第二十一話 野心の代償
第二章 忠義と野心の交錯
かつて、奇跡の五大将が支えた神聖帝国は、ウララの即位によって均衡を保ち続けていた。
だが、ニュクスの乱はその均衡を破壊し、帝国の盾たるジジ・オブジディアン侯の死は、忠義の時代の終焉を告げた。
残された四大将──シズク、トウガ、ラートリー、シノ。
彼らはそれぞれの信念と野心を胸に、玉座の未来を見据えている。
ウララは悲しみの中で、女帝としての覚醒を迫られる。
忠義は、果たして玉座を守る盾となるのか。
野心は、果たして帝国を導く剣となるのか。
忠義と野心の意味が再度問われる。
そして、同じく、玉座の真価も問われることとなる。
今、神聖帝国は新たな時代の岐路に立っている。
かつての奇跡は過去となり、未来は誰の手にも渡っていない。
「五つの星は、奇跡を謳い、
その光は帝国の空を満たした。
だが、黒き新星は墜ち、
孤独な月は乱れ、
太陽は沈み、涙を流した。
忠義は剣となり、
野心は火となり、
白き玉座は、血と沈黙に染まった。
それでも帝国は、
四つの星に委ねられ、
残光の中で、均衡を探し続けた。
女帝は沈黙し、
英雄たちはそれぞれの忠義を選び、
かつての野心は、影となって揺らいだ。
その問いが、空に刻まれる季節が来た。」
ニュクスの乱は、ジジという大きな犠牲を払った末に、あまりにもあっけなく終焉を迎えた。
この銀河にはニャニャーン神聖帝国と並ぶ列強の一つに、ジソリアン同盟列藩国が存在する。
ジソリアンは虫型人類であり、名誉を重んじる戦士集団で、軍事委員制による部族連合国家を形成している。
好戦的な軍国主義国家である列藩国は隣接するニャニャーン神聖帝国と事あるごとに国境星系での衝突が絶えなかった。
今回もその侵攻を受けて、シノの第5艦隊が防衛に赴いていた。
第5艦隊は、不毛な無人惑星オルバットミニャの旧海溝に全艦を潜ませ、ジソリアン艦隊の接近を息を潜めて待ち構えていた。
10日間におよぶ潜伏の末、ジソリアン艦隊が付近にようやく現れた。
彼女は巧妙に罠を張り巡らせ、ジソリアン艦隊がこの宙域を通らざるを得ないよう仕向けた。
彼らの目前に囮艦隊を用意してあった。
その囮大艦隊は鶴翼陣形に布陣しており、少し離れた所にいる数隻の司令艦以外は
全て動力をつけただけのデコイ艦だった。
大量のデコイを用意したダミー艦隊だったのだ。
ジソリアン艦隊は囮艦隊につられ魚鱗隊形に変えつつ接近した。
鶴翼隊形の敵艦隊に対して、包囲される前に旗艦を集中攻撃する作戦に見えた。
魚鱗隊形は、前衛艦が損傷しても、まるで鱗のように重なる後陣艦を次々と前方に繰り出し、常に前衛を維持したまま戦闘を継続できる。
つまりは前方からの攻撃に対して特化した隊形と言える。
鶴翼隊形の大艦隊による包囲攻撃を想定し、一定の損害は覚悟しつつも強固な前衛で先にこちらの旗艦、つまりシノを討ち滅ぼし、勝利に繋げる作戦だろう。
シノを警戒した敵の参謀が冷静に判断したものであることが分かる。
だが、この隊形は後方からの攻撃には弱い。
背後から狙われると最後尾の鱗の裏に配置した旗艦や空母と言った重要艦が丸裸の背中を見せた状態になる。
敵艦隊がデコイに向かって襲いかかろうとした瞬間、第5艦隊は惑星オルバットミニャから緊急発進し、背後を突いた。
すぐに敵旗艦、空母を撃沈させ、大混乱に陥って陣形が乱れたところにさらなる強襲をかけた。
そこからの戦いは一方的だった。
ほぼ無傷の状態で敵の主力艦隊を撃滅したシノは勝利の余韻に浸っていた。
「なにっ!?お待ちください、すぐに提督にお繋ぎします!」
焦った通信士がシノに報告する。
