【2】現実の世界?
『生き残れ! ゾンビサバイバー』
少し前に発売されたインディーズゲームのタイトルだ。
内容は、ゾンビの徘徊する世界で食糧や資源を確保しながらサバイバルをするという、よくある生存シミュレーションゲームだ。
総勢100人のキャラが存在し、街を探索して生存者を保護することで仲間が増える。初期メンバーは主人公の男友達と女友達がおり、皆で生存を目指して奮闘していく。
キャラクター毎に特殊能力があり、探索や生存に役立つスキルも存在する。
この世界がゲームの設定通りに再現されているなら、私や祥哉たちにも能力が備わっている可能性が高い。屋根裏の食料が得られたという点で、その信憑性は高まった。
というのも、この食料はゲーム開始時のチュートリアルで自然に手に入るものだった。この家を寝床にしていた不法侵入者の置き土産、という設定になっている。
普通に考えて屋根裏に食料なんてあるはずがない。ゲームの設定どおりにアイテムがあるなら、スキルもゲーム通りに備わっている、と考えても良さそうだ。
このゲームの流れとしては、まずこの家を拠点として、周囲を探索して資源の確保や生存者の保護をする。もしくは拠点に籠ってバリケードを強化する。
1日のうち行動可能な時間には限りがあり、何かしらの行動をする度に時間が経過して、リミットを過ぎるとその日の行動は終了となる。夜間はゾンビが活発化するので探索は出来ない。
ゲームでは10日間生き延びればノーマルクリアとなる。ただし隠し要素があり、そちらの条件も満たせればより良いエンドが見られる。
生存者は毎日水と食料を消費する。もし不足した場合は空腹や脱水症状といった状態異常になり、ペナルティが発生する。1日程度であれば気にするほどでは無いが、数日続くとステータスが大幅に減少していき、行動に大きな制限がかかる。
商店などを探索すると簡単に手に入るが、終盤になるとゾンビが狂暴化し、手に入りにくくなる。
このゲームでのHPはヘルスポイントと呼ぶらしく、怪我や病気など身体的な負担がかかると減少する。これは治療や時間経過で回復できる。
HPが1でも残っていれば大丈夫だが、0になると死亡する。蘇生することは出来ない。
人生で初めて見る夢がゲームの中の世界とはね、しかも随分とリアルな上に設定もしっかりしている……ちょっとゲームをやり過ぎたかな? まあせっかくだし目が覚めるまで思いきり遊んでやろう!
考えが纏まった私は勢いよく押し入れから飛び出した…が、
「あいたっ」
勢いをつけすぎたせいで思わず転んでしまった。後頭部がズキズキする。
……待てよ、痛いだって?
戸惑いながら頬をつねってみる。夢だと分かった時点で最初に試すべきだった。
…やはり痛い。
とたんに背筋が寒くなる。これは夢じゃない…? ではこの世界は何だ?
夢でも現実世界でもない…異世界?
「大丈夫ですか?」
由麻子が心配そうに聞いてくる。
「だ、大丈夫、多分…」
頭が一杯になりながらどうにか返事をする。…ここは改めて考えをまとめる時間が欲しい。
「…すぐに行くから、先に一階に降りて待っててもらってもいい?」
「何だぁ? 脳震盪でも起こしたかぁ?」
祥哉がガラにもなく心配している。
「いや、大丈夫。ちょっと落ち着いたら行くよ」
「ふぅん、じゃあ下で待ってるぜ」
2人は一階へ降りていった。私はその場に座り込んで考えをまとめ始めた。
まずはこの世界についてだ。ゾンビの溢れるゲームの世界、非現実的な現実。
実は壮大なドッキリでした! ……という可能性は考えられない。街全体を巻き込んでとてつもない仕掛けを用意して平凡なサラリーマン1人を驚かす? あり得ない。
じゃあ考えられるのは異世界転移? …いや、そんな非現実的な現象は信じたくない。
しかし一方で私が今体験した事柄は、そんな信じたく無い世界を肯定している――突然の街中へのワープに天変地異、物理法則を無視するようなぽっちゃり祥哉の走り方、ゲームと同じ位置に隠された食料。
ここがゲームを元にした異世界という事でなければ説明がつかない。
ここは異世界で、ゾンビの溢れる終末の世界。理解が追い付かないがゾンビは待ってくれない。
……腹を括るしかなさそうだ。頭の回路がフリーズしかかっているが、無理やりにでも切り替えなければならない。
それならば、これからやるべきことはただ一つ、とにかくゲームクリアに向けて行動することだ。このゲームにはエンディングがある。今日から10日間生き残り、ゾンビウイルスを殲滅する事が出来ればグッドエンディングだ。
クリアしたらどうなるかは今のところ分からない。もしかしたら元の世界に戻れるかもしれないし、永遠にこの世界で生活するのかもしれない。だからといって他に目指すアテもないので、当面はゲームのルール通りに進めるのが良さそうだ。
この世界がゲームを忠実に再現しているのだとしたら、初日から全力で行動を起こす必要がある。
と…その前に現在のメンバーについて確認しておこう。ゲームでは初日に拠点へ逃げ込むのは主人公とその友人2人の計3人だ。立ち位置から推測すると私が主人公のようだ。
