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千物語  作者: 松田 かおる


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真夜中のラブレター

今、わたしは猛烈に後悔している。


「真夜中のラブレター」という言葉を聞いたことがあると思う。

真夜中に書いたラブレターを次の日に見直して、あまりの酷さに恥ずかしくなるというアレだ。


わたしも昨夜、同じようなことをしてしまったのだ。

しかもあろうことか、アルコールが入っていた勢いで担当編集にそれをメールで送ってしまったようなのだ。

「ようなのだ」と言うのは、わたし自身にメールを送った記憶がないからだ。

だけど「送信済みアイテム」にはご丁寧に「真夜中のラブレター」と言う件名で保存されているので、きっと自分で書いて送ったのだろう。


内容は「ハードボイルド女流作家」と言う売りで活動しているわたしからは、とてもじゃないけどありえないものだ。

普段のわたしの作風からは全く考えられない。

きっと編集もこんな文章を読んだことがないだろう。

なんせ自分でも初めてと自覚しているんだから。




時計を見ると、午前9時を少し回った頃。

そろそろ編集がメールを読むだろう。

彼女はどんな反応をするだろうか…

まるで処刑を待つ死刑囚のような心境でそんなことを考えていたら、スマートフォンに着信があった。

編集からだった。


「…もしもし」

覚悟を決めて電話に出る。

「先生…」

電話の向こうの彼女の声が震えている。

「はい」

こんな時にこんな言葉しか返せないのが、何とも情けない。

小説家が聞いて呆れる。

「なんですか、これ…」

あああ、怒ってる、怒ってるよこれ。

「えっと、あの…それはね…」

わたしが言い訳を考えようとしどろもどろになっていると、

「面白過ぎますよ!本当になんですかこれ!」

我慢できなくなったのか、彼女は電話口で大きな声で笑い出した。

「は?」

わたしが間の抜けた返事をすると、

「いやー、先生がこんな文章書いて送ってくるなんて!読んだ瞬間声出して笑っちゃいましたよ!」

彼女が心底楽しそうに言う。

想像外の反応に困惑していると、

「先生、これ正式に発表しましょうよ!絶対ウケますって!」

彼女はそう続けた。

「いや、でもわたしの作風と…」

「そんなの『別名義』で書けばいいだけです!」

ぐいぐい話を進める。

「でも、夜中に勢いで書くような内容だよ?そうそう書けないって」

「夜中も書けばいいんですよ」

無茶苦茶だ。

「大丈夫!先生ならできますって」

その自信はどこからくるのか。




結局長時間の通話の後、昼夜二足のわらじを履くことになってしまった。


「真夜中のラブレター」なんて大っ嫌いだ。

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