第三十三話 ラートリーの深謀
新たな顧問が二名加わり、ウララ親政の土台が一層強化された。
シズクは、これがラートリーの長い目でみた計略であり、調略対象であると考えた。
まるで遅効性の毒のように、二人を徐々に侵食し、やがて洗脳したうえで、
背後からシズクとトウガを刺し貫く刃として用意された──そう認識した。
そのため、シズクはその計略に対抗しうる知略を持ち、そして忠義においても
最も信頼する者を推薦した。
トウガがどういう基準で選んだか、そこまで世話を焼く気はなかった。
もしそれで命を落とすならば、それまでの器だったということだ。
この考えはレイナにも共有し、最大限の警戒を怠らぬように指示した。
レイナもシズクから指示を受ける前よりその狙いに気づいており、レイナ自身も
対策を考え始めていた。
「任せるぞ、一切の油断はするな。ラートリーは食えぬ男だからな。」
そう伝えるシズクは今回の件で大きな違和感も同時に感じていた。
もし狙いがこの通りであれば、ラートリーにしては少々ひねりがないと感じた。
トウガには無理だったとしても、この私をこの程度の計略に気づかぬと
思っていないはずだ。
いや、待てよ・・。しまった!そういうことか。
シズクはラートリーの真意にようやく気付いた。
おそらくこの考えこそラートリーの狙いだろう。
ラートリー・・。既に私とトウガは毒を飲まされたということか!
「レイナ!一つ指示を出しておく。お前を顧問に任命したが、お前は私の配下であることを忘れるな。
必ず相談してから動け、いいな。
ラートリーを決して侮るな。
それと、これが最重要任務だ。お前はエリスと接触し、守れ。
“友”とやらになってやれ。」
「は! ・・・友でありますか?」
「そうだ。どんなことでも語り合える仲になれ。お前だったらできるだろう?」
「はっはい、承知しました。親友になれと・・?」
「そうだ。私は”友”や“親友”という概念がわからん。そこは、お前に任せる。
ラートリーの真意は私の中で確信が持てたらお前にも共有する。
まずはお前はエリスを調略しろ。」
「承知しました。最大限の警戒のもと、シズク様への忠誠を誓います。
ご安心ください。
エリスは私にお任せください。」
「うむ、毒は早めに中和せねばならん。
一つだけ教えておく。
ラートリーの次の狙いは、トウガとエリスだ。
レイナ、これを防ぐ方法は、お前にかかっている。頼んだぞ。」
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その夜、シズクは娘、ミオリの部屋に突然現れた。
・・・
・・
・
「おぎゃあ、おぎゃあ」
疲れ切ってぐったりとしたシズクが天井を見つめながら、弱々しく問いかけた。
「問題はないか?
(ふぅ・・貴族の義務とはいえ、ここまでとはな。
次は男に生まれたいものだな。)」
「はい、とても元気で可愛らしい姫君にございます。」
「そうか、見せよ。」
皺だらけの顔で泣く初めての我が子に手を伸ばした。
「醜いな。」
そう言いながら頰を撫で、手に指を伸ばすと娘が握りしめてきた。
(・・これが腹を痛めて産んだ子か。
女に生まれて良かったのかもしれんな)
もし男に生まれていたなら、シズクはこの子を遠目に一瞥し、利用価値を測るだけだっただろう。
物のように。
そうシズクは感じて苦笑した。
「この子はミオリと名づける。乳母はミャリノア伯爵夫人だ。あの者は信頼できる。私は少し休む。」
・
・・
・・・
記憶が蘇る。そしてシズクは無言でミオリの元に向かった。
乳母が驚く中、ミオリを抱き上げると無表情で語りかける。
「お前にはあらゆる教育をつけてやる。
この国には危険が多すぎる。
だが、お前は決して私のようにはなるな。
野心を持たず、ただ国へ尽くせ。
それが普通にできる国を私が作ってやろう。
そしてそれまでお前を必ず守ってやる。
ミオリ、お前はお前の道を歩め。」
一方、ラートリーは珍しく自邸のバルコニーで星を見ながら酒杯を傾けていた。
そこへ彼の嫡子セリオン・ヴァーダント伯爵が現れた。
「父上。」
「ん?セリオンか。どうした?」
「親政会議で新たな最高顧問が2名決まったと。
それも父上の提案で、シズク殿とトウガ殿の息がかかったものを選定されたと。」
「耳がはやいな。それはまだ陛下と顧問以外には示していない情報だぞ。」
「何かの策ですか?」
「お前はどう考える?」
「そうですね。父上のお考えになりそうなところだと・・・。
調略ですか?やはり敵を討つにはその敵の身内にやらせるのが一番簡単ですから。」
「お前も見抜いたか。」
「“お前も”と仰るということは、他にも気づいた者が?」
「あぁ、シズクはおそらく気づいたな。
あいつの考え事をする時の癖だが、ほんの一瞬だが相手を見回す。舐めるようにな。」
「・・・・。」
