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【7】最終日に向けて

4日目からはひたすら拠点に籠ってバリケードの補強と銃の練習に時間を費やした。

街には飢餓ゾンビが出現し、今までよりも探索の危険度が増しているため、むやみに拠点の外に出るのは避けたかった。


この世界のゾンビは食事を必要とする。ゾンビガス発生直後は建物内などに食料が大量に残されているので彼らは飢えることはない。

しかし数日経過して食べるものが――あくまでもゾンビの知能で開封できる物に限るが――無くなってくるので、ゾンビが飢えて狂暴化する。

さらに飢えが進行するとゾンビ同士で共食いをし、より狂暴な個体……鬼ゾンビが出現する。

窓の外には飢餓ゾンビが獲物を求めて彷徨(さまよ)い歩いている姿が見える。昼間の明るい時間帯であっても生存者を発見すると早足で襲い掛かってくる。


拠点の前の路地に1体の飢餓ゾンビが姿を現した。

あてもなくフラフラと拠点へ近づいてくるゾンビだったが、突然パァンという音とともに頭を撃ちぬかれて崩れ落ちた。

音の出所である拠点の2階の窓からは十家がライフルを構えて身を乗り出していた。銃口からは微かに硝煙が上がっている。

拠点のすぐ外、一階の窓の下で私と由麻子はバリケードの補修を行っていた。


「よし、と。これで大丈夫かな?」


金槌を手にしながら汗を拭う。ゾンビが発生してから今日まで晴れの日が続いている。

ゲームの中でも天気は常に晴れていたので、この世界が忠実に再現されているのなら今後も晴れが続くのだろう。


「思ったよりも早く終わって良かったですね」


由麻子が金属バットを持ちながら微笑みかけてきた。やっぱり敬語で話しかけられるのは少しくすぐったい。

これはこれで悪くないのだが、やはり戻れるなら早く現実世界に戻って本物の由麻子と話がしたい。


「そうだね。まだゾンビがそれほど狂暴じゃないから、バリケードの痛み具合も大した程ではないからね」


由麻子と二人で補修の後片付けをしながら呟いた。

これから最終日までは毎日補修を行う。事前に資材と食料は十分に確保しているので、これ以上探索をしなくても持ちこたえられる。


ただのプレイヤーとしてこのゲームで遊んでいたのなら、ここから少し無理をしてでも物資をかき集めたりゾンビを退治することになる。

より多くの探索をするとスコアを稼ぐことができ、高スコアを達成するとランキングに載ることができる。

しかし今はスコアなど気にしている余裕はない。確実かつ安全にクリアを目指すことに集中しよう。


祥哉とナナには裏側の窓の補修をお願いしている。

裏路地はゾンビも少ないので危険度は少ないだろう。ただし念のため教授に警護をしてもらっている。

十家には2階からライフルで補修組のサポートをしてもらっている。おかげで私たちは安心して補修が出来た。


「よぉ、そっちも終わったようだな」


玄関の前で祥哉が工具を持ちながら話しかけてきた。後ろからはナナと教授もついてきている。


「うん。まだ昼前だから、昼食後に銃の練習をする時間は十分にありそうだね」


銃の練習と聞いてナナがビクッと体を震わせた。それに気づいた由麻子がナナを励ます。


「大丈夫よ。私も銃は怖いけど、ちゃんとプロの方が教えてくれるんだし、こんなゾンビだらけの状況だと銃を撃てないと簡単にやられちゃうから、自分を守るためにも、ね? 頑張ってみましょうよ」


「はい……頭では分かっているんですけど、やっぱり……怖い……です。でも十家さんが教えてくれるのなら、あたし、頑張ります」


ナナは二階から顔を出している十家を見上げながら、力強く答えた。

まあナナがやる気を出してくれたのは良いことだ。これでメンバー全体の生存率が向上する。私たちも頑張ろう。





昼食を済ませた後は銃の練習をした。十家の指示に従いながら銃の構え方や弾薬の扱い方、狙いの付け方などを教わる。

銃は見た目以上にずっしりと重く、しっかりと構えないと取り落としてしまいそうだった。

一通り扱い方を教わった後は、窓からゾンビを狙撃する。

一人ずつ窓から顔を出して構え、弾倉に一発だけ入った銃で射撃する。

始めは反動でのけぞってしまったが、何度も撃つうちに少しずつコツが掴めてきた。


「さすが、ゲーマーはこういう事の飲み込みだけは早えーな」


祥哉がからかうように言う。


「祥哉だって随分射撃スタイルが様になってきてると思うよ」


祥哉は私よりも反動をうまく受け流せているようだ。数発連射してもあまり銃がブレない。


「祥哉くんは体がしっかりと安定しているからな、うまく扱えていると思うぞ」


十家が褒める。


「……祥哉はぽっちゃりだから安定しているんだね、きっと」


「なんだよ、嫉妬か? そんなに安定性が欲しかったらお前も太ってみろよ」


ぽっちゃりなのは自覚しているらしい。だが安定性のために太るのは御免だ。


ふと周りのメンバーの様子を見てみた。教授は早々に銃の練習を切り上げて、ドローンで上空から地割れの調査を行っている。


「ふむ……今の状況なら富士山へのルートは確保出来そうだな……土砂崩れは……他の断層は……ふむ……」


なにやら考え事をしているようだ。そっとしておこう。


由麻子とナナもゆっくりとだが銃の扱いが上達している。これなら最終日までには何とか戦力として活躍してくれそうだ。

……何となくだが十家とナナの距離が近い気がする……ひょっとするとナナはイケオジが好みなのかもしれない。

むさ苦しい男ばかりに囲まれているから、なおさらイケメンが際立っているのかも……?

