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【8】最終日と特効薬

ついに最終日がやってきた。

早朝と深夜の間、日の出より大分前に目が覚めた私はすぐに身支度を始めた。

1階へ降りるとすでに教授と十家は朝食を済ませた後だった。

十家が話しかけてくる。


「やあ、おはよう。早いな」


「いえ、十家さんたちの方がよっぽど早いですよ……ちゃんと寝れましたか?」


「ハハ、愚問だな。起きて行動を始めているという事は、十分に寝れているという事さ」


十家は笑いながら答える。教授はドローンを取り出して二階へと向かった。おそらく目的地への道中の安全確認をするのだろう。

なんというかこの人たち、逞しすぎる……

全部この二人に任せて拠点でぬくぬくしていたい……という気持ちが一瞬湧いてきたが、頭を振って気合を入れ直す。

そんな甘い考えではグッドエンディングまで辿り着けない。

顔を洗って朝食を食べ始めると祥哉たちが起きてきた。


「おう、早いな」


「祥哉にしては珍しく早起きだね」


「まあな。何てったって最終日だからなぁ。ようやくこのゾンビワールドからおさらば出来ると思うと、つい早起きしちまった」


祥哉がボリボリと頭を掻きながら呟く。由麻子も口を開いた。


「そうですね、平和な世界に戻れるのなら、早く戻りたいですね」


ナナも後ろで頷いている。


今更だがこのゲームの世界をクリアしたとして、きちんと元の平和な世界に戻れるのだろうか?

