第十四話 ウララ廃位案
残念ながら、ラートリーの憂鬱はすぐに現実となった。
次の評議会の冒頭でシノが大胆な議題を提案する。
「ニュクス殿下を中央にお招きし、ウララ陛下と共に政権に関与いただくのが適切かと存じます。」
いきなり目を見開いてトウガがシノを睨みつける。
「どういう意味だっ!」
雷鳴のような怒号が響いた。
シノの全身が一瞬、雷に打たれたように震えた。
シノはシズクほど豪胆ではいられなかったようだ。
それでも一息入れて気持ちを落ち着けると説明を続けた。
「トウガ様、少々落ち着いてください。
私の提案の意図はニュクス殿下にも中央の政治を学んでいただこうと考えているだけなのです。
なぜなら、ニュクス殿下のご領地における善政は、民すべてが讃えるものであり
殿下の政治的手腕は疑いようがありません。
ウララ陛下の人望は私も強く感じます。ですが、ウララ陛下はお優しすぎます。
神聖帝国のこの難局を乗り切るには――
あるいはウララ陛下ではなくニュクス殿下のほ……」
ガンッ!
トウガが机を激しくたたいた。
シノが肩をすくめて思わず説明を止める。すかさずシズクが牽制する。
「トウガ、何もかも暴力で押さえつけるな。
シノは神聖帝国のことを想い、最善策の可能性の一つを提案しているにすぎない。
話も聞かずに恫喝で揉み消すのは政治家としてどうかと思うぞ。」
「ぬかすなっ!シズク!
シノのそれはウララ陛下に対する叛逆の意志以外ありえん!
もういい!シノ!これ以上言うな!
俺とジジは却下だ!
おい、ラートリー、お前が却下と言えばそれで終わりだ。
こんなくだらぬ議題、議事録にも残したくないわ!」
ラートリーは珍しく困惑の色を浮かべたまま、沈黙を貫いていた。
その間にシズクが割り込んだ。
「私は賛成だ。これで2票ずつだぞ。」
「えぇい、ラートリー!
お前はいつも煮え切らん!ウララ陛下支持の立場をすぐさま表明しろ!
この陳腐な争いを止められるのはお前だけなんだぞ!」
「トウガ殿、短慮はやめていただきたい。私は女帝派にも皇弟派にも興味はない。
ただこの神聖帝国の安定のみに心を向けるだけだ。
悪いが思う所があるゆえ、この議案に関する私の意見は”保留”だ。
過半数には至らなかったこの議案は、帝国法に基づき、継続審議とさせてもらう。」
熟慮の末か、あるいは逃避か──ラートリーは保留、継続審議を選んだ。
「その通りだぞ、トウガ。
ラートリーを巻き込むな。個々の議案を正しく審議すればいいだけだ。
支持を得られないような暴論は心配しなくても却下される。
この議案に関しても冷静に審議を続ければ良き着地点も出てくるだろう。
それともお前は神聖帝国を真っ二つにする気か?
内乱になるぞ?」
「シズク!どの口が言う!
ならばお前達が今すぐ素直にウララ陛下へ忠誠を誓えばよいのだ!」
「トウガ、お前は頭が固い。
私達はただ皇位はニュクス様が相応しいのではないかと提案しているにすぎない。
ニュクス様もココ先帝陛下の皇子だ。
今後、それをしっかりと見極めていき、必要に応じて法改定も検討すべきだと
言っているに過ぎない。
私もお前と同様、神聖帝国を第一に考えている。」
歯をむき出しにして唸るトウガをジジが宥めながら、参戦する。
「私の調べではニュクス殿下のご領地で、善政が敷かれているという話は一切聞いたことがありません。
むしろ家臣に丸投げされた政治により、民の怨嗟の声が絶えないとも聞き及びます。」
ジジによる適確な援護射撃に背中を押されてトウガが大声で反論する。
「その通りだ!神聖帝国を第一に考えるならばウララ陛下をお支えするのが最善だと気づけ!
ニュクス様と違い、ウララ陛下は真に名君であらせられる!」
「トウガ、その一言で思い出したぞ。
お前、酒の席でニュクス様を愚弟呼ばわりしたそうじゃないか!
不敬にもほどがあるぞ。」
「な……何を?! ま・・待て、記憶にない!
それに俺は人を貶すようなことは絶対に言わん!
酒の席でウララ陛下がいかに聡明であるかを語った覚えはあるがな!
