第二十三話 戦後処理
ニュクスの乱は皇室を揺るがした大事件だった。
それと同時に皇室にとっての大きな汚点でもあった。
先帝女帝ココは今でも絶大な人気を誇る伝説的な女帝である。
その忘れ形見である姉弟同士の権力闘争から発展した誅殺である。
この事件は記録としては残すが、影響を鑑みて民衆への通知は一切伏せられた。
戦場に出ていたシノを除き、評議会メンバーには事件の詳細が即時通達された。
シズク、トウガ、ラートリーは情報収集と戦後処理に追われた。
トウガはジジの喪失を嘆きつつもウララの無事で安堵した。
ラートリーは不気味な沈黙を守っている。
シズクは早くからこれを予見して対策を行っていたため、そこまでは慌ててはいなかった。
彼女にとって驚きだったのはジジの戦死の報だ。
それによっては対策の方向性が変わるために、何度も聞き返し、
執拗に裏取りを行わせたほどだった。
それほどまでに、信じがたい報せだった。
そして彼女は自らの予想が外れていたことを悟る。
これはジジによって綿密に練られたニュクス暗殺ではなく
ウララの愚行によって引き起こされたニュクスの暴発であることが徐々にわかってきたためだ。
シズクは本事件の黒幕をジジと定めていたため、ジジの次なる一手に向けて備えていた。
ニュクスを葬り、さらにシノを含む皇弟派の粛清をも企図していると見ていたからだ。
そのために、無実を証明するための法的根拠の確認、間違いなく行われる調査に関して、調査団への事前工作など、法的・人事的両面から対策を講じていた。
また、現地の情報にはもちろん都合の悪いものが存在したが、ジジの近衛師団の中のシズク子飼いの間者によって、シノの分も含め、完全に抹消された。
あの状況でシズクやシノによる情報操作は困難を極めるため、もともと存在しなかったものと判断された。
(近衛師団の中にシズクの息のかかるものがいるとは考えが及ばなかった。
そして間者にとっても情報の精査を行う余裕はないため、シノの汚点も全て抹消した。
結果、シズクはシノも救ったことになる。)
また、ラートリーによって戦後処理対策の妨害を防ぐために、本件の黒幕はラートリーであると言う捏造情報も多数ばらまいていた。
ラートリーの沈黙は、火消しに奔走していたことにも起因していた。
皮肉にも彼は実際に本件に「救国の三策」という形で絡んでおり、捏造情報から大火になる恐れもあったため、本気で火消しを行う必要性に駆られた。
だが蓋を開けてみたら、この事件の裏はそこまで練り込まれたものではないと知った。
結果として、シズクが過度に講じた戦後処理工作の影響もあり、この事件は四大将の関与がなく、
ニュクス自身の暴発という形であっけなく終幕となった。
ニュクスは元々そこまで民衆に知られてはいなかったため、記憶と歴史から消し去るのはそれほど難しくはなかった。
英雄ジジの死は隠すことができず、巡幸中、女帝ウララを狙った襲撃でウララを命がけで守り名誉の戦死を遂げたとされ、オブジディアン家は侯爵から公爵位へ家格が引き上げられた。
だが、いち早く民衆の記憶からこの事件を風化させるために、今回ジジの若さと貢献不足を理由にして、国葬は行われなかった。
遅れて到着したシノは、大した対策が思い付かず、戦々恐々としながらも、やむを得ず帰港した。
思ったほど大事にはなっていないことに驚きつつ、神に感謝した。
そして彼女はトウガが横で控え、失意に沈むウララに対して自らの力不足によりニュクスの暴挙を止めることが出来なかったことに対して、真摯に謝罪を行った。
自らがニュクスをたぶらかし、けしかけたわけではないこと。
そして、今後、この罪滅ぼしのためにもウララに絶対の忠誠を誓い、亡きジジの分まで命ある限り支え続けること。
この2点に偽りないことを、ニャーン教の祈りの儀礼と共に神に誓った。
精神主義国家であるニャニャーン神聖帝国ではニャーン教は広く信仰されている。
そしてこの儀礼を行った後、その誓いを破った場合、ニャーン教では死後、神が待つ天上の宮殿に召されることなく、地獄にて終わりなき苦行を強いられると信じられている。
非常に重い儀礼である。
元々信心深いシノが、涙ながらに儀礼を行う姿を見てさすがのトウガも今までのことを水に流すことにした。
慣れぬ政争に片足を踏み入れた途端、思いもよらぬ憂き目に遭った。
実際、シノは政争と言うものに心から懲りたのは間違いない。
結果として、シズクとシノも女帝ウララの支持に鞍替えすることとなり──皮肉にも、ウララの独断が引き起こしたこの反乱は、彼女の地位を盤石なものにした。
ある程度落ち着いた後、シノはシズクの私室を訪れた。
「シズク様、この度はお助けいただきありがとうございました。
この御恩は一生忘れません。」
シズクは立ち上がってシノの傍に寄る。
「シノ、災難だったわね。これは大きな貸しにしておくわ」
「はい、もちろんです。命に代えても、必ずお返しいたします。
ですが・・」
いつものようにシズクは静かにシノを観察した後、冷静に答えた。
「私とは距離をおきたい・・と?」
「はい、大変申し訳ありませんが、私はもはや政治において、シズク様のお役に立てそうもありません。
私は政治家ではなく、軍人として帝国の頂点を目指します。
そうすることでウララ陛下に忠誠を誓います。」
少し考え込んだシズクだったが、
「・・あら、そう。奇遇ね、私もよ。
これからはウララ陛下と神聖帝国のために尽くすつもりよ。
お互い頑張りましょうね。」
笑顔で返す。
「はい、ありがとうございます。
ですが、先ほど申し上げました通り、シズク様へのご恩も絶対に忘れません。
何かありましたら、ご指示ください。
必ずシズク様の元へ駆けつけます。」
「ありがとう、頼りにしているわ」
そこまでいうとシノは退室した。
シズクはしっかりとシノを観察していた。
「シノ、完全に牙を抜かれたわね。」
そう呟くと、シズクはシノへの興味を失った。
誰もが、ようやく訪れた平穏に安堵した。
だが、時代のうねりは──まだ静かに牙を研いでいた。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
遂に事件の後処理です。普通なら事件についてしっかり調査を行い、悪い奴は裁かれます。
ですが、シズクさんが頑張って隠蔽工作をやりすぎたせいで、何もかもが闇に消えてしまいました。
さすが……万能超人。
皆さん、シノさん、「チーン……」って感じで、もう黙祷を捧げてませんでしたか?
なんか上手く切り抜けてしまいました。
これも人生の面白いところですよね。
でも、結果として、雨降って地固まる状態になったんです。
よかったぁ!
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あとがき
時代が大きく動くと思われたニュクスの乱も、シズクの裏工作によって表向きは何事もなく収束しました。
そして、シノの改心、ジジの喪失、ウララの地位向上──この三つの変化だけが、静かに残りました。
構造が再編成された今、神聖帝国はどこに向かうのでしょうか?
ウララの時代が始まるのか、それともまだ誰かが動くのか──皆さまの予想、ぜひ聞かせてください。
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