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【3】スカイツリーと幸運のナナ

拠点から徒歩で1時間程度の所にスカイツリーがある。

出発前に食事と水分補給を済ませ、手荷物は持たずに探索に出る。水だけでも持っていこうかと考えたが、リュックが無いので荷物は手で持たなければいけない。

今日の最優先目標は生存者の救出だ。手荷物が増えると、いざというときに動きが鈍ってしまう。手ぶらのほうが生存率が高くなると判断した。


祥哉はスカイツリーに登る事について何度も文句をいっていたが、手早く探索をすませて日が暮れるまでに必要品を用意するために再度近所を探索し直す、との約束をしてどうにか(なだ)めることができた。


由麻子には留守番をしてもらうことにした。一人で拠点にいるのは怖いと言っていたが、生存者の救出へ行くにあたって、非力な由麻子は足手まといになってしまう。


ドアの覗き穴から外を観察し、ゾンビが居ないことを確認してから外に出る。すぐに由麻子が内からカギを掛けた。

幸い拠点のすぐ近くにはゾンビは居ない。出来るだけゾンビの少ない道を選びながら慎重に歩き始めた。


緑色のガスは完全に見えなくなっていた。ガスの効果の切れたゾンビはやはり日中は鈍く、相当接近しない限りこちらに気付きもしない。


道中、商店街の入り口に(さす)(また)が落ちていたので、拾って持っていくことにした。

昼間のゾンビ相手なら、1体くらいはこれで動きを封じる事が出来るだろう。


「着いたぞ。ここからどうするんだ?」


スカイツリー真下の広場まで辿り着いた所で、祥哉が不貞腐れながら話す。


「もちろん、登るよ。電気はもう止まっているから、階段になるけどね」


拠点を出た時点で既に信号機の光は消えていた。非常電源のある施設以外は停電している。仮に動いたとしてもエレベーターで昇るのは危険だ。

祥哉の溜息が聞こえる。しかしこの探索は、このゲームでグッドエンディングを迎えるためには重要な事だった。


スカイツリー上部の展望台には羅月ナナという生存者がいる。そして隠しアイテムも存在している。

ラッキーセブンをもじった名前の通り、彼女の特性は【幸運】というものである。

探索時に物資を多く発見できたり、確率で発生するトラブルイベントが発生しにくくなる、等といったものだ。

この特性があるか無いかで最終日の最後、ゲームのエンディングが分岐する。

ただし、彼女を救うためには初日にスカイツリーに登って救助をしなければならない。翌日以降になると彼女は姿を消し、会えなくなる。


通常プレイ時、予備知識のないプレイヤーが真っ先に行きたくなる目的地はスーパーやホームセンター等で、資源回収の見込めないスカイツリーは後回しになってしまう。そのため彼女の存在にすら気付くことは難しい。


もちろん、この世界に彼女がいるという保証は無い。しかしこれまでの状況からすると、この世界自身が「これはゲームだ」と言わんばかりの挙動を示している。それならばこちらも全力で乗っかるしかない。ゲームだと割り切って利用できるものは何でも利用してやるつもりだ。


スカイツリー入口の、開け放たれた自動ドアをくぐって中に入る。非常灯は付いているが薄暗く、周囲のゾンビがこちらに気付き、ノロノロと亀のように鈍い動きでこちらへ寄ってくる。

祥哉が刺股でゾンビを押し除けて道を作りながら階段を探す。


『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアには何故か鍵が掛かっていなかった。幾つかのドアを開けたところで、階段を発見した。

コンクリート剥き出しの大きな柱をくり抜いたような空間に、金属製の無機質な階段が上へと続いている。窓は無いが非常灯がついており、問題無く登れそうだ。


展望台までは2000段程あるらしい。階段内部にゾンビの気配は無い。祥哉に目配せをした後、さっそく登り始める。


100段登り、200段登り。いくら登っても全く変化の無い同じ光景に飽きながらも順調に登っていく。

祥哉は【韋駄天】の効果だろうか、ぽっちゃり体型のくせにスルスルと登っていき、既に姿が見えない程距離を離されてしまった。時々、祥哉の持っている刺股が階段にぶつかるキンキンという音が頭上から響いてくる。


