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【4】大学と教授

翌朝、日が登り始めた頃に目が覚めた私は、欠伸をしながら一階の洗面所へと向かう。

今日もやらなければならない事が多い。すぐに身支度を済ませて出発したい。


ウェットティッシュで顔を拭き取りながらふと鏡を見ると、何か違和感を感じた。

肌に張りがある、目じりに(しわ)もない。これは……若返っている?


ゲームの主人公である私は、設定上は社会人一年目の新人ということになっているはずだ。

ひょっとするとその設定通りの年齢、つまり20台前半の姿に変化しているのでは無いだろうか?

今まで必死で意識してなかったが、そう言われてみると祥哉や由麻子も若々しい雰囲気だったような気がする。

改めてじっくりと見つめる。鏡に写っているのはどう見ても10年分は若返った自分の顔……思わずニヤけてしまった。


「……なに鏡見てニヤついてんだよ」


振り返ると祥哉がいた。いつから居たのだろう。


「朝っぱらから自分の顔ジロジロ見つめてニヤニヤしてるなんて、お前、そんなにナルシストだったのか?……気色悪っ、気色悪っ」


祥哉はブツブツと呟きながら洗面所を出ようとする。ドアに手をかけたところで振り返り、


「気色悪っ」


そう言って出ていった。そんなに何度も言わなくたっていいじゃないか。





朝食用に残していた弁当を食べ、身支度を済ませた私達はすぐに大学へと出発した。

所持品は聖槍サスマタリオンと拳銃に懐中電灯が一つだ。やはり初日同様に手荷物は最小限にし、機動力を優先させる作戦だ。

まだ2日目なのでゾンビの動きもノロく回避しやすい。

店舗にある物資は日数が経過するとゾンビに荒らされて回収が難しくなってしまうが、それも現段階では心配するほどでは無い。

水分や食料の補給が必要な時は適宜コンビニに立ち寄り、現地調達で済ませる予定だ。

それでも出来れば道中でリュックを手に入れておこう。昨日はあまり時間が無かったので、調達の目星が付かなかった。


ナナを拠点に残して私、祥哉、由麻子の3人で出発する。【幸運】は探索で有利に働くが、今日は生存者の確保と治療薬の作成がメインだ。

特に治療薬作成中はゾンビが近寄らないよう護衛を配置しなければならないが、これは運動能力の低いナナには向いていない。まだゾンビの動きが鈍いとはいえ、そこまで油断できる相手でもない。


拠点から外へ出ると朝の爽やかな風が私たちを出迎えた。道行くゾンビ達も晴天の中で大人しくしている。これなら移動は大丈夫そうだ。

拠点のドアを閉めると内側からナナが鍵をかけた……さあ出発だ。





大学まで慎重に歩いていく。

道なりに進んでいくと、道路沿いにスポーツ用品店があったので、手早く立ち寄ることにした。

人数分のリュックと金属バットを2本、防具として厚手の手袋と腕用のプロテクターにサイクリング用ヘルメット、ついでにキャンプ用のカセットコンロを持ち出した。

ちなみに残念ながら自転車は全てタイヤを(かじ)られていて使えそうになかった。食料だとでも思ったのだろうか?