主人公は【主人公補正】という特性を持っている。文字通り強力な特性で、いかなる状況でもHPが0にならない、という物だ。0にならないのならゲームからドロップアウトすることは無いんじゃないか? と思うかもしれないが、ゾンビ化や即死イベント等は無効にできないので、油断すると簡単に死んでしまう。
ちなみにこのゲームでは主人公が死んでしまうと、他に生存者が残っていてもゲームオーバー扱いになってしまう。
祥哉はおそらく主人公の男友達にあたるキャラで、元陸上部という設定があり、【韋駄天】を持っている。素早さが高く、俊足を生かしてゾンビとの戦闘から高確率で逃げることが出来る、というものだ。祥哉の爆走っぷりを見るに、この特性が備わっているのは間違い無さそうだ。
そして由麻子は【医学】を持っているはずだ。応急手当を行うことで、怪我等で減少したHPを回復することができる。さらに条件が揃えばゾンビ治療薬を作成することが出来る。ゾンビに噛まれるとゾンビウイルスに感染し、噛まれたキャラは1時間後に死亡扱いとなる。この治療薬があるのと無いのとでは生存確率が大きく変わってくる。
ゲーム開始直後はこのメンバーでスタートする。残りの生存者は特定の地点を探索することで合流できる。
あとは物資だ。終盤に備えて今から準備をする必要がある。その為にもやはり街に出て探索をしなければいけない。
大丈夫、このゲームはそれなりにやり込んでいる。上手く立ち回れるはずだ。…そう自分に言い聞かせながら立ち上がって一階に降りる。
階段を降りた所で一階のリビングから祥哉と由麻子の話し声が聞こえてくる。
「これからどううなるんでしょう?」
「世界規模で混乱しているようだしなあ、救助が来るのも難しいかもしれんなあ」
「残念だけど助けは来ないよ」
2人の元へ歩み寄りながら断言をする。
「2人とも、これからは私の指示に従って行動して欲しいんだ」
「どうした急に……随分と自信満々だな、俺が嫌だといったらどうする?」
「嫌でもやってもらうよ。3人が生存するにはどうしても効率的に動く必要があるからね」
祥哉の顔が歪む。彼とは十数年来の付き合いだ。人に命令されるのが嫌な性格なのは重々承知している。
「…私は指示してもらった方が良いかな。こんな状況でどうすればいいか分からないから」
由麻子は同意してくれた。
「……」
祥哉は黙って睨んでいる。
「さっき食料を見つけた所を見ていたよね? 実はこの世界で起きている事と、これから起こる事が分かるんだ、信じてほしい」
祥哉はしばらく悩んでいる様だったが、
「…俺が納得出来ないような指示だったら聞かないからな。あと知ってることがあるなら全部話してくれ」
そういってドカっとその場に座り込んだ。
「ありがとう。話すよ」
同じく座り込み、さっき考えた事をまとめて話し始めた。
「つまりこの世界はゲームで、10日間生き残ったら勝ちなんだな?」
祥哉が確認する。
「そうだと思う。とりあえずこの家を拠点にしてしばらく過ごすことになるよ」
「何だか不思議な話だね」
由麻子が口を挟む。
「幌さんの夢の世界に私たちがいて、でも現実の私とは違う存在だって。それにその……私と幌さんが夫婦だなんて……それなら今ここにいる私達は一体何なんでしょうか?」
「分からない。ただの夢の住人かもしれないし、もしかしたら現実の人物とリンクしていて、この世界で死んだら元の世界でも死んでしまう、なんてことになるかもしれない」
由麻子が難しそうな顔をする。
「俺を見殺しにするのはやめろよ」
祥哉が鋭くツッコむ。
「そんな事しないよ」
いくらゾンビのはびこる終末の世界だからといっても、親しくしている顔を持った人物を見殺しにするのは気が引ける。
「ところで食料も水もこれだけじゃ10日なんて持たないぞ? 窓のバリケードだって毎日ゾンビに叩かれ続けりゃいつかは壊れちまう」
「うん、分かってる。これから外に出て探索をしよう」
「まあ当然だな。で、どうやって? 何処へ? あんなに凶暴なゾンビ相手に丸腰でどう対処する?」
「日中はゾンビの動きは遅くなるよ。さっきのはガスが噴出した直後だったからだね」
明るい所では序盤のゾンビはほとんど動かない。一方で夜間や暗い所では凶暴化し、積極的に襲いかかってくる。
ちなみにゾンビガスは感染範囲はとても広いが、感染力自体は強くないらしい。100人に1人の割合でガスに抵抗できる力を持つ人がいる、という設定だ。まあそれでも直接噛まれたら否応なしに感染してしまうのだが。
「ふーん、じゃあ暗くなる前に帰ってくれば良いわけかぁ。なら手始めにスーパーで食料品でも持ってくるか? それかホームセンターでバリケード用の資材やら武器になりそうなものを漁るのもアリだな」
「あの、ついでに近くのコンビニでも良いので、下着とか色々揃えたいものがあるんだけど…」
移動には当然時間がかかる。コンビニはともかくホームセンターはここから少し距離がある。ゾンビを避けながら大荷物を抱えて全部を回るのは難しい。
私はふとスマホで時刻を確認する。
11時30分……よし、まだ間に合う。
反応を待っている二人に対して、ちょっと勿体ぶってから返事をする。
「いや、これからスカイツリーへ登りに行こう」