シャツの背中いっぱいに汗が広がるまで一生懸命登り続けた所で、ようやく小綺麗な壁のある空間に出た。2000段、登り切れたようだ。

祥哉は踊り場のドアの前で待っていた。


「遅いぞ」


「…いや、祥哉が、速すぎるんだって…」


息を切らせながらドアの前で合流した。

ドアの向こうからは微かにゴソゴソという物音がする。おそらくゾンビ達の足音だろう。

スカイツリーの展望台は360度全面ガラス張りで、日光を遮る建物もない。ゾンビの動きは鈍いはずだ。


息を整わせてから慎重にドアを開ける。ドアは重く、ゆっくりとしか開けられなかった。

ドアの先、短い廊下のすぐ先に窓があり、展望スペースが見える。

それなりの数のゾンビがいるが、こちらを見ることもなくフラフラとしている。

通行に邪魔なゾンビを刺股で押し除けながら二人で探索をする。

カフェ、レストラン、土産コーナー、と順番に見て回るが、生存者は見当たらない。


「あ、ちょっと待って」


土産コーナーのレジカウンターに置かれていた小さな青色のメダルを手に取る。

ここへ来たもう一つの目的がこれだ。


「なんだそりゃ?」


「さっき話した、10日後に必要になる物だよ」


「ふぅん」


祥哉は興味無さげに返事をした。


フロアを一通り見て回ったが、生存者の姿は無かった。


「まさかもうゾンビになっちまったんじゃないか?」


「それは無いと思う…けど。…そういえばトイレの探索がまだだったね。中に隠れてるのかも」


羅月ナナは女性だ。女子トイレに避難している可能性が高い。

非常事態とはいえ、女子トイレに入るのは気がひけるなぁ…、と躊躇っていたが、


「さっさと探すぞ」


祥哉はズカズカと入っていった。こういう図太いところは時々頼もしい。

トイレ内にもゾンビが一体いたので、刺股で外へつまみ出す。


「誰かいるかぁ?」


祥哉が呼びかけると、ガチャリと鍵を外して個室から女性が出てきた。

恐る恐る顔を覗かせ、こちらに気付くとホッとした様子で駆け寄ってきた。


「良かったあ、助けに来てくれたんですね!」


長めの黒髪に縁の赤い大きなメガネを掛けた、制服姿の女子生徒だった。両手で鞄を抱えている。


「羅月ナナさん、ですね?」


「えっ、そ、そうです。どうして名前を知ってるの?」


「えっと…、それは後で説明しますね。ひとまずここから出ましょう」


「は、はい…」


ナナは不思議そうに首を傾げていたが、私は内心ホッとしていた。目の前に現れた羅月ナナの姿がゲームのキャラクターそのままの姿だったからだ。現実世界での私の知り合いにはこの顔は居ない。


主人公の側近ポジションにあたる男友達と女友達はどちらも私の親しい人の顔を持って登場していた。…もし他の登場人物も全て見知った顔だったらどうなるだろうか? …彼らが現実世界の人物とリンクしていたとしたら?

もしそのキャラを見捨てなければならない場面に直面した時、親しい人物を取捨選択するなんて決断ができるだろうか?

そもそも登場人物は総勢100人いる。全員を救う事はシナリオ上では不可能だ。では誰を見捨てるか? …選べる自信はなかった。


しかし、目の前に現れた羅月ナナの姿は、ゲームのキャラクターそのままの姿だった。

確証は無いが、恐らく現実の人物とリンクしているのは私と祥哉、由麻子の3人だけなのだろう。そう思っておいた方が気が楽になる。


「よし、これで用事は済んだな? さっさと帰るぞ」


祥哉が急かしてくる。


「そうだね。戻ろう」


明るいうちに拠点の準備をしておきたい。祥哉も同意見だろう。生活用品が何も無い状態で一夜を過ごすのは体力を消耗してしまう。


「ここより安全な場所があるんですね?」


展望台の通路へ移動しながらナナが聞いてくる。


「ええ。少し歩きますが、一軒家の…うわっ!」


突然、隣の男子トイレのドアが大きな音を立てて吹き飛んだ。

驚きのあまり硬直する3人の前に、のっそりと赤黒い肌のゾンビが姿を現した。皮膚の一部からはヌルヌルとした粘液が分泌されている。


……マズイ。このゾンビは『鬼』だ。


このゲームには主に三種類のゾンビが登場する。

ゲーム開始から中盤までに出てくる普通のゾンビ、これは昼間は特に怖くはない。夜間であっても酔っぱらった暴徒くらいの脅威度だ。


次にゲーム中盤で主に出現する『飢餓ゾンビ』。これは少し厄介になる。昼間でもこちらの姿を目視すると小走りに襲い掛かってくる。夜間はまともに相手にすることが出来ないほど狂暴化する。