「鬼が相手じゃこれでも撃退するのは厳しいだろうけど、今いるゾンビならこれで十分対処できると思うよ」


由麻子にバットを持たせながら言った。通常ゾンビなら建物内でもゆっくりと歩く程度なので、バットで簡単に撃退できる。


「分かりました……でも力には自信が無いので、お役に立てるかどうか……」


自信なさげに呟く由麻子の横で、リュックを背負った祥哉が話す。


「実際に制圧するのは俺と幌でやるさ。なあ幌、ゾンビへのトドメはお前のバットに譲ってやる」


そう言いながら祥哉はサスマタリオンを振り回してみせた。


「こら、危ないからやめなさい。由麻子……さんは自分の身を守る事を優先して下さい」


「あ……はい」


妻に『さん』付けで話すのは何年振りだろう。……付き合いたての頃を思い出してついつい顔がニヤけてしまう。


「……気色悪っ」


祥哉が呟く。

いいじゃないか、若返ったんだ。少しくらい思い出に浸らせてくれたっていいじゃないか。





そうこうしているうちに本日の目的地である大学へと辿り着いた。

それなりに広い敷地内には、講義棟や食堂に図書館など複数の建物がある。

ゾンビを避けながら一通り建物を外側から見て回り、どの建物に入ろうか迷っていた所、


「おーい、こっちだ」


と頭上から声がした。

見てみると6階建の建物の4階の窓から男性が身を乗り出して手を振っていた。


「まさかここまで生存者が来てくれるとはな。今そちらに向かうから、良かったら話をしないか?」


「分かりました。ここで待っていますので、お気をつけて!」


そう言うと男性は窓の中に引っ込んだ。

暫く待っていると玄関から大きなナタを持った男性が出て来た。50歳前後だろうか、髪は白髪混じりで、カジュアルなジャケットを着ている。


「いやぁ参るね。まさかいきなりこんな終末世界が訪れるなんてな……」


血の滴る刃物をぶら下げたまま、男は呟きながら歩み寄って来た。刃渡り30㎝程のかなり大型のナタのようだ。

刃物を見た由麻子がギョッとして肩をすくめるのが視界の端に映った。


「ああ、驚かせてしまったか? 済まない、まだ建物の中にゾンビがいてね。結構な数を大人しくさせたつもりだったんだが、どうにも勝手に建物へ入り込んでしまうようでね」


「そうなんですか……今まで無事で良かったですね」


「私の場合は運が良かっただけさ。ちょうど例のガスが噴き出た時私は自室に篭っていてね……ああ私はこの大学で教授をしているのだが……そうだな、立ち話も何だし、少し私の部屋で話をしないか?」


「ええ、お願いします。しばらく歩き続けていたので、私たちも少し休憩したかった所なんです」


「よかろう。ついて来なさい」


そう言うと男性は再び建物の中へ入っていった。

後を追って建物に入ると、頭をカチ割られたゾンビ達がそこら中に転がっていた。


「ヒャアッ」


思わず由麻子が悲鳴を上げた。


「大丈夫だ、もう動くことは無い。奴らは頭が弱点なのだ。コイツで潰してしまえば無力化できる」


教授はナタを掲げながらスタスタと歩いていく。随分と逞しいというか冷徹というか、アクション映画にでも出てきそうな教授だ。


私たちは4階のとある一室へと案内された。

中は10畳ほどの部屋で、壁一面に本棚が置かれており、びっしりと本が詰まっている。

部屋の中央にはパソコンの置かれた机があり、床には書類が乱雑に積み上がっている。隅の方には寝袋が敷かれていた。


「散らかっててすまんな。まあ座ってくれ」


教授は書類を押し除けて椅子を取り出した。


「有難うございます。……地質学者の地井 学さんですよね?」


座りながら確認をしてみた。地井 学。地質学者で【地質学】の特性を持っているはずだ。

物語後半になると街の所々でガスの噴出するエリアが発生する。このエリアではゾンビが活発になるので危険地帯となる。

【地質学】があるとどのエリアで発生するかが事前に分かるようになるので、安全なエリアを選んで探索をすることが出来る……という物だ。

ただ特性自体はそこまで強力な物ではなく、ガス噴出エリアが出たら探索を中断すれば良いだけなので、必須スキルという訳ではない。


重要なのは、ここでグッドエンディングに必要な情報が得られるということだ。ゲーム内ではこの人から情報を聞かないと最終目的地を選ぶことが出来ない。

勿論結末を知っている私にとっては聞かなくても分かっている事だが、ここはゲームの世界だ。聞いておかなければグッドエンディングに辿りつけないという可能性があるので、ゲーム通りに進めた方が無難、という考えだ。


