≫2≪
あけましておめでとうございます! 昨年はほとんど活動しないまま終わってしまいましたが、今年は心機一転頑張っていけたらいいなと思っております。改めまして、秋斗の小説をよろしくお願いいたします。
「……それで、この朝顔は一体?」
「軍研いわく、<花>ではなくただの植物のようだ。詳細は分析を待ってくれとよ」
「わかりました」
ブーゲンビリアは無事に<駆除>された。消毒作業が行われているオフィス街の一角。夏代は軍服の襟を緩めながら、可憐に花を開くその奇妙な植物――白い朝顔を見おろしていた。
「動く植物に<花>を枯らす氷柱――あのお嬢さんの証言通りなら、これは間違いなく<花瓶>の所業でしょうね」
「そうだな。……しかしまあ、どうする? 夏代」
「どうするとは?」
「なんの<花>が寄生している<花瓶>の力か知らないが、こいつはFDCAが把握していない能力だ。つまり、政府未登録の<花瓶>がいるってことになる」
萎れかけた朝顔。氷柱は溶けて、今はわずかに水たまりが残るばかり。
「――芦屋。君は、<花瓶>の失敗作について聞いたことはありますか?」
「あ?」
突然方向を変えた会話に、芦屋と呼ばれた男は白目がちな目で夏代を見下ろした。
「なんだよいきなり……白い<花>の宿主の話だろう? めったに咲かない希少な<花>を使って<花瓶>をつくったはいいが、ろくに力も制御できない欠陥品ができたって話だ」
「はい。FDCA発足以前につくられた<花瓶>のプロトタイプのうち、廃棄処分になった四体の話です」
夕日に長々と伸びる二人の影。ビル群を吹き抜ける春の風は少し強く、夏代の髪を揺らした。
「白い<花>は、通常の<花>のように人間への攻撃性を持っていない。しかし<花瓶>の材料となると扱いが難しく、当時は適性のある宿主を見つけることすらも難航していました」
「まるで見てきたような口ぶりだな」
「対花省勤務時代、よく軍研に出入りしていましたから。白い<花>の宿主を直接見たことこそありませんが――研究員の愚痴は、常に耳に入っていました」
<花>を人間に寄生させ、特殊な能力を与える技術。『毒を以て毒を制す』とはよく言ったもので、<花>の宿主――<花瓶>が持つ力は唯一の<花>への対抗策となっていた。
「それで、その失敗作とやらと今回のことが、どう関係してるって言うんだよ。廃棄処分になったってことは、白い<花>の<花瓶>はもうとっくに死んでいるんだろ」
「……この話は、そう簡単には終わらないんですよ」
芦屋を見上げる、夏代の紫色の目が淡く光を反射している。どこか神秘的に揺らめくその色は、真実を知る色だった。
「現在、白い<花>の<花瓶>に関する情報は個体識別番号しか残されていません」
「は?」
「他のデータは盗まれたんですよ。廃棄された失敗作たち自らの手によって」
消毒作業員の声が、いやに響いて聞こえる。沈黙の空は、宵闇に沈みかけた濁った色を見せていた。
「――つまり、白い<花>の<花瓶>は廃棄処分寸前に逃げ出したと、そういうことか?」
「そうなりますね。この話は、軍研最大の秘匿でありタブーです。でも、もし今回のことにその<花瓶>が関わっているとしたら?」
「辻褄は合うな。FDCAのデータベースにない能力を持った、政府未登録の<花瓶>。まあ、力を制御できないから廃棄されたっていう出来損ないのわりに、器用すぎるのが若干引っかかるけどな」
「そうですね。私もそこが腑に落ちません」
芦屋は地面に落ちた朝顔をまた一瞥する。これが、人ひとりの命を救った――同じ<花瓶>であるからこそ、その技術力の高さをいやというほど実感する。こんな器用な<花瓶>を、FDCAが簡単に切り捨ててしまうとは思えなかった。
「しっかし、そういう話を聞いちまうと不確定な要素が多すぎるな。いずれにせよ、今の俺たちが手を出せる案件ではない」
「そうですね……少なくとも、今は」
芦屋は頭の後ろをかきながら、これ以上考えることをやめたようだ。しかし、夏代の表情は晴れない。
(きっと、これだけじゃ終わらないな)
夏代の胸を、嫌な予感が打つ。なにか厄介なことに巻き込まれてしまいそうな、そんな予感。思わずため息がこぼれる。
朝顔の花は白かった。
朝顔
ヒルガオ科サツマイモ属の一年草。七月から十月にかけて、蔓に赤、青、白などの円い花を咲かせる。
白い朝顔の花言葉は「固い絆」「あふれる喜び」など。