そしてゲーム終盤にかけて出現するのがこの『鬼ゾンビ』だ。

基本的にはゲーム内の日数によって出現するゾンビの種類が決まっているが、この鬼ゾンビはごく低確率ながら序盤にも出現することがある。

装備の整っている終盤ならどうにか対処はできる。しかしもし序盤で遭遇したのなら逃げの一択しかない。

この状況がゲームプレイ時に遭遇したものなら、すぐにリセットして最初からやり直す方がマシだ。


この鬼は日中でも非常に好戦的に動き回り、並の人間よりも力が強い。捕まったら一巻の終わりだ。……【幸運】のナナがいるのに、なんで出てくるんだ!


鬼と目が合う。一瞬の静寂が訪れ、


「逃げよう! 早く!」


そう言って二人の腕を掴んで走り出す。


「グオオアアァ!」


鬼は大きな咆哮らしきものをあげた後、猛然と走り出した。

私たちは通路上のゾンビを避けながら非常階段へと急いだ。鬼はゾンビ達を蹴散らしながら真っ直ぐこちらへ向かってきている。


「あたしたちなんかより、その辺のゾンビでも食べてればいいじゃん!」


ナナが叫ぶ。ごもっともだ。しかしこの鬼の好物はゾンビ化していない人間らしい。脇目も振らずに追いかけてくる。


展望台をグルッと一周し、


「よし、非常階段まで辿り着けそうだ」


鬼から少し距離を離すことができていた。これならギリギリ逃げ切れる……いや、これではダメだ。

非常階段のドアはかなり重く、ゆっくりとしか動かせない。多少は距離を離せたといっても、ドアが閉まり切るまでの時間は確保出来ないかもしれない。

ドアを閉めないと階段まで追ってくるだろう。祥哉だけなら逃げ切れるかもしれないが、私やナナは2000段もある階段のどこかで追いつかれてしまう。


「祥哉、ドアを閉める時間を稼がなきゃ!」


「あ? …ああそうか。ドアの前で奴を一旦押さえつけるぞ。お前も手伝え」


祥哉も察してくれたようだ。さすが私の腐れ縁、以心伝心である。


「ナナさんは先に非常ドアを半分閉じておいて下さい!」


「は、はいっ」


細かい打ち合わせは出来ない。ぶっつけ本番だ。


すぐにドアの前まで辿り着いた。鬼は数メートル後方だ。

ナナがドアの裏に回り込んで動かし始める。私と祥哉はドアの前で振り向き、二人がかりで刺股を構えて立ち塞がった。鬼はもう目の前まで迫っていた。


「せーのっ!」


タイミングを合わせて刺股を鬼の腰めがけて突き出す。ズシリとした衝撃が手に伝わってくるが、どうにか鬼の突進を押さえつけられた。


「うおおおお!」


そのまま反対側の壁まで押し込んでいき、最後の一押しで鬼を壁へ叩きつける。

バランスを崩した鬼は転倒した。すぐに起きあがろうとするも、自身の粘液で滑ってもたついている。


チャンスだ! これならドアを閉められる。急いでドアに向かおう。

祥哉は既に走っていた。私も刺股を引っ掴んで後を追う。

後は私がドアを通るだけという所で突然、ガチン! と音を立てて転んでしまった。


「バカヤロ、何やってんだ!」


祥哉が叫ぶ。しまった、刺股をドアの枠に引っ掛けてしまったのだ。

自分の間抜けっぷりを呪ったがもう遅かった。刺股を外した時、鬼はすぐ背後に迫っていた。

慌てて刺股を構えるが、一人では鬼の突進を押さえきれない。刺股ごと吹き飛ばされ、祥哉を突き飛ばし、非常階段の踊り場に鬼もろとも転がり出た。

ヒッ!とナナの息を呑む声が聞こえる。祥哉は勢い余って階段の下まで転がり落ちてしまった。階段の下でうめき声を上げている。


床に倒れた私のすぐ目の前に鬼の顔があった。咄嗟に蹴り飛ばして距離を取る。

しかし起き上がれない。鬼の粘液が手について滑ってしまった。

尻餅をついたままの私の前で、鬼がゆっくりと起き上がった。

ダメだ、飛びかかられる。


私に【主人公補正】があるのなら、いくら噛まれても死ぬ事は無いはずだ。しかしゾンビウイルスには感染する。今の時点で感染すれば治療するのは不可能だ。それにそもそも鬼を引き離せないと拠点にも帰れない。