「ポニャルーのリース中将の副官からの緊急通信です。」
リース中将はシノの腹心でニュクスの護衛と監視を一任していた。
その報告を聞いた瞬間、シノの勝利の余韻は霧散し、彼女は提督席に崩れ落ちた。
”ニュクス反乱”
ニュクスはウララ陛下の命を直接狙い、失敗の末にジジによって鎮圧されたという報せだった。
また、この戦いでウララ陛下は無傷であったが、ジジは戦死、首謀者のニュクスは現地で処断されたと伝えられ、全てにおいて最悪の結末になっていることを思い知らされた。
リース中将は優秀な男だったが突然の会見決定と、到着初日の反乱であったため、対処が出来なかった。
会見決定した時点で指示を仰ごうとしたが、その時、シノはオルバットミニャに潜んで完全に通信を遮断していたため、連絡する手段がなかった。
結果、ポニャルーでの動きが全て後手後手に回り、反乱を止めることが出来なかった。
リース中将はそれでも事前にニュクスが潜ませた暗殺部隊を発見して、阻止に走ったようだが時すでに遅く反乱が勃発してしまい、その場でリース中将もジジの近衛兵によって命を落とした。
それほど急速に、この反乱は始まり、そして終わった。
シノは皇族に対して「利用」は考えていたが害する意思は全く持っていなかった。
それは平民である我が身をここまで取り立ててくれたのが、先代女帝ココであり
ウララもニュクスも大恩あるココの遺児である以上、
ある意味ウララの血統に対しての忠義を、シズクやラートリーと違って持っていた。
仮にニュクスを擁立しても、ウララの保護と隠居は約束するつもりだった。
もし事前にこの会見を知っていれば
もしリースの報告時点で指示を出せていれば
彼女はニュクスの乱心を必ず阻止したであろう。
だが不運にも、シノはその機を逃した。
思い出したかのようにシノが叫ぶ。
「待って・・・。リースはあの情報を消去できたの!?」
シノはニュクス擁立のための準備を整えており、ポニャルーの
ニュクス陣営にその内容は保存されているだろう。
そしてそれはニュクスとの共犯の証とみなされるに違いない。
「申し訳ありません。リース中将がどこまで対処なされたかは分かりかねます。
反乱勃発後、すぐに第3艦隊の近衛師団にニュクス殿下の宮殿は封鎖されてしまいました。」
シノは天を仰ぎ見た後、項垂れた。その視線は机の端へと向かう。
「・・・・ニャニャーンへ向かって。その間に火消し工作を考える。」
弱弱しく指示をした。
既にシズクは方々に工作を開始し、政治的影響を最小限に抑えるべく動いているようだ。
シノは完全に出遅れた。
急ぎ釈明のために、ニャニャーンに進路を向けた。
シノは思わぬ野心の代償に、視界は暗転した。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
あとがきの後半にもっとすんげぇオマケありますよー!
第二章、始まりましたね!「ニュクスの乱」の直後です。
今回の主役は、シノさん。
彼女は、今回の事件を全く知りませんでした。
まさか、自分の裏側でこんなことになっていたとは、夢にも思わなかったでしょう。
そして、シノさんといえば、艦隊戦では無敵の天才!
今回も、完璧な作戦で敵を打ち破りました。
勝利したはずなのに、いきなりの大転落。
なぜかというと、その完璧な「勝利の手順」が、逆に事件の把握を遅らせる原因になったんです。
そう、すべてが後手後手。
なんとも運が悪いというか、皮肉ですよね……。
この事件が、シノさんにどう影響するのか。
そして、彼女の「野心」は、これからどうなっていくのか。
それが、これからの物語です!
さあ、第二章、楽しみに―!
