。
だが、腕白な3人の息子たちに囲まれた姉であるエリスがお転婆に育たないわけがなかった。
遂にトウガは諦めてエリスを自由にふるまわせていた。
それでもトウガの家族はとても賑やかで楽しかった。
カイ・クリムゾン
快活でリーダー気質。父に似て直情的だが、兄としての責任感が強い。
ただ、悲しい時、エリスにだけは隠れて甘えていた。
リオ・クリムゾン
勇猛・果敢。父に似て最も腕白な子だった。
エリスと良く決闘を行ってはカイにたしなめられていた。
エリスの事が大好きだった。
ノア・クリムゾン
天真爛漫で感受性豊か。幼く甘え上手で、
エリスも一番可愛がっていた。
エリスはこの三人を実の弟のように愛し、こんな環境を用意してくれた
トウガ夫妻を実の父母のように敬愛した。
そして、いつしかそれは、トウガやトウガの家族に対しての狂おしいほどの忠誠に育っていく。
ある日、エリスはトウガに連れられて皇宮を歩いていた。
そこにシズクが現れた。
「おう、シズク。」
「ん?トウガか。お前、娘がいたのか?」
「いや、まぁ、なんだ。色々あるんだが、俺の自慢の娘だ。」
シズクは静かにいつもの癖でエリスの内面まで見透かそうとした。
エリスはかつてトウガから淑女教育を受けていた頃、毎回のように冗談を言われていた。
「お淑やかになりなさい。さもなくばシズクのような鬼女になるぞ。」
「鬼なんていないもーん!」
そう笑ってお転婆に走り回っていたエリスだったが、その時の言葉が、今この場で脳裏に突き刺さった。
シズクの瞳はまるで深海まで続く海のように深く、その底は地獄の闇のように暗く濁っていた。
エリスは動けなくなった。体中から冷や汗が流れ出た。
”シズクのような鬼女”、冗談だと思っていた鬼が実在することを知った。
シズクが目を離してトウガに向き合った。完全に興味を失ったときの態度だ。
「トウガ、次の議題だが・・・・。」
話が終わってまたトウガは歩き出した。急にエリスはトウガの手を強く握った。
震えていた。
「ん? ・・・どうした?」
「義父上、あの者は必ず義父上に害をなします。」
「ははは。そうか、鬼女は怖かったか?
大丈夫だ。俺は鬼如きには負けん。」
「でも・・・・。(義父上・・あれは本当に人ではありません。)」
トウガの周りに鬼がいることを知った。
彼女はこれ以降、必ずトウガにもらった護身用の短刀を持ち歩くようになった。
それは彼女が武人を志した証だった。
そしてその刃こそが、彼女の烈火のような誓いの象徴となった。
トウガの3人の息子は、その血を色濃く受け継ぎ、彼らは成長するにつれ、
軍才を示し始めた。
トウガの背中を見て育った彼らは努力を惜しまず、それぞれの才能を開花していった。
だが、それ以上に美しく、そして強く開いた花があった。
エリスだった。
彼女はトウガを守るため、トウガの家族を守るため、
まるで何かに取りつかれたかのように努力した。
彼女の外見はとても美しく成長した。
まるで、か弱くも、凛と咲き誇る花のようだった。
トウガとの接点を求める下心もあったかもしれないが、彼女を狙う男が溢れた。
だが・・・、誰一人、彼女の隣に並び立つことはできなかった。
彼女は誰よりも勇猛で、誰よりも強く育った。
それは、トウガの息子たち以上に、トウガらしかった。
カイ達はそんな姉を尊敬し、切磋琢磨することで、お互いが才を伸ばしあうことが出来た。
とても良い環境が生まれた。
その頃にトウガには、カイとは13歳年が離れた4番目の子供、これも男子だった、レオンが生まれており、ますますクリムゾン家は活気が増していた。
そんな中、エリスはニャニャーン士官学校に入学する。
その中でもトウガを守る一心で努力した彼女は武人として、提督としてさらに美しく強く開花した。
トウガの支援もあって、彼女は卒業後、すぐに下部主力艦隊の第14艦隊の提督に任命された。
彼女はその容姿から、か弱き令嬢とみなされることが多い。
そして今回の任命も親の七光りとみなす周りの羨望が強かった。
だが、彼女は自身の力でそれを打ち破った。
かつてのトウガがそうであったようにその勇敢で苛烈な攻めの用兵は、
数多の敵を打ち破り、武勲を重ね続けた。
そして遂には22歳で、実家を超える侯爵位を受勲し、宇宙軍中将にして、第7艦隊提督の地位まで昇りつめた。
彼女もまた次世代を担う傑物に育った。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
今回は、もう一人の新キャラ、エリスさんのお話でしたね!
ピンクのローツインテールで、**「狙いすぎ!」**って言っちゃったんですけど…、ごめんなさい!
彼女の過去を知ると、そんな軽はずみなこと言えませんでした…。
まず、エリスさんは、8歳で実家から**「人質」としてトウガさんの家にやってきました。
でも、1年後、彼女は実家から「本当に捨てられて」**しまったんです。
自分の部屋も、服も、家族の愛情も、何もかもなくなっていて…想像するだけで、胸が苦しくなりますよね…。
そんな傷ついたエリスさんを救ったのが、トウガさんと奥さんのセリアさんでした。
「私達の娘になってくれないかしら?」
この一言で、エリスさんの居場所が、人生が、変わりました。
トウガさん一家の優しさが、どれだけ彼女の心を温めたか、考えると涙が出ちゃいます…。
でも、この優しさが、彼女の心を**「狂おしいほどの忠誠」へと変えていきました。
トウガさんと家族を守るためなら、自分の命なんてどうでもいい、と。
そして、あの「鬼女」**ことシズクさんとの出会い!
シズクさんの瞳に、エリスさんは本物の「鬼」を見てしまい、「トウガさんはこの鬼に害されるかもしれない!」と、強烈に感じたんです。
この恐怖と、トウガさんへの忠誠心が、エリスさんを突き動かしました。
彼女は、**「誰よりも強く」**なるために、狂ったように努力しました。
その結果、トウガさんの息子たちよりも、誰よりも、トウガさんらしい武人へと成長したんです。
エリスさんにとって、**トウガさんは「全て」なんです。
彼女は、トウガさんがいるから強くなれたし、トウガさんのために生きている。
彼女の強さは、「愛」**からくるものなんですね。
この二人の新キャラ、レイナさんとエリスさん。
一方は**「忠誠の結晶」、もう一方は「愛の狂気」。
どちらも、心を壊して、「忠誠」**という名の刃を手にしました。
ただの美少女じゃなかったですね、すみません、乙女ゲームだなんて言っちゃって。
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あとがき
今度はもう一輪の花、エリスの深堀です。
彼女はトウガの従妹にして義理の娘にあたります。
容姿の可憐さとは裏波にトウガの生き写しのような
熱血女傑に育ちました。
遂に主役二人が追加されて、ラートリーの策が動き始めます。
この二輪の花がどうなるか、この先を読めましたでしょうか?
ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。
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~~オマケ
第35話のタイトルは烈火の誤記じゃなくて
烈火のような花の誓い・・略して烈花の誓い。
彼女が花のように美しく育ちながらもトウガの分身のような
烈火の如き強さをもつため、二つ名として「紅蓮の烈花」エリスと呼ばれるようになったんです。
その2
セリア・ニャーリ
トウガとはおしどり夫婦ではあるんですが、どうもトウガの方がベタ惚れで、尻に敷かれてる系らしいです。