この俺を嵌めようとしても無駄だ!
お前のありもしない嘘話を信じる者などこの帝国には誰もいないぞ!!」
「よく言ったものだな!
お前、酒を飲んでは、常にこの私を貶し倒していると聞くぞ!
この痴れ者が!」
「ありえん!いくら腐った性格のお前でも俺は絶対に貶さん!
図々しいくせにみっともない被害妄想をするな!」
「腐った性格で悪かったな、今、お前は自白したことを気付いているか?」
目を剥きながらトウガとシズクが睨み合う。
普段冷静なシズクもトウガが相手だとそうでもないらしい。
いつも通りの荒れ方に向かう。そんな中、二人の罵りあいを意にも介さず
シノが皆の手元のタブレットに1冊の報告書を転送した。
「ジジ様、あまり適当なことを仰らないでください。
シズク様が先ほど仰られたように、あなたも皇室に対する不敬罪に
問われる恐れがありますよ。
まずはこれをご覧になってください。」
シノはニュクス領の善政の状況を示す各種データを用意してきていた。
しっかりと調査されており、一切の矛盾を感じさせぬ、完璧な報告書であった。
おそらく議事録に“善政”という言葉を残すためだけに用意された捏造資料──
この場では、真実をも凌ぐ効力を持つ。
「このデータから示すようにニュクス殿下の可能性をはじめから否定するのはあまりに暴論かと。
ラートリー様が保留なされたのは実に熟慮された結果かと思います。
なにとぞ、今後も継続審議をお願いいたします。」
こうして、ニュクスに関する議題の口火が切られた。
すました顔のシノをジジはしっかりと睨みつけていた。
「……。
(ニュクス自身も最近その気になってきていると言う。
シノ辺境伯……こいつだ。こいつがニュクスをたぶらかしている。
いずれこの場にウララ陛下の廃位案やそれに必要な法改定案も
持ちだす可能性が高い。
そしてこれは今まで私がやってきた手口の一つだ。
”お前にできることくらい、私にもできる”というシノからの無言の挑発だ。
見方によってはシノが作り上げたこの捏造文書の方が出来が良い。
今までシノは消極的にシズクに同調していたに過ぎない。
ニュクスという駒を得てついに牙を剥きはじめたのだ。
しかも、まだ後ろにはシズクが控えている。
彼女はシノ以上に恐ろしい相手だ。
我々にとって勝ち目の薄い政略戦、私は思い上がっていた。
器の差を、思い知らされた。
トウガ殿、ウララ陛下を守るためには、
もはや内乱を辞さぬ覚悟が必要かもしれません。)」
ラートリーはジジの微妙な面持ちの変化に気づいた。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
今回もちょっと難しいですよね!
でも、言っていることはそんなに過激じゃないんです。
「弟も政治に参加させましょうよ」って、それだけ。
…でも、政治家は常にその先を考えます。
遠くにいてくれたらまだ安心な存在を、わざわざ近くに呼び寄せるってことは、
**「そのうち、ウララ女帝よりも皇帝にふさわしい」**って、言わせるきっかけを作っているってことなんです。
相手は、万能超人のシズクさんや悪役令嬢のシノさんです。
きっかけさえあれば、ウララ女帝を廃位させることだって、何でもできちゃいそうですよね。
トウガさんやジジさんからすると、何としてでも阻止したい。
でも、できない。
なぜなら、Lv50のサイコパスたちは、今まで本気じゃなかったからです。
本気を出してきたら、Lv10のジジくんじゃ何の役にも立たないって、分かっちゃったんです。
だから、ジジはついに奥の手、トウガさんにすべてを託して**「合体技」、つまり内乱**を考え始めてしまいました。
この背景を知ってから本文を読み直すと、セリフの一つ一つが、まったく違って聞こえてきますよ!
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あとがき
忠義と野心がぶつかり、評議会が政権奪取の戦場へと変貌する瞬間を描いています。
もう後戻りはできない──そう感じた方も多いのではないでしょうか。
ついにシノによってウララ廃位案を示唆する第一歩が踏み出されました。
ジジの最期の覚悟も、静かに胸を打ちます。
この後、何が起きるのか──
皆さまなら、誰が動くと予想しますか?
ウララ派、ニュクス派、それともラートリー?
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前話を忘れた方向けの振り返り一コマ
(私の物語はタイトル詐欺と言われます。なので振り返り詐欺も追加で)