第七幕(三)
「さあ、先に行きますよ」
ふたりは、圏を横切り反対側と辿り着きます。
「ウェルさん、ちょっと見ておくんなさい。泉が湧き出してますが、これは飲めないですよ。どす黒い色してます。原油だったら大金持ちなのになあ。あっちに流れていってます。ウェルさん、行ってみましょう」
ダンテさんたちは、道なき道を分け入っていきます。それを、カメラが前方から捉え、さながら「ダンテ探検隊」といったところですな。
「崖から落ちた先が沼になってます。大層、大きい沼です」
「これは、ステュクスという沼だな」
「ウェルさん、それを十遍、言ってみてください」
「ん? いいでしょう。ステュクス沼、ステュクス沼、ステュクス沼、ステュクス沼、ステュクス沼、ステュクス沼、ステュクス沼、ステュクス沼、ステュクス沼、ステュクス沼」
「ここは、どこでしょう」
「ステュクス沼」
「正解!」
「なんじゃ、何も工夫がないではないか。言い難いだけであろう」
「そうです、そうです。ウェルさんって、アエネーアースとかステュクスとか言い難い言葉が好きなんでしょ。『東京都特許きょきゃきょく』って言えますか、『隣の客はよくきゃくきゅうきゃくだ』はどうですか」
「ダンテさんが、言えてませんな。まあ、少し落ち着きなさい」
ダンテさんが崖下を眺めますと、裸の亡者たちが沼の中で争っている姿が目に入ります。
「殴り合ったり、噛み付き合ったり、たいへんな騒動です。なんぞ、ありましたか。お祭りですか」
「彼らは、憤怒の気持ちに負けた亡者たちです」
「フンドー怒りの脱出ってやつですか」
「それはランボーであろう」
「そうでした。乱暴でした」
ダンテさんたちは、話が噛み合わないまま、沼が描く広大な円弧を廻り、塔の下に辿り着くのでございます。




