第十三話 ラートリーの思惑
ラートリーは執務室で報告書に目を通していた。
諜報参謀が追加の報告を急ぎ届けに来ていた。
「大変です、閣下!
シノ辺境伯に大きな動きがありました。
どんな手を使ったか調査中ではありますが、あのシズク女公をさしおいて、
皇弟ニュクス殿下の後見に収まりました。」
ゆっくりと書類から目を離して参謀を見る。
さらに顎を撫でてからようやく参謀に返事をした。
「そうか。」
参謀は続く言葉を固唾を飲んで待っていた。
「ん?何をしている。もう下がって良いぞ。」
「あ?はっ!失礼致します。」
慌てて参謀は退室した。
1人になったのを確認したあとラートリーがゆっくりと口を開いた。
「ふむ。存外シノもやるものだな。あのシズクを出し抜いたか。」
どこまで把握していたのか、曖昧な口調でつぶやいた。
ラートリーにしてみると、トウガ・ジジ同盟が成立した時点で、
シズクかシノのいずれかはニュクスに手を出すだろうと踏んでいた。
そして争奪戦の勝者は結局のところ、シズクに落ち着くとも予想していた。
また、本音を言えば、もう少し時間がかかると思っていた。
それゆえの、先ほどのシノへの称賛だった。
しばらく顎を撫でながら考え事をしていた。
そして満足げに微笑んだ。
「いや、これでいい。
シズクは何をしかけてくるか、予想がつかない奴だ。
むしろ、好都合だ。
シノ、お前が大事にニュクスを守っているがいい。」
再び顎を撫でる。
「しかし……。
避けられぬこととはいえ、これから少々面倒だな。」
彼は評議会が荒れることも予想し、明日以降の身の振り方について憂鬱に感じていた。
ジジがトウガを支援することにより、感情を振り乱すだけで、シズク達に良いようにされていた状態は改善された。
だが、シズクはやりづらいとは感じていたとしても、それを覆せないとは全く考えていないだろう。
トウガを相手にするよりは少々面倒臭い。
所詮その程度だと思われる。
奴が本気になれば、自らが皇帝となるための法案すら実現しかねない。
もちろん奴は皇帝位を狙うほど愚かではない。
実現と支持を得られるかは別の話だ。
そして奴は忠誠を勝ち取る方法は長けていても、人を心から動かす能力は持ちえてないだろう。
奴は、その生い立ちゆえに、良くも悪くも壊れている。
故に危険だともいえるが。
シズクの目指す先は自身が皇帝になることではなく、ココの血統を民衆に対する顔に据えて、自身が神聖帝国の全てを手にするすることだとラートリーは読んでいる。
今までは単に方針を決めきれていないため、消極的な態度をとっていたにすぎない。
明確な目的を持てばジジ如きでは到底対抗できまい。
ニュクス。
そして、今、その目的を見出した、そう考えることはできる。
だからこそ、これから荒れるのだ。
唐突にラートリーが呟く。
「俺は必ず勝ち馬に乗らねばならん。」
顎を撫でながら、まるで自らと会話するように独り言を言った。
彼の癖だ。
「そして、俺はどちらにもつかん。」
矛盾する言葉を繋げた。
五大将の中で、最初からウララかニュクスのいずれかは排除すべきだと考えていたのは、彼だけだった。
帝国の安定には、ココの血統は一人で十分──それが彼の信念だった。
もちろん、そのようなことは誰にも悟らせてはならない。
自らの手を皇族の血で汚すことも、決して許されない。
誰にやらせるか。
とても難しい誘導が必要になるが、それを目的に、今の彼は動いている。
そして、ウララを掲げるトウガに、ニュクスを掲げるシノ。
駒が確定しつつある。
だが、トウガにはジジがいて、シノにはシズクがいる。
期待に反してジジは油断できない相手かもしれない。
またシズクは相変わらずどう動くか予想がつかない。
どうしようもない状況でなければ、彼は勝算のない賭けは行わない主義だ。
失敗の芽を徹底的に摘んでから動く。
言うは容易く為すは難しいが、彼はそれを今まで成し遂げてきた。
そしてこの件に関しては、未だに決定打となる策が思いつかなかった。だが、ニュクスは表舞台に上がり、ようやく注目を受けて、誰でも手が届くところに立った。
顎を撫でる手を止め、苛立ちを隠せず髪を乱暴にかき上げた。
「落ち着け、ラートリー。焦りは禁物だ。
どうせなるようにしかならん。
今は静観して見定めるしかないのだ。」
乱れた髪を整えた。
いつものラートリーに戻っていた。
迂闊に動くこともできない状況だ。
そうなると今まで通り中道の立ち位置を維持する必要がある。
大事な局面で中道を走ることは最も難しい選択かもしれない。
評議会でのトウガの感情的な顔が頭によぎった。
面倒臭い。その、ただ一言だ。
考えただけでも憂鬱になった。
★★ライト層読者さんへの簡単説明コーナー★★
はーい!作者子ちゃんによる、簡単に説明するコーナー!
硬派な人はスルーしてくださいね。ちょっとやってて恥ずかしいので…。
今回は緑髪の天才、ラートリーさんのお話です。
覚えてますか?この人、天才なんです。
天才って、時に普通の人の理解を超えたことを考えますよね。
彼は、勝ちたいけど、どっちにもつかない。
…意味が全く分かりませんよね?(笑)
でも、そこが彼の深いところなんです。
彼は彼なりに、何かを企んでいる。
それに……、超怖いことを考えています。
帝国を安定させるためには、ココ女帝の子供を一人、消さないといけない。
いや、歴史上よくあることなんですけど、さらっと言っちゃうあたり、やっぱりサイコパスですよね。
さて、この天才がどんなふうに物語をかき混ぜてくるのか。
続きは本編でお楽しみください!
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あとがき
冷静沈着で感情を見せないラートリーにも、信念と人間らしい焦りがありました。
シズクもまた、万能ではないことが明らかになりつつあります。
やはり彼らは人間──完璧ではない。
この“ほころび”が、帝国の運命にどう影響すると思いますか?
皆さまの予想や考察、ぜひ聞かせてください。
ちなみに余談ですが、主役達の名前が軽いなぁと思われた方おられます?
ペットの猫につける名前、ありがちリストからつけました。ジジとか、それでも貴族かよって思いますよね。
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前話を忘れた方向けの振り返り一コマ
(私の物語はタイトル詐欺と言われます。なので振り返り詐欺も追加で)