詰んだ。


ゴメン、由麻子、芹香。


私はこの世界で死ぬ。


そう諦めかけた時、バァンと音がして鬼が倒れた。

音のした方を見ると、ナナが拳銃を構えて立っていた。


「それ…は?」


「これ…ピストル…本物の……あたし、銃を撃っちゃった…」


ナナはヘナヘナとその場に座り込んだ。腰が抜けたようだ。

鬼はピクリともしない。頭には小さな穴が空いていた。





「…地震が起こる少し前に、観光客同士で小競り合いがあって、展望台まで警察の人が来てたんです。…あたしはその後トイレに入って、それで地震があって…。しばらく篭ってたんだけど、急に外が騒がしくなって、怖くて余計に出られなくって…」


階段を降りながらナナが語り始めた。


「しばらく経って静かになったから外に出てみたんだけど、友達も周りの人もみんな変になってて…警察の人は血まみれになって倒れてるし…どうしたらいいか分からなかったけど、とにかく自分の身を守る武器が必要だって思って。…拳銃を…でも紐で繋がれてて取れなかったから、ベルトごと持ってきちゃった…」


そう言いながら拳銃を見せてくれた。ブラブラと紐が垂れ下がっていて、ホルスターと繋がれている。

警官は恐らくガスに耐性のある人だったのだろう。なまじゾンビにならなかったが故に噛み殺されてしまったのだ。


「そんな状態で良くゾンビにヘッドショットが決められたなぁ」


頭に命中したのはナナの【幸運】のおかげだろう。祥哉が感心した様子で呟く。

ちなみに私はかろうじて鬼に噛まれてはいなかった。あれだけ至近距離まで詰められたのに感染しなかったのは運が良かった。これも【幸運】の効果だろうか?


「あたしもビックリしました…ホントに無我夢中で。…あの、これ良かったら持ってて貰えますか?…あたし、怖くてもう撃ちたくないです」


そう言ってホルスター付きの拳銃を渡してくる。


「ありがとう。でもここにいる人は誰も射撃経験なんて無いんだけどね。…祥哉、持つ?」


「いや、お前が持っとけ。そういうゲームは得意だったろ。代わりに刺股は俺が貰う」


「うーん、ゲームと現実じゃ全然違うんだけどなぁ」


そう呟きながら祥哉に刺股を渡す。

FPSなどのいわゆる射撃ゲームは割と良く遊んでいたが、ボタン一つで乱射できるゲームと現実では比較にならない。

銃を撃つためには構え、狙い、引き金を引く動作がある。もちろん発砲後の反動もあるし、的になるゾンビだって動きの予測ができない。よほどの至近距離でも無いかぎり、訓練されていない素人がまともに扱えるものでは無いだろう。


ああ、これが只の夢だったらなぁ。気兼ねなく祥哉を蜂の巣にしてストレス発散するのになぁ…。

…いかん、鬼の脅威を無事に潜り抜けた反動か、どうにも気が緩んでしまう。まだ初日も終わっていないんだ。しっかりしろ。


「ところで、拠点…ですか? そこには他に誰かいるんですか?」


「ええ。妻…じゃなかった、女性が一人いますよ」


「あ、そうなんですねぇ」


ナナは少し明るい声になった。そりゃそうだろう、一軒家に冴えないおじさん二人と一緒に、いつ終わるか分からないサバイバル生活をするなんて、女子生徒が望むはずもない。





階段をひたすら降りて、ようやく地上に出たところで一息ついた。汗だくになりながら近くのコンビニを探し、飲み物をいただく。


時刻は15:30を回っていた。のんびりしていると日が暮れてゾンビが暴れ出す。休憩も程々にして出発を急いだ。

またしても鬼に遭遇…なんてことは無く無事に拠点に到着し、鍵を開けて中に入る。すぐに由麻子が出迎えてくれた。


「お帰りなさい! 無事で良かった…」


「結構危なかったけどね、まあ何とかなったよ。あとこちら、生存者のナナさん」


「初めまして、羅月ナナです。よろしくお願いします」


「こちらこそ宜しくね」


挨拶もそこそこにして、またすぐに探索へと向かうことにした。日が暮れる前に物資を確保する必要がある。


拠点まで運びたいのは、食料品に各種衛生用品…トイレットペーパーやタオル、懐中電灯などだ。

それから寝具も欲しい。何せこの家には家具が一切無い。辛うじて鏡付きの洗面台とキッチンはあるが、水も出なければガスも出ない。


探索は4人全員で行う。少しでも多くの荷物を一度に持っていきたい。


まずは最寄りのコンビニに行き、中にいるゾンビを刺股でつまみ出していく。少し空が暗くなってきているせいか、ゾンビはこちらと目が合うとゆっくりと歩き出すが、まだ簡単に誘導できる。

