【5】研究施設と治療薬
すぐに荷物をまとめて出発することになった。この後は由麻子に治療薬を作ってもらう必要がある。
教授はドローンの入った箱や寝袋を大きなリュックにしまい、出発の準備を整えた。
「それで、どこへ行くのかね?」
「まずは隣接している研究所に立ち寄らせてほしいです。教授、鍵をお持ちですか?」
「ああ持っている。だが研究所内部にもゾンビはいるはずだ。注意して探索をしなければならないぞ。あと確か非常電源は停電から72時間しか持たなかったはずだ。夜間にゾンビが活発になって探索が出来なくなることを考えると、研究設備を使用できるのはせいぜい明日の夜までといった所だろうな」
治療薬が作れるのは今日と明日の2日間だけになる。一応、発電装置や燃料をかき集めれば再度使用できるのだが、その頃になると飢餓ゾンビや鬼ゾンビが発生するようになる。
一個の治療薬を作るために複数人がゾンビウイルスに感染してしまうというのは本末転倒だ。そんなリスクは避けなければならない。
建物を出た私たちは、ゾンビを避けながら敷地内の研究所へと歩き始めた。
研究所は建物を出てほんの数分の所にあった。
教授がドアのカギを開ける。
「よし、開いたぞ。注意して進め」
中は少し薄暗いものの、非常灯のおかげで視界は保たれていた。
廊下の奥、少し離れたところにゾンビが2体ほど立っている。
すると建物に入った由麻子が突然ふらふらと勝手に歩き始めた。
「治療薬はこっちの部屋で作れる……はず……」
そう呟きながら近くの部屋に入っていった。あわてて由麻子についていき、部屋の中を確認する。
部屋の中には試験管やフラスコ、薬品など様々な道具が置かれていた。遠心分離機やろ過機など治療薬の作成に必要な設備も揃っているように見える。
幸い部屋にゾンビは居ないようだった。
由麻子はまるで何かに取り憑かれたかのように一心不乱に作業を始めた。
部屋に留まっていると由麻子の作業の邪魔になりそうだったので、私達は部屋から出ることにした。
「彼女は研究者かね?」
「いえ、ただの専業主婦です」
教授は不思議そうな顔をする。ゲームの設定と辻褄を合わせたほうが良かったかな?
……まあいいや、気にしないでおこう。
部屋の扉を閉めると、上の階からゴソゴソとゾンビの這いまわる音が聞こえてくる。
「おい、上の奴らを黙らせておいた方がよくねぇか?」
「そうだね、安全確保は大事だしね」
私は祥哉の提案に同意を示す。
由麻子が治療薬を作り終えるまでドアの前で警備をしながら、建物内の安全を確保するために上階のゾンビを大人しくさせることにした。
祥哉がサスマタリオンを手にドアの前で仁王立ちして待機し、私と教授で動いているゾンビの頭を潰していくことになった。
ほとんど動かないゾンビの頭をバットでフルスイングするのは簡単だった。
グシャッという頭の潰れる感触が気持ち悪い。2、3回叩くとゾンビは完全に動かなくなった。
教授は手慣れた様子でバッサバッサと頭をかち割っていく。まるでホラー映画に出てくる連続殺人鬼だ。絶対に敵に回したくは無い。
教授はスタスタと上階に上っていき、まるで農作業でもしているかのように次々とゾンビの頭を収穫している。ゲーム内でも教授の戦闘力は高かったが、現実に目の当たりにすると少し引いてしまう。
「よし、全部片づけたな。祥哉君のところへ戻ろうか」
息を乱すことなく教授は階下に戻っていった。
私は教授の持っているナタから滴り落ちる血を見つめ、少し距離をとって歩いていく。
……だってゾンビより怖いんだもの。
祥哉と合流し、数時間ほど待機しているとドアが開いて由麻子が出てきた。
薬品の匂いを漂わせながら一組の注射器とアンプルを手に持っている。
「出来ました。ゾンビに噛まれたときに3時間以内にこれを打てば治療できます」
そう言って治療薬セットを小さな箱に入れた。これで誰か一人なら噛まれても助かる。
研究所を出た時には既に夕暮れが迫ってきており、外が薄暗くなり始めていたので手早く拠点へと戻ることにする。
食料品は拠点にも在庫があるので、寄り道することなく帰路についた。
太陽が沈み切って夕闇が訪れ始めた頃に、どうにか拠点へとたどり着いた。
この時間になると、こちらを視認したゾンビが歩きながら寄ってくる。もう少し遅くなると走り出すだろう。
私たちはすぐに家に入ってドアのカギを掛けた。
「ほう、これが拠点かね。……ふむ、古いが造りはしっかりとしているようだな」
「部屋数は少ないので、2階で私たちと相部屋ということになりますね」
「ああ、いや私は1階で寝ても構わんよ。バリケードを叩く騒音くらいなら気にせず熟睡できる。それに誰か1階に待機していた方が君たちも安心するだろう」
この教授、逞しすぎないか……? これが映画だったら間違いなく主人公だ。
お言葉に甘えて教授には一階で寝泊まりしてもらうことになった。
「明日はどうするんですか?」
夕食を食べながらナナが聞いてくる。ちなみに夕食はレトルトのカレーライスだ。カセットコンロを用意できたので、お湯を沸かすことが出来る。
「明日も生存者を探しに行きます。メンバーは私と祥哉、ナナさんで行こうかと。それから由麻子と教授には明日も研究所に行って治療薬を作成してもらいたいです」
「よかろう。私がしっかりと彼女の警護を務めよう」
教授が胸を張りながら宣言した。由麻子がお礼を述べる。
「あ、よろしくお願いします」
この教授が護衛ならさぞかし心強いだろう。
「まあ治療薬は少しでも多く欲しいしな。それで、俺たちは何処へ行って誰を救助するんだ?」
祥哉がカレーを頬張りながら聞いてくる。
「今度は自衛隊駐屯地へ行って自衛官を連れてくることになるよ。ついでに車両と武器も手に入れないといけないね。ただ生存者探しは明日で終わりかな。あとは時が来るまで拠点のバリケード補強をしながらひたすら籠城することになると思う」
「ふぅん、未来予知が出来るといっても、結構大変そうな作業をこなさねぇといけないんだな」
「……なんだね? その未来予知というのは。時が来るまでと言ったが、はっきりとその時期が分かるのかね?」
そういえば教授にはまだ説明していなかった。
「ええ、今説明します――」
夕飯をチビチビ食べながらこの世界について説明をした。
「なんだと、そんなことがあるのか……」
「ええ。信じられないでしょうが、この世界はゲームになぞらえて作られていて、私はこの世界の攻略法を知っています」
「……信じられんと言いたいところだが、この数日で既にその言葉は使い果たしてしまった。……よかろう、君の言うことを信じよう」
「ありがとうございます」
教授も納得してくれたようだ。
明日も早い。夕食を済ませた後はすぐに寝支度をして就寝することになった。