ふと自分が顎を触っているのに気づいたラートリーが弁明する。
「顎を触るのは、考えていると見せかけるための擬態だ。」
見苦しく言い訳する。
「左様でございますか・・。ですが、この策、見抜かれた以上、次の一手を考えますか?」
「いや、お前もそう見抜いたのであればこれで安心できた。」
「どういう意味でしょうか?」
「お前たちが見抜いたのは、私の表の策略にすぎん。真意は、裏にある。」
「・・・裏ですか?」
「そうだ。ヒントをやろう。
お前はシズクに勝てるか?」
「いえ、勝てる気がしません。」
「ふふ・・やはりお前は良い。
敵の力量を正確に推し量るのは将として最低限必要な要素だ。
そしてお前はそれができているようだな。
その通り、お前では絶対に勝てん。
私でも五分といったところだ。そこまで言えばわかったか?」
「はい。ようやくわかりました。
父上はあの新たな二人を調略も懐柔もする気が初めからない。
また同様の理由で私を顧問に推薦しなかった。
違いますか?」
「はははは。良い良い。お前は私の血をきちんと継いでくれたようだな。
私は安心していつでも死ねる。」
「父上、少々お酒が過ぎているのでは?」
「いや、今日は愉快だ。
いちいち説明をしないといけない奴は面倒でしかない。
セリオン、お前が見抜いた裏の真意は、誰にも悟らせるな。
お前にはいずれもっと重要な役目を与える。
それまで研鑽を怠るな。」
「はっ、承知しました。」
二人の不穏な会話は神聖帝国の未来に影を落とした。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
なんか、難しい話が続きますね。
私も読んでて、頭の中が「???」でいっぱいでした!
前話で、作者子ちゃんが**「裏でそそのかして裏切らせて後ろからブスゥぅぅぅぅっと刺すとか考えてるんだろうって。」**って言いましたよね。
でも、さすがはシズクさん!そんな、普通の策士が考えるようなことをラートリーさんがするはずがない、って深読みしたんです。
さらに、ラートリーさんの真意に気づいちゃいました!
でも、さすがのシズクさんもまだ混乱しているみたいです。
頭の中を整理中なのかな?
ですが、油断できない状況なので、すぐにレイナさんに指示を出します。
その指示が、まさかの**「友達になれ!」**
はぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!?
よくわかりませんね!
でも、きっとシズクさんのことだから、深い裏があるはずです。
信じて見守ってみましょう!
で、シズクさん、お母さんになりましたが、やっぱり心境に変化がありそうです。
「この子を、野心を持たずに、ただ国に尽くせるような子に育てたい!」って思ってるんです。
やっぱり、自分の赤ちゃんは可愛いですよね!
これが、この物語にどう影響するのか…!なんだか作者子ちゃんが、とっても大事なことを言った気がします!
一方のラートリーさんにも、息子さんが登場です。
こっちはシズクさんとは正反対ですね。
「私でも五分といったところだ。そこまで言えばわかったか?」
って、自分の息子に問いかけるラートリーさん。
それに対して、息子さんもバッチリ答えちゃうんですから、もう!
まさに、鏡に映ったラートリーさん!
この人も天才っぽいのが、にじみ出てますね。
今、この訳が分からない状況(表の策?裏の策?なんじゃい!?)を、正確に理解しているのは、ラートリーさん、息子さんのセリオンさん、そしてシズクさんだけみたいです。
これは、もう大波乱の予感です!
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あとがき
誰もが警戒する“罠”を囮にして、真の目的を隠すという二重構造を仕掛けています。
だが、ラートリーがシズクと対峙して五分というように、シズクも一筋縄ではいきません。
彼女は何か気づいたようですがもう術中にはまっているようです。
天才同士が言葉に出さない計略戦。今後どうなると思いますか?
そしてシズクの不器用な母性が表に出てきました。
彼女は野心の反省から娘には同じ道を歩ませたくはないようです。
一方、ラートリーは完全な知の継承。
あなたはこの先を読むことができましたでしょうか?
##裏話
シズクの娘、ミオリは澪理から取っています。
母であるシズクは自らの名前にちなんで”雫”が落ちた後の”澪”=水の道。
その道の先が”理”=理性と秩序につながっていると。
すなわち、シズクが作る国を導く理の柱となることを願っていました。
完全に母性出まくりなシズクでした。
この世界に漢字はないので作者側の自己満です、はい。
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