店内の安全が確保できたところで、祥哉以外の3人で手当たり次第に品物をビニール袋に詰め込んでいく。詰めたビニール袋は一先ず店の外に出す。祥哉はゾンビが店内に入らないように門番の役割を果たす。

……似合ってるぞ、祥哉。猪八戒みたいで。


目ぼしいものを一通り出した所で、ビニール袋の持ち手を刺股に通していく。通せるだけ通した後に、刺股の両端をそれぞれ私と祥哉で担ぐようにして持ち上げる。


「よいしょっと…。まさか刺股で棒担ぎをする日が来るとはなぁ」


「祥哉、似合ってるよ」


「うるせ」


おちょくりながらノコノコと運ぶ。女性陣二人にも袋を持てるだけ持ってもらった。

台車や車が使えればもっと効率的だろうが、道路の陥没具合から(かんが)みるに、余計に時間がかかりそうだったので、原始的な方法に頼ることにした。


道路を彷徨(さまよ)うゾンビと目が合うようになってきた。いよいよ時間が無い。

無事に拠点に荷物を運び終えることができた。あとは寝具が欲しい。硬い床では疲れが取れない。


急いで隣家に向かう。隣家も同じような間取りの一軒家だが、こちらは家具類はあるものの窓ガラスが割れて散乱し、玄関のドアも鍵が壊れていた。【幸運】にも中にゾンビはいなかったが、ここを拠点代わりにするのは無理だろう。

隣家の寝室から布団を運び出しつつ、ふと考える。ひょっとすると、現在拠点にしている一軒家以外は、拠点として安全に運用出来ないのでは無いだろうか?


ゲーム内では設定された拠点以外で夜を明かすことは出来ない。この世界での法則について良く分からない部分が多いが、ゲーム上設定されている事象については、現実の物理法則を歪めてでも無理矢理当てはめてしまうのでは無いだろうか。


例えば【韋駄天】だ。現実の祥哉はぽっちゃり体型で運動神経もそこまで良いとは言えない。しかしゲーム内での祥哉の立ち位置は主人公の男友達に当たる。このキャラは元陸上部で体力がある。祥哉自身の体型から繰り出される動きよりも、【韋駄天】を持つキャラとしての動きが優先されており、不自然に素早い行動をする、という見方ができる。


一方で、ゲーム内では食事や治療などはコマンド一つで一瞬のうちに行われる。食べたいものを選んでボタンを押すだけだ。しかし今はコマンドなどという物は無く、現実世界と同様に食べるという所作が必要だ。


これは仮説になるが、物理法則を無視してとことんゲームを元に反映される世界と、あくまでも現実的な挙動であろうとする世界、この2つがごちゃ混ぜになっているのでは無いだろうか。


そうであるとすれば厄介だ。どこまでがゲームっぽい挙動で、どこまでがリアルな挙動になるのか、見極めなければならない。私が持っているであろう【主人公補正】もそうだ。例えばもし私がスカイツリーから飛び降りればどうなるか?


飛び降りて即死するというイベントは存在しない。だからHP1の状態で生き残ることは出来るだろう。しかし人間は生身で数百メートル落下して無傷でいられる生物では無い。

全身の骨が粉々になって内臓が潰れてもゲーム的にはHP1という扱いで生きながらえるのだろうか? それとも骨も内臓も無事でピンピンしつつも、ただゲーム上はHP1ですよ、という状況になるのか?