既にグッドエンディングを迎える以外に選択肢はないが、やはりその後は気になってしまう。

とはいえ、気にしたところで私の行動方針には何の変更点も無い。

今は出来る事、やるべき事を全力でやり切るだけだ。


全員起きたところで食事と準備を済ませ、さっそく出発することになった。

祥哉には引かれてしまったが、出発前に2階に戻ってサスマタリオンに手を拝んでおく。

……さらば盟友よ、また逢う日まで。


「幌ぉ、なにやってんだぁ? 車出ちまうぞぉ」


階下から祥哉の呼ぶ声が聞こえる。私はすぐに1階へと降りた。





全員が高機動車に乗り込み、十家が車を発進させる。

周囲の鬼ゾンビは出発前に可能な限り掃討しておいたので、スムーズに荷運びができた。

食料や銃器もたくさん積んでいるので、車内にあまり広いスペースは無い。おまけにガタガタと道路の亀裂に合わせて車が揺れるので、乗り心地は最悪だった。

教授はそんな惨事など全く意に介さない様子で、時折ドローンを駆使して周囲の確認をしてくれていた。


「……次を右だ。それからしばらく先、左に進んでくれ」


「了解」


十家と教授が短いやりとりを続けている。

私と祥哉は車両の左右から銃を出して近づいてくるゾンビを警戒する。

……動く車両の上で射撃をしてもなかなか弾がゾンビに当たらないが、車の方が速度が出ているので追いつかれることはまず無さそうだ。


現在出現するゾンビは全て鬼だ。おまけに最終日には全てのゾンビが富士山に向かって進んでいる。

これはゲーム的にはヒントになっていって、富士山に何かがあるよ……という製作者からのメッセージになっている。

この移動が何なのか突き詰めることが出来れば、グッドエンディングへの道筋が分かるようになっている。

しかしいざグッドエンディングを目指す上では、この大移動は障害になる。

なんといっても目的地に鬼が集結してしまうのだ。これから登山する身としては迷惑この上ない話だ。


空がうっすらと白んできていた。もうすぐ日が昇る。

ガタガタと揺れながら、徐々に標高が高くなっていく。すでに富士山5合目へと向かう、富士スバルラインという道に入ったようだ。


「もう間も無く5号目のレストハウスが見えてくるはずだ。ゾンビが大勢うろついている。気をつけたまえ」


ドローンで様子を探っていた教授が警告をする。

十家が運転しながら作戦を立てる。


「了解。まずは俺が手榴弾でゾンビの群れを爆破する。幌君と祥哉君は車から撃てるだけ銃を撃ってくれ。ゾンビをあらかた掃射し終わるまで車からは出るなよ」


全員が頷く。由麻子とナナは後ろの方で縮こまっている。


すぐに5号目のレストハウスが見えてきた。建物前の広場にゾンビがうじゃうじゃいる。

……ざっと100体はいるだろうか、こちらに気付くと一斉に群がってきた。

私と祥哉は小銃を構えて撃ち始めた。これだけ大勢いれば多少適当に撃ってもどこかに当たる。

十家が車の向きを変えつつ運転席の窓越しに手榴弾を立て続けに2個投げた。すぐにUターンして道を引き返す。

数秒後、ドカンと爆発音がしてゾンビの群れが弾け飛んだ。一気に10体以上は減っただろうか。

しかし他のゾンビは意に介することなく、吹き飛んだゾンビの肉片を踏み潰しながら迫ってくる。

十家が再び車の向きを変えて運転席側がゾンビの群れに向くようにして車を止めて銃を構えた。

タタタン、タタタンと小気味良いリズムを取りながらゾンビの頭を的確に撃ち抜いていく。

私と祥哉、そして教授も銃を構えてゾンビを狙う。今までの練習の成果の見せ所だ。私は張り切って銃を撃ち続けた。

銃が弾切れになるとすぐに由麻子とナナが弾薬を渡してくれる。

まだ弾薬は車にたっぷりと積んである。遠慮することなく撃ち続けた。


数分かけて撃ち続け、ようやく見える範囲全てのゾンビを大人しくさせた。足元や車の中には排出された薬莢が大量に転がっている。


「よし、十分だろう。レストハウスを確保するぞ」


運転席のドアを少し開けて薬莢を足で払い出しながら十家が言う。

すぐに車を発進させてレストハウスの横へ停めた。


レストハウスの中にはゾンビはいないようだ。念のため十家が建物内を見て回り、安全を確認する。

十家が戻るまで、皆で車の中から周囲を警戒する。しかし先ほどの騒ぎで他の建物内のゾンビも全て出てきたようで、辺りはしんと静まり返っている。

しばらくして十家がレストハウスから出てきた。


「中は安全だ。しかし窓やドアが破壊されている。代わりに机でバリケードを築く必要があるな」


「わかりました。先にみんなでバリケード作りをしましょう」


そう言って車から降りようとすると、由麻子が尋ねてきた。


「荷物類はどうしますか?」


「持ち出すのは一食分の水と食料に弾薬類だけで十分かな? それ以外はそのまま車に載せておこう。脱出する時に荷運びする時間は無いと思うからね」


富士山火口に【特効薬】を打ち込んだあとは時間との勝負だ。一刻も早く下山しなければならないので、余計な荷物は持たない方が良い。


1時間ほどかけてレストハウスにバリケードを築いた。バリケードは簡素な物だが、ここは見晴らしが良いのでゾンビが接近する前に銃で狙撃してしまえば問題なさそうだ。

富士スバルラインを歩いて登ってくるゾンビがちらほらいるので、交代で監視をしながら食事を摂った。


「……よし、それじゃあ早速出発しましょう。由麻子とナナさんはここに残って車を守っていてください。麓から追ってくるゾンビは恐らく私たちの方へ向かうので、レストハウスに近づいてくるゾンビだけ撃って下さい」


