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千物語  作者: 松田 かおる


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72/94

パラドックス

「悪いな。どうやら俺はお前を『始末』しないといけないみたいだ」


缶ビール片手に、今日の仕事もキツかったと思い返しながら家に帰る途中の路地。

突然目の前の暗がりに現れた男からそう言われ、銃を向けられた。


「は?」

突然の出来事に、俺が間の抜けたリアクションをするが、相手は問答無用で発砲してきた。

だが、何発か撃った銃弾は全て外れた。

「…少し距離もあるし、相手から離れれば大丈夫かも」

そう考えて反対側に振り返って逃げようとしたが、酒のせいか少し足がもつれてしまった。

次の瞬間、背中への熱い感覚と突き飛ばされるような強い衝撃を覚えた。

どうやら銃弾が命中したようだ。

「…足がもつれなかったら外れてたのかなぁ」

とか考えながら、俺は意識を失った。





「目が醒めたか?」

目を開くと、見たことのない爺さんが俺の顔を覗き込みながら言った。

「あんた、誰?」

俺の質問を爺さんは無視して、

「お前さんにやってもらいたいことがある」

そう前置き抜きで話を始めたかと思うと、横になっているベッドの上に一丁の拳銃を放り投げた。


全く状況を理解できないでいる俺に、爺さんは、

 ・今は俺が撃たれてから50年が経っていること

 ・その間、俺はコールドスリープ状態だったこと

 ・俺が撃たれた次の日、ある研究の失敗で世界が滅ぶこと

 ・世界が滅ぶ前に、原因となる人物を「始末」する必要があること

 ・それがちょうど50年前の明日で、今日が最後のチャンスであること

 ・その人物の目の前に、これから俺を送り出すこと

 ・今は時間移動の技術が確立されていて、過去や未来へある程度自由に行き来できること


俺の身支度を進めながら口早に説明してくれた。


「で、何で俺なんだよ」

素朴な疑問を口にすると、爺さんは

「これ以上説明している時間はない、さあ急ぐんだ」

そう言いながら、見たこともない機械の中に俺を放り込んだ。

次の瞬間、目の前の風景が歪み始めて、

「他人を殺せば罪になるが、自分で自分を…」

という風に聞こえる謎の言葉に送られて、せっかく目覚めたばかりなのにまた意識を失うことになった。




しばらくして意識が戻ると、どこか見覚えのある場所に立っていた。

体に異常がないかを調べてみると、銃を握っている手が少し透けて見えていた。

…なるほど、このままだと俺は…

何となく状況を理解した俺は銃を握り直して、


「悪いな。どうやら俺はお前を『始末』しないといけないみたいだ」

俺はそう言って、目の前にいる男に銃を向けた。

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