試してみたい気持ちはあるが、もし前者だったら残り10日間をボロ雑巾のように這いながら攻略することになる……怖すぎる。


…などと考えているうちに布団を運び終わっていた。

全員拠点に戻ったことを確認してドアを施錠する。


布団は2階に敷くことになった。一階は窓が全て板で塞がれていて暗いのと、恐らく夜中にゾンビが窓を叩いたりするので、騒がしくなって眠れないだろうと考えたからだ。

ちょうど2階には部屋が2つあるので、男部屋と女部屋に分けることにした。


男部屋に布団と荷物を敷いたところで、ようやくホッとする。ここまで一日中ずっと駆け足でやってきたのだ。張り詰めていた緊張の糸が途切れてしまった。

横を見ると祥哉は既に布団の上で伸びていた。


「ああー、疲っかれたぁ…」


「まだ寝ないでね。この後夕飯食べて、皆で今後の相談もしておかないと」


「わーってるよ…」


そう言いながら祥哉は目をつぶっている。放っておいたら寝てしまうだろう。


「ほれ、行くよ」


「ぬうぅん…」


祥哉を無理矢理起こして一階へと降りる。階下では既に由麻子とナナが夕飯の用意をしていた。


「一応、消費期限の近い方から順番に並べておきました。好きなのを選んで食べましょうか」


「そうだね、食べちゃおう」


皆でコンビニ弁当の山を分け合って食べ始めた。電子レンジが無いので冷めてはいるが、十分に美味しく頂ける。

弁当と一緒に氷も袋ごと持ってきている。少し溶けてはいるが、一晩位なら冷蔵庫の代わりにはなるだろう。





「ところで、明日からはどうするんですか?」


食事が終わり、余った弁当を氷入りの袋で包みながら由麻子が聞いてくる。


「明日も別の生存者を救助しに探索に向かおうと思う。場所は…大学だね。その翌日も物資調達と生存者の救助…ああ、それに研究施設にいってゾンビウイルスの治療薬も作成してもらいたいな」


「…やる事がいっぱいですね」


「ゲームクリアに向けて準備することが山ほどあるからね」


ちなみにこの街の地図は現実のものと似て非なる物のようだった。

道端でマップを見た時も、スカイツリーの位置はそのままだったが、本来は無いはずの場所に大学や病院があったり無かったりしていた。

現実の土地勘を活かしにくい反面、ゲームのマップが頭に叩き込まれている身としては、どこを探索すればいいか分かり易いのは助かる。

明日探すことになる生存者も、大学で探索すれば会えるということは知っているが、じゃあ具体的にどの大学に行けば良いのかまではゲーム内でも表示されていなかった。この周辺全ての大学を見て回るのはあまりにも時間がかかり過ぎてしまう。


「探索に行くのは俺と幌だけで十分だろ。ゾロゾロ行ってもかえって危険じゃないかぁ?」


「それは確かにそうなんだけど、明日に関しては由麻子も一緒に来て欲しいんだ」


「私、ですか? どうして?」


「大学にいる生存者を救助した後、由麻子にはゾンビウイルスに対する治療薬を作ってほしいんだ。研究施設は大学に隣接しているから、ついでに立ち寄ることが出来るはず」


「なるほど。確かに私なら治療薬は作れます…そう、詳しい原理はよくわからないけど、研究施設に行けば作れる…そんな気がする…」


由麻子が少しぼんやりしながら呟く。【医学】持ちの由麻子は治療薬を作れるという設定がある。しかし現実の由麻子はただの専業主婦だ。現実と設定の剥離が彼女を混乱させているのかもしれない。


「そう。出来れば明日と明後日で研究施設に行って、治療薬を作り溜めしておきたいんだ」


1日に作成できる治療薬は一個で、なかなかに貴重なアイテムだ。研究所の非常電源装置は3日しか持たないので、4日目以降は作成が難しくなる。安全に攻略を進める上では実質2個しか手に入らない。

ゲームであれば感染者が出ても簡単に見捨てられるが、現実と融合したこの世界で祥哉や由麻子を見捨てるという選択肢は選びたくない。





「ふあぁ、明日の予定は決まったな。…そろそろ寝ないか?…もう目が開かん」


祥哉が目をこすりながら呟く。女性陣ももう眠そうだ。


「そうだね。明日も早いし、今日はもう寝よう」


各自、寝る準備をして就寝することになった。

寝る前に、階段には念のため荷物を積んで簡素なバリケードを作った。これで万が一ゾンビが階段を這い上がってきても襲われる前に気付くことができる。


「それにしても、刺股は大活躍だったなぁ」


「あれが無かったら鬼から逃げることが出来なかったかもね…」


布団を被りながら祥哉と話す。確かにギリギリの状況だった。鬼を刺股でなんとか抑えられた事、ナナが【幸運】にも拳銃を所持していてヘッドショットを決められた事…。一歩間違えればすでにゲームオーバーになっていてもおかしくなかった。


あの刺股には何か名前を付けてあげなきゃいけないかな? うーん、サスマタリバー、サスマタリオン、アル=サスマター…どれにしようか…


などと不毛なことを考えているうちに、意識は徐々に夜の闇へと飲まれていった。







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