「はい。こっちは多分大丈夫です。みなさん、お気をつけて……!」


由麻子とナナが緊張した面持ちで銃を構えた。側には弾薬が大量にある。弾切れの心配は無さそうだ。


出発前に装備の確認をする。男性陣4人は全員小銃と拳銃を一丁ずつ持っている。

小銃の予備の弾倉は3つずつ携帯した。それに加えて飲料水と携帯食料も持った。

その他に私は手榴弾を3個腰に装備している。

祥哉にはゾンビ治療薬を持ってもらった。【韋駄天】の恩恵で素早さがあるので、1番ゾンビになりにくいはずだ。

教授はドローンを手放し、代わりに愛用のナタを腰にぶら下げている。

十家は手榴弾と弾倉を10個ずつ持っている……飲料水も合わせると荷物の総重量は10キロ以上あるはずだが、軽々と装備した。

よし、準備万端だ。


バリケードを潜って外に出る。窓から女性2人が顔を出して周囲を警戒し始めた。

レストハウス近くにある登山口から早足で進み始める。

少し進んだ所に地面に大きな亀裂が出来ていた。


「ん? なんだありゃ?」


祥哉が素っ頓狂な声を出す。亀裂の中から銀色の奇妙な物体が顔を覗かせていたのだ。私は確信を持って答えた。


「これが人類の切り札ってやつだね。この中に【特効薬】がいるはずだよ」


そう言いながら、銀色の物体の表面にある小さな窪みに、スカイツリーで拾ったメダルをはめ込む。

メダルは物体に吸い込まれるように消えて無くなり、パカっと蓋が開いて中から人影が這い出てきた。


その人影は文字通り人影だった――まるで絵の具で塗りつぶしたように全身が真っ黒に染まっており、何を着ているのか、どこを向いているのかすらよく分からなかった。

顔ものっぺりと塗りつぶされており、目も口も何も無かった。

この人影こそが【特効薬】だ。この人物に噴火口へ飛び込んでもらえればゾンビは死滅する。


ゲーム上ではこの人影にも設定があり、『人類に救いのチャンスを与えるために遠く離れた星から遣わされたナノマシン集合体』というトンデモ設定だ。

一応、街で探索を続けるとその存在について知る事のできるイベントがあるが、無視してもエンディングは迎えられる。

蓋を開けるメダルはスカイツリー以外にも数カ所で拾える。しかし回収が面倒な場所にあるので、後半に取りに行こうとするとなかなか骨が折れる作業になる。


「おお、これは……話には聞いていたが随分とオカルトチックな【特効薬】だな」


「ええ、ですがこれが人類唯一の希望です……彼は恐らく私に追従してくるはずです」


「ふぅん、俺について来てくれるなら、頂上まで俺1人でひとっ走りした方が早そうなのに、残念だったな」


祥哉が皮肉そうに答えた。


祥哉の言う通り、もし可能なら【韋駄天】持ちの祥哉1人で行動する方が早い。しかし残念ながらその方法は使えない。


「ほら、こいつを出したらゾンビが追ってくるんだろう? 早く先へ進んだ方が良い」


十家が急かしてくる。後を見ると数名のゾンビが全力で走りながらこちらへ向かって来ていた。

すかさず十家が狙撃をし、ゾンビ達はその場に倒れた。

十家がそのまま指揮を執る。


「私が最後尾で追ってくるゾンビを撃退する。私の前は教授、【特効薬】、幌くん、祥哉くんの順番で進もう」


「よっし、俺が道を切り開いてやるぜぇ」


祥哉が張り切って前へと進む。


順調に登山道を進んでいく。前方や後方から猛然とゾンビが迫って来たが、どうにか小銃で切り抜けられた。

時々、眼下のレストハウスから小さな発砲音が響いてくる。どうやら由麻子とナナが狙撃をしているようだ。

音の間隔から察するに、由麻子達を襲っているのではなく、通り過ぎていくゾンビを狙っているようだ。


7合目に差し掛かるといくつかの山小屋が見えてきた。

突然、祥哉が口を開いた。


「おい、ヤベェぞ、ゾンビが待ち構えてやがる」


山小屋の辺りを見ると、大勢のゾンビの群れが建物を囲むように立っていた。

私たちの目的地を知ってか知らずか、本能のままに待ち伏せていたのかもしれない。

ゾンビの1人がこちらに気付くと、叫び声を上げながら走り寄ってきた。

その声をきっかけに、周囲のゾンビも一斉に駆け寄ってくる。

斜面を転がり落ちるようにゾンビの波がこちらへ押し寄せてくる。全員で銃を構えて迎え撃つが、留められそうにない。


「ちいっ、手榴弾を投げるぞ! 落石に注意しろ!」


そう言って十家は手榴弾を投げ始めた。

一つ二つと投げていくが、なかなかゾンビの数は減らない。


「一旦登山道の脇へ逃げるべきだ! 斜面の下側からでは手榴弾の効果は薄いぞ!」


教授が叫び、登山道を外れて斜面を横へ移動する。私と祥哉も銃で援護しながら教授についていく。

十家がさらに一つ手榴弾を投げ、後に続いた。

ゾンビ達も登山道から外れて私達の方へ一直線に進もうとする。しかし足場が悪いため、次々と転がり落ちていった。

だが転落して手足が折れていても構わずに私達目掛けて這い登ってくる。

十家は次々と手榴弾を投げ入れていく。私と祥哉は斜面上方のゾンビを狙い撃ち、教授は安全そうな足場を探りながら斜面を横切ろうとする。

と、その時、


「うわっ!」


と短い悲鳴をあげて教授が転落してしまった。ゾンビに気を取られて足を踏み外してしまったらしい。

斜面をズルズルと滑り落ち、数十メートル下で止まった。


「教授! 大丈夫ですか!?」


慌てて助けに行こうとするが、


「来るな! 降りて来てはならん! 私を救助しても状況が悪くなるだけだ! ……私のことはいい、君達はこの世界を救うんだろう? 私に構わず進みなさい!」


教授は小銃を落としてしまったらしく、迫ってくるゾンビを拳銃で撃ちながら叫んだ。

十家も続けて叫ぶ。


「そうだ! 俺たちに構うな! 先を急ぐんだ……よし、斜面の上のゾンビはもういない。ここからゆっくり登って登山道に出ろ。お前達が希望だ。絶対に成し遂げてくれ」


そう言って最後の手榴弾を投げ落とした。

山小屋で待機していたゾンビ達はあらかた片付けられたが、少し離れた斜面の下を見ると、麓から集結してきたのだろうか、複数のゾンビがじわじわと登り寄って来ていた。


「ここは俺たちが食い止める。君達は先を急ぎなさい」


十家が覚悟を決めたように呟く。彼らの覚悟に応えなければならない。


「わかりました。必ず成し遂げてきます。どうかそれまで持ち堪えてください!」


返事は無かった。私と祥哉はゆっくりと斜面を登っていく。十家は弾薬を節約するため慎重に狙いを定めながら撃っている。

教授は既に弾を切らせてしまったようだ。腰のナタを抜いて構えている。

断続的に銃声が轟く中、私達は振り返る事なく先を急いだ。






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