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あとがき
第一章では、ジジの死とニュクスの乱によって、帝国の均衡が大きく揺らぎました。
そして今、第二章が始まります。
今回は、シノの視点から“野心の代償”が描かれました。
彼女は決して悪意で動いたわけではなく、むしろ皇族への敬意と忠義を持っていた人物です。
それでも、間に合わなかった。たった一つの通信遮断が、すべてを狂わせてしまった。
シノの焦り、後悔、そしてこれからの火消し──彼女の立場は、今後どう変わっていくのか。
第二章では、こうした“揺らぎ”の中で、それぞれの信念が試されていきます。
どうか、見届けてください。
ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。
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■■覇を争う者達■■
蒼氷の剣 シズク・アジュール女公 (34歳)
3代前の皇帝の娘を母にもつ皇族である。自身も継承権8番目に連なる公爵家の当主である。
政治家としてどす黒い世界を幼いころから見ていたため、当主でありながら将官への道を目指した。
だがそれは大正解で彼女の才はまさにそこで振るわれた。第1艦隊の提督で5提督では序列1位とされる。冷静沈着だが、意外と沸点が低い。
観察癖があり、微細な違和感からも相手の心情や、事態のリスクを察知することが出来る。
頭の回転が速く、根っからの策略家であるが、提督としての力量も一流でその統率力は神聖帝国歴代最強ともいわれている。
彼女自身は野心の塊であるが、帝位は狙っておらず、カリスマ的な象徴を据えた上で、その下で全権を握ることを狙っている。
幼少時、愛情を一切得られなかったため、心が壊れているとラートリーに分析された。
彼女の旗艦は華やかな装飾に彩られ青色に輝く弩級戦艦〈メルエルニャ〉
神聖帝国の”蒼氷の剣”の尊称を持ち、敵艦隊から恐れらている。
赤炎の槌 トウガ・クリムゾン公爵 (40歳)
ココの従姉妹を妻として娶っており、皇族の一員である。
公爵家の当主であるが、トウガを含めた過去三代の当主は全員宇宙軍大将を務めて主力艦隊提督に任命されている生え抜きのエリートである。
元々優秀な一族であったが、その中の過去最高の逸材と謳われた猛将である。
第2艦隊の提督で5提督では序列2位とされる。
忠誠心が強く、熱血で、情にも厚いため、人望を集めている。
兄弟がいなかったため、大家族に憧れており、自身は四児の父で全員男児。
親に捨てられた親子ほど年齢が離れた従妹も養女に迎え入れている。
単細胞と思われがちだが、相手の心情や物の真偽を見抜く力を有しており、この政治の世界でも図太く生き抜いている。
あまり人を貶さない善良な人物だが、もちろん政治家でもあるため、合理的な判断もできる。
彼の旗艦は深紅に染め上げられ黄金の波目模様がアクセントの勇壮な弩級戦艦〈トゥルフニャッド〉
神聖帝国の”赤炎の槌”の尊称を持ち、シズクと並んで帝国の2大最終兵器と敵艦隊から畏怖の対象となっている。
緑風の策士 ラートリー・ヴァーダント侯爵。 (41歳)
自身は伯爵家の出だが、天才的な軍略で敵を打ち破り現在は侯爵位を受けている。
かつて爬虫類星人との戦争時に彼が率いる第4艦隊一つで、その捉えどころのない画期的な戦術のもとに3つの艦隊を撃滅した。
皇族ではないため、常に一歩引いた位置で控えめにふるまっている。
常に中立を維持して帝国の安定を目指している。
シズクとは策略家としてのライバル同士でお互いが認めつつも、警戒しあっている。
何を考えているか読めない、あるいは一番危険な男。
彼の旗艦は緑色の単色に塗られて一切の装飾がない弩級戦艦〈ニャンフューメルン〉
緑風の策士の異名を持ち、敵提督は最大限の警戒をする。が、彼の策には抗えない。
暗き星 シノ・アンバー辺境伯 (36歳)
平民出身。そのため相当苦労して今の地位まで昇りつめた。
彼女の戦略・戦術は太古から続く戦術書を全て読破し身につけた。
それにより如何なる状況下でも最適の戦術を繰り出し、無敗を誇った。
かつてニャニャーン神聖帝国と並ぶ大国との衝突時に当時第12艦隊司令だったシノは貧弱な艦隊を率いて敵主力艦隊の名将と謳われたモーグ提督を討ち取り、その功で辺境伯と第5艦隊提督の地位を手に入れた。
彼女は辺境伯として貴族入りしたが、伯爵よりも軍権力が高い辺境拍という立場が気に入っていたようだ。そして貴族に迎え入れてくれたココ女帝に絶対の忠誠を誓った。
彼女の野心は純粋で、上へ上へと昇りつめることを目指した。
自身が昇りつめるために、利用できる者は何でも利用しようするが、根は善良であるため、その野心の先にも悪意はそれほど存在しない。
元はトウガの参謀長。
また、一人の将として接してくれる五大将の面々のことは尊敬している。
もちろんあわよくば追い抜き、さらに昇りつめようとは考えているが。
彼女の旗艦は平民ゆえに目立たないように灰色に塗られた弩級戦艦〈ニャンスワル〉
その旗艦の色から、暗き星の異名を持ち、その地味な色合いからは想像もできないほど光り輝く戦果を上げ続けた。
神聖女帝 ウララ・ニャーリ (17歳)
強烈なカリスマをもって、五大将を束ねることが出来た神帝ココの後継者。
ココの突然の崩御により3歳で帝位を継ぐ。
成長して彼女にもカリスマの片鱗が見え始めたが、物心ついた頃から女帝として周りに愛され、自由に成長したこともあって、考えが甘い所もある。
現在、その甘さから信頼する弟に裏切られ、兄のように慕い、信頼していたジジを失った。
罪の意識に囚われ、立ち直れていない。
※彼らは不老長若種のため、皆が20代くらいの外見を維持している。




