冒涜的なクリームソーダ
この作品はクリームソーダ祭りの参加作品です。
終盤少し加筆しました。
まだダイヤルを回して電話をかけていた頃。
当時は景気が非常に良かった。だから今を生きる皆さんは、これから語る私の記憶に強い憤りを覚えるかも知れない。どうか寛大な心で受け止めていただきたい。
また、この話にはいくぶんかのフィクションが組み込まれている。プライバシー保護の目的もあるが、あまりにも昔の話なので記憶が欠けているからだ。
何もかも作り話と判断していただいても構わない。
子供の頃、夏休みは祖父の家で過ごした。小学生が夏休みでも、両親は仕事だった。ほとんどの大人が家庭をかえりみることができない時代だ。幼かった私はそういう物だと受け止めていた。
田舎には同じような境遇の同世代が複数いた。
彼らの名前がどうしても思い出せない。
仕方ないので、祖父の家の隣の、私の一つ上の友人を『エタナールフォースブリザード』と呼ぶことにする。
その隣の当時中学生のお姉さんは『デザートイーグル』、エタナールフォースブリザードの家の裏に住む二つ年下の子は『グレートソード』と呼ぼう。
泊めてくれた祖父は、野球と相撲と将棋くらいしか娯楽を知らない人だった。だから私がそれ以外のTV番組を観ようとすると罵声が飛んだ。私に許された娯楽は天気予報だけだった。ヤン坊とマー坊だけが娯楽だった。
誤解の無いように明言するが、私は愛されていないわけでは無かった。
こんなことがあった。
当時独身だった伯父か叔父か伯母か叔母が、見かねて本を買ってくれた。江戸川乱歩の少年探偵団シリーズだった。怪人二十面相や小林少年や元祖小五郎先生は、いつも私に娯楽を与えてくれた。
祖父はそれを見て、『別の江戸川乱歩を買ってやる』と言って本屋に行った。してやったり、といった表情で祖父は私に複数の本の入った紙袋を手渡した。
確かに江戸川乱歩だった。本のタイトルは『陰獣』、『D坂の殺人事件』、『人間椅子』等々。
祖父に悪気は無かった。私はトラウマを負ったが、祖父に悪気は無かった。
祖父は農家だった。その村ではそこそこの発言力があり、お歳暮やお中元を貰う立場だった。
その年のお中元はやたらサイダーが多かった。だからエタナールフォースブリザードの家におすそわけしよう、と言う話になった。
トランクに日本で一番有名なサイダーを2ケース詰めて、後部座席にもさらに2ケース。車を走らせて……確か、30分くらいでエタナールフォースブリザードの家に着いた。
私はエタナールフォースブリザードの家に行くのが楽しみだった。彼の家にはどういうわけかソフトクリームを作る機械があったのだ。
蝉しぐれの中、エタナールフォースブリザードの玄関に行く。昔は鍵など閉めなかった。盗みを働く者などいなかったのだから。
玄関を開け、挨拶とともに中に上がると、居間でデザートイーグルとグレートソードがエタナールフォースブリザードが談笑していた。
デザートイーグルの家はメロン農家だ。なのにお中元でメロンをもらったので、親御さんとともにメロンのおすそわけに来たと言う。
グレートソードの家は、エタナールフォースブリザードの家のすぐそばだ。文字通りのすぐそばで、子供の足でも10分の距離。ソフトクリーム目当てに来ただけだ。
井戸にメロンが冷やしてあるからもう少ししたら食べよう、とエタナールフォースブリザードが言った。
メロンを冷やした時間、それまでに食べたソフトクリームの量。江戸川乱歩に鍛えられた私が鮮やかな推理を披露すると、デザートイーグルは『あんた……友達いないでしょ』と言った。デザートイーグルこそ名探偵であった。
4人でソフトクリームを舐めながら、ソフトクリームについて語り合っていると、台所の方からはしゃぐ声が響いた。酒が入ったのだ。
農家はこの時期は暇だ。おおらかな時代だった。
酔っぱらいは放っておいてメロンを食べよう、と誰かが言った。多分だが私では無いだろう。私が意地汚い人間では無いのは、私が誰より理解している。
記憶の中の3人は、なんだコイツってな感じの目で私を見ているが、記憶違いだろう。
やれやれだぜ、とは言わなかったがエタナールフォースブリザードが井戸から人数を大きく越える数のメロンを取って来た。グレートソードは…………多分冷蔵庫からスイカを持って来た。今風に言えば、彼はフリーダムだった。
エタナールフォースブリザードの母親が、気を利かせて包丁とまな板を持って来たが、すでにシラフでは無かったので色々危なかった。
どうにか無傷でやり過ごした我々は……正確にはグレートソードを除いた我ら3人は、メロンを切った。
記憶が曖昧だが、私にはマスクメロンが渡された。エタナールフォースブリザードとデザートイーグルはどうだったか。あっ、グレートソードが孤独にスイカ割りをしていたのは覚えている。
約1名は放置して、いざ食べようとなったその時だった。
酔っぱらい複数名が、なにやら騒いでいる。コニャックを入れるとか入れないとか。酔っぱらいにもメロンは行き渡っている。
「コニャックってのはお酒だよ」
エタナールフォースブリザードがそう言った。適当な推理をひけらかさないで、本当に良かった。そう思ったのは、今でもハッキリ覚えている。
「メロンを半分に割って、お酒を入れると美味しいんだってさ」
種とその回りのなんかモジャモジャっていうかグニュグニュしたヤツをくりぬいたメロンを見た。どうにも想像できなかった。
「ねえ、私たちも何か入れてみようよ」
デザートイーグルがそう言って部屋を見回し、プラスチックのケースに入った日本で一番有名なサイダーを手に取った。瓶は冷えてはいない。祖父の車のトランクか後部座席にあったのだから。
「ねえ、メロンソーダってあるよね」
スイカの割れる音が聞こえた。
「あるけど、あんなのメロンじゃないよ」
エタナールフォースブリザードの問いに私が答えた。メロンの皮と同じ色の液体が、なぜメロンなのか。私の心の中の元祖小五郎先生に訊ねても、『犯人はあなたですね』としか返って来ない。私は無実だ。
「本物のメロンソーダを作っちゃおうよ」
ソーダとサイダーって別の飲み物なんじゃないか?
私はそう思った。心の中の小林少年も同調した。
ソーダの定義は炭酸ガスを含む無味の炭酸水全般、それに糖分や酸味や香辛料を加えた物がサイダーとなる。
そしたらメロンソーダってサイダーなのか……まあ深く考える意味は無い。私の心の中の怪人二十面相も予告状を書きながらそう言っている。
まあそうして、サイダー入りメロンが完成した。しかしこれがぬるい。風味も台無しだ。
失敗したなぁ、と思うその時。
「クリームソーダにしてみないか?」
エタナールフォースブリザードが、返答を待たずに実行した。サイダー入りメロンの上にできたてソフトクリームを乗せたのだ。
私とデザートイーグルも真似した。
お味は……残念ながら記憶に残っていない。
フリーダムが割ったスイカを、いつの間にか開けたあんみつの缶詰の汁にに浸けて食べていたからだ。
グレートソードはあまりにもフリーダムだった。
確か完食はしたと思う。腹は壊さなかった。フリーダムの行動で霧散した程度の記憶だ、きっとたいしたこと無かったのだろう。
バナーの貼り方はわかったのですが、どうリンクさせれば良いのかわかりませぬ。
8/22
幻邏様のアドバイスで無事解決しました。ありがとうございました。