それに教授を仲間に入れるもう一つの利点もある。教授は高性能なドローンを持っているのだ。

ドローンで空中撮影をする事で、ゾンビの密集地帯や安全な経路を事前に調査できる。これは地味ながら効果的だ。


「いかにも。私は地井 学だ。ひょっとして私の講義を聞いたことがあるのかね?」


「え、はい、そうです。何度かお世話になりました」


実際に教授に会うのは初めてだが、これは全くの嘘という訳ではない。

ゲームでは何度となく教授の講義を聞きに来ることになるので、嫌でも内容を覚えてしまう。


「そうか。では自己紹介は省かせてもらうよ。生存者に会えたのは僥倖(ぎょうこう)だ。この情報を少しでも多くの人に伝えたいのだ」


そう言って地井は語り始める。……このゲームをやり込んだ人なら分かるが、彼のセリフは結構長い。スキップボタンが無いのが悔やまれる。


「……君たちは『失われた地層』というものを知っているかね? 地層とは地球が誕生してから今日まで積み重ねられてきた歴史が刻まれている。何十億年も前の地表の情報や生命の痕跡が残されているのだ。しかし、ある時代の地層だけが世界規模でごっそりと抜け落ちてしまっている。『大不整合』などと呼ばれているそれは、最大で12億年分もの地層が空白になっているのだ。一説によるとその時期は地球が氷河期を迎えており全球凍結……スノーボール化したため、氷で覆われたせいで堆積岩が形成されなかった、あるいは凍結により形成された氷河が地表を削り取ったため地層が残されなかった等の説がある。いずれにせよ、世界中に空白の地層が眠っていることになる。……これは現在のゾンビによる終末世界から導き出された私の仮説になるが、もしそのスノーボール化した地表で未知のウイルスが発生していたとしたらどうなるだろう? ウイルス自身も過酷な氷河期時代を生き残るために宿主となる生命を狂暴化させて縄張りを広げ、より広範囲にウイルスを拡散させる、そんな細菌が誕生していたとしたら? そして氷に閉ざされたまま地層に埋もれ、何億年も眠りについていたとしたら? 世界中の大不整合に閉じ込められていたウイルスが世界規模の地震によって地表に噴出し、一斉に人間に牙を剥いたとしたら? まさに今の世界がそれなのではないだろうか。私はこの地震が発生する数日前から奇妙な予兆を感じ取っていた。各地の火山地帯を中心に特定の数値がまるで連動しているかのように推移していることを発見した。残念ながらもう少しデータが出揃ってから報告をしようとしていたのだが、その矢先に地震が発生してしまったせいでこのザマだ。世界中の機器が使えなくなったせいで、もはやデータを収集することはできない。だが既に傾向は掴めている。世界中のいくつもの火山と大不整合は繋がっているはずなのだ。日本国内では富士山がその火山に該当する。皆は気づいているかね? 地震発生後から富士山の火口からわずかに噴煙があがっているのだ。もう間もなく大規模な噴火が発生すると私は睨んでいる。そうなればこのあたり一帯は人間の生存できる環境ではなくなってしまう。……ここからはSFチックな妄想になってしまうのだが、もし世界を救う方法があるとしたら、噴火直前の富士山の火口にウイルス特効薬をぶち込むことで世界中のウイルスを駆逐できるのかもしれない。活発に流動しているマグマを通じて世界中の大不整合に特効薬を行き渡らせ、ウイルス特攻ガスを噴出させるのだ。そうすれば世界はウイルスの魔の手から解放され、生き残った人類で再び文明を再建できるのかもしれない。……いやすまん、さすがに妄言が過ぎたな。とにかく現実的な案としては、今すぐにでも北へ避難した方が良いということだ。噴煙やゾンビの手の及ばない安全な建物と土地のある所を探して細々と暮らしていく、それしか我々が生き残る道は無いと考えられる」


一気に話し切ると教授は水を一口飲んだ。


簡単に要約すると、世界中の地中からゾンビウイルスが吹き上がってゾンビ化が起きた。解決するには富士山にウイルス特効薬をぶち込む必要がある、ということだ。


もちろん現実的には失われた地層に未知のウイルスがあるはずもない。あっても世界同時にゾンビ化するなどという現象はありえないのだが、ゲームの都合上もっともらしい理由を作り上げてプレイヤーを納得させるための設定だ。そしてここはゲームの世界なので、現実のものとして対処するしかない。

私にはその対処方法は分かっている。あとは計画通りに準備を進めるだけだ。


ちなみに教授の北へ避難するという案はハズレだ。

避難した後に富士山が噴火するのだが、同時に非常に濃度の高いゾンビガスが世界中に吹き出してしまい、免疫のある私達ですら助からなくなる。つまり安全地帯を求めて逃げ回るだけではゲームオーバーは避けられない。


祥哉と由麻子には事前に説明をしていたので、二人とも退屈そうに話を聞いていた。誰も驚いた反応を示さないので、教授は少し不満そうにしている。

でも教授の話の長さにも問題はあると思いますよ? 周回するプレイヤーの身にもなって下さい。


「……さて、私はこれから噴火ギリギリまで周囲の調査をしようと思う。ネットも測定機器類も使用出来なくなってしまったが他にやる事もないのでね。……実は地質調査用のドローンを持っていてな、上空から地割れの状況を調査できるのだよ。君たちはどうするのかね? もし人手が必要なら私も何か手伝ってやろう」


ここで断れば教授は噴火直前まで私達と別行動をして過ごす。もし誘えば探索メンバーとして仲間に加わってくれる。


「もし宜しければ、ご同行願いたいです」


当然、仲間に誘うことにする。なにせ教授のドローンは有用だ。教授自身も身体能力が高く、ナタでゾンビを撃退したり多くの荷物を運んだりしてくれる。


「いいだろう。君たちと一緒にフィールドワークするのも楽しそうだ」


教授は嬉しそうな表情を浮かべた。



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