第十幕(一)
「見張りもいないのだから、逃げればいいのにね」
ダンテさんは、墓穴だけが並ぶ景色を眺め、素直に感想を述べます。
「この者たちは、肉体が滅べば魂も滅ぶと信じています。魂がここから逃げ出せないのは、そのためでしょうな」
「わかったような、わからない説明です」
「信じる者は救われるが、ここの亡者は信じていないのです」
「真珠入れる者はすごくモテるですか。たしかに、真珠を入れると……」
「いやいや、ダンテさん、違うな」
ウェルギリウスさん、慌ててダンテさんの話を遮ります。
「ところで、もうじゃ焼きには会えますかね」
「もんじゃ焼きのように言うでない。そのうち、亡者の方から声を掛けてくるだろうから、話もできるであろう」
ウェルギリウスさんが、そう言い終えたときです。
「炎の街を生きながら進むフィレンチェ生まれの者よ、待たれい!」
「うわっ、別な意味で恐いお人が出てきました」
声の主は、墓穴の中で立ち上がり、上半身を地上に突き出し、胸を張り、そびえるように立っております。
「あれは、ファリナータさんですな」
「トゥース!」
「私の苦手なタイプです……ほれ、言葉遣いに気を付けて話してきなさい」
ウェルギリウスさんは、ダンテさんを前に押し出します。
「そう言われましてもね、あっしだって、この手の方と話したいわけではなくて……ああ、会いたいなんて、言わなきゃよかったな。こっちを睨んでるじゃないですか。やだな、もう……」
「何をごちゃごちゃ言っておる。お主の先祖は誰であろう」
「会話のきっかけにしては、最悪の話題じゃないですか。見るからに社交性ないもんなあ」
そう言いながらも、ダンテさんは、ご先祖様の名前を伝えます。
「我はフィレンチェの敵であった者。お主の一族も敵ながらあっぱれではあったが、我が二度も散り散りにしてくれたわ。ハッハッハ」
「でも、ご先祖様は何度も戻ってきましたよ」
偉そうに高笑いしているファリナータに、少しカチンときております。
「それに比べて、あんたの一族は戻ることができなかった」
ああ、ダンテさん言っちゃった。
空気が、ひりついております。




