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『本日、首都東京区居住区A-201で起こった<花>の侵攻に関して、新たな情報です』
『FDCAの発表によると、今回の<花>の動きに不可解な点がいくつか見受けられたということで、人為的な<花>への干渉があったのではないかと――』
「ニュースになっちゃうなんて、今回は派手にやりましたね」
壁一枚を隔てて聞こえるキッチンの水音。リビングのテレビは夜のニュース番組を伝えている。でかでかとテロップが流れる四角い画面を一瞥して、鈴葉は思わず苦笑した。
「わざとじゃないもん! 女の子がねぇ、食べられちゃいそうになってたんだよ? 見過ごすわけにはいかなかったんだってば~」
「はいはい、わかっていますよ。ほら、もうちょっとで取れますから。前を向いててくださいね」
不満げに唇を尖らせて振り向いた夏は、鈴葉の言葉に再び背を向ける。彼女のまるい後頭部から腰のあたりまで伸びた淡い金色の髪には――純白の花をつけた朝顔の蔦が絡みついている。それを丁寧にほどきながら、鈴葉はくすくすと笑った。
「夏ちゃんも柊も優しいんですね。わたしなら見殺しにしているところですよ」
「え~? すずはそんなひどいことしないよぉ。この前も、学校帰りに<花>をやっつけたんでしょ。勝手に怪我すると、またしゅうに怒られちゃうよ?」
「……もう、千尋さんから聞いたんですね? 内緒にしておいてって、言ったのに」
さらりとした絹のような髪に絡む緑色の蔦は、夏が芽吹かせ使役しているものだ。一言命じれば簡単にほどけるであろうそれを、あえてそのままにして夏は帰ってきた。その意味に気づかない鈴葉ではない。
甘えん坊でかわいい、一つ年下の同居人。彼女のまろやかな色によく映える朝顔の最後の蔓を取り去って、鈴葉はそっとその髪を梳いた。
「はい、終わりましたよ」
「ありがとお、すず~。ちょっとねぇ、今日の子たちは言うこと聞かなかったんだよねぇ」
ほにゃほにゃと笑いながら、夏は甘えるように鈴葉にすり寄る。その桜色の瞳は満足げに細められて、もちもちとした頬が胸元に埋まる。人懐っこい小動物に似たその仕草に、鈴葉はむぎゅっとその小さな身体を抱きしめた。
「ああ~、夏ちゃんはほんとにかわいいですねぇ――食べちゃいたい」
「んえ? なつはおいしくないよぉ」
「夏ちゃんからはいつもいい匂いがしますから……きっと甘くておいしいですよ」
「わあ。なつ、食べられちゃうぅ」
夏の頬に唇を寄せて、すうっと息を吸い込む鈴葉。夏もこわい~。と口では言ってみせるが、実はまんざらでもないと思っていることは表情の端々から滲み出ていた。
誰一人咎める者のいない少し狭いリビングには、少女二人の甘ったるい空気が満ちている。
「おい、飯にするから手伝え」
そんな空気を裂いてキッチンから顔を覗かせたのは、相変わらず感情の見えない表情を浮かべる彼だった。
「ねえ柊、夏ちゃんっておいしそうだと思いますよね?」
「は? なにを当たり前のことを、いまさら」
「ねえしゅう、今日の晩ごはんなあに?」
「カレー。早くしないと千尋が起きてくるから、手伝って」
ぱっと跳ね上がるように立ち上がった夏は、当たり前のように柊にしがみつく。呆れたように息を吐きながらも、ぽんぽんとその頭を撫でながら再びキッチンに戻る柊。そんな彼に続いて歩きながら、鈴葉はによによと口元を緩めていた。
「そうですよねぇ。夏ちゃんはこう、頭からパクっといっちゃいたくなるかわいらしさがあるというか」
「――まあ、お前もうまそうだけどな。肌やらかいし」
「っ……」
柊はふにっと鈴葉の頬をつまんで、その手でカレー皿に白米を盛る。カチッと固まった鈴葉を見て、夏はくすくすと笑った。
「しゅう、こういうとこだよぉ」
「は?」
「わあ、無自覚こわ~い」
こんな会話をしている間にも、鈴葉の白い頬が真っ赤に染まっていく。両手で顔を覆ってへたりと壁に体を預ける、彼女の様子がおかしいのは実はいつも通りだった。
「どうして……ドウ、シテ……」
「おい鈴、手伝えっつってんだろ」
「無茶だよ、しゅう。さっきのはたぶん、なつでも死んじゃうもん」
「だからなにがだよ」
いぶかしげに首を傾げる柊の鈍さも平常運転だ。見慣れた光景に夏はやれやれと肩をすくめて、人数分のスプーンを片手にキッチンを飛び出した。