由麻子は特に普段と変わらない様子だ。私は少しだけ安心して銃の練習に励んだ。





最終日前日の9日目までは、午前中はバリケードの補修、午後は射撃訓練というルーティーンを組んだ。

7日目からは鬼ゾンビが街を闊歩するようになったが、小銃の敵ではなかった。

もちろん安全な所からゆっくり狙いをつけて射撃できる状況だからこそではあるが、危なげなくバリケードの補修も出来ていた。


これが拠点の外で、大勢の鬼ゾンビ相手では難易度が跳ね上がるだろう。そして最終日は間違いなくその状況に飛び込んでいかなければならない。


教授には合間を見てドローンで調査を行い続けてもらい、その結果富士山への最適ルートと登山道の様子がおおよそ判明した。

富士山の登山道は主に4通りある。その内どうにか安全に登れそうなのは吉田ルートと呼ばれる登山道だけのようだ。

他のルートは土砂崩れが発生していて危険らしい。

山小屋への荷物運搬用に車両が通行できる道もあったが、やはり一部で土砂崩れが発生しているため車両での通行は出来ないようだ。


最終日の予定はこうだ。

まず早朝に富士山5合目にある観光スポットまで全員で高機動車で移動をする。

そこで周囲のゾンビを掃討して安全を確保し、レストハウスにバリケードを築いて簡易拠点にする。

由麻子とナナはそこで待機して周囲の安全を維持してもらうことになる。


次に、初日に手に入れたメダルの出番だ。最終日限定で登山道入り口に出現する物体にメダルを使用することで【特効薬】が手に入る。

これを富士山火口へ投下することでゾンビガスが収まり、代わりにゾンビ特効ガスが噴射されるようになり、世界中のゾンビウイルスが死滅し、めでたしめでたし……となる。


問題なのは、【特効薬】を手に入れた直後だ。メダルを使用してから富士山火口へ投下するまでの間は、周辺地域すべてのゾンビが【特効薬】を持つ私達目掛けて猛進し始めるのだ。

おまけに最終日は私達が何もしなくてもゾンビが勝手に富士山に集まるような挙動を示す。

つまり必然的に大勢のゾンビと戦いながら全力で登山をしなければならなくなる。


【特効薬】の投下後も一仕事残っている。投下して間もなく富士山が噴火し、火口から溶岩流が流れだす。

そのため一目散に下山をしなければならない。弾丸登山も真っ青なスケジュールだ。





「よし、明日の準備はこれで万端かな」


もう最終日前日の夜だ。薄暗い部屋の中で、私は自分の荷物を纏めながら呟いた。


「ホントに明日、富士山に登らなきゃならないのか? このままずっと拠点に籠ってりゃそのうちゾンビ達は飢えてくたばるんじゃないのかぁ?」


祥哉が疑問を口にする。


「いや、前にも言ったけど待つだけじゃダメなんだよ。強力なゾンビガスが明日の夜に吹き出して、生存者が皆ゾンビになってしまう。だから富士山に登って【特効薬】を使わないとグッドエンディングにたどり着けないんだ」


「へぇ? ……まあ今更お前を疑ってもしょうがないんだけど、やっぱ信じらんねぇな」


ゴロンと布団に横になりながら祥哉が呟く。そりゃそうだ。私だってゲームをやっていなかったら到底信じられなかっただろう。


……もしこの世界にゲームの知識が無い状態で放り込まれたら、どうなっていただろう?

徐々に狂暴化するゾンビになす術もなく襲われていただろうか? それとも装甲車でも見つけてひたすら逃げ回っているか? 頑強な拠点を見つけて可能な限り籠城を決め込むだろうか? ……いずれにせよ富士山を攻略しなければ10日後にはゲームオーバーだ。

幸いにも私は攻略法を知っていたから、あと少しでクリアできる所まで到達できた。それでも紙一重の場面があったのだ。

ゲームの世界に生身で挑むことの過酷さを改めて思い知らされた。


「そういやぁ、銃があるなら刺股はもう用済みだなぁ」


壁に立てかけられた刺股を見つめながら、祥哉が名残り惜しそうに呟く。


「そうだね。もう拠点に戻ってくることもないし、サスマタリオンに最後のお別れを伝えたらどう?」


「はぁ? サスマタリオン……? ……幌、お前また妙なネーミングつけやがったな」


「ええ? ……だって大活躍していたんだし、名前くらい付けてあげないと失礼じゃない? 祥哉だって愛用していたんだから少しは愛着が湧いてるでしょ?」


実際、このサスマタリオンが無ければ序盤の探索は難しくなっていただろう。邪魔なゾンビをどかせるのに有用この上無かったのは事実だ。


「いや……扱いやすかったのは確かだけどよ、お前のそれは何というか……ちょっと不気味じゃねぇか?」


「不気味とは失礼な。道具に敬意を払っているからこその礼儀っていうものだよ。まあ強制はしないけどさ、サスマタリオンって呼んだ方が温かみが感じられない?」


「はぁ……分からん。俺はもう寝る。明日は早いんだろ? お前も早く寝ろ」


そういって祥哉は布団に潜った。

私は月明りを浴びて凛々しく立っているサスマタリオンを心の中で称えつつ、静かに目を閉じた。






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