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千物語  作者: 松田 かおる


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恋愛小説

「わたしのことをこっぴどく振ってくれないかい?」




「え?今なんて?」

「わたしのことを振ってほしいとお願いしたんだよ」

「振る?君を?僕が?」

「そうだよ。さぁ、思い切りこっぴどく振ってくれないか?」

「ずいぶん突然だなぁ」

「こういうのは思い切りも大切だからね。さぁ」

「ていうか、付き合ってもいないのに僕が君を振るの?」


「…えっ?」

「…えっ?」




「…状況を整理しようか」

「そうだね」

「わたしは今、『恋愛小説』のプロットを考えている」

「うん」

「今回は、『相手に振られた主人公が立ち直っていく』というストーリーを考えている」

「うん」

「こういうのは体験することが大切だ」

「努力家だねぇ」

「で、わたしはきみに『振ってほしい』とお願いした」

「その通り」

「ここまでは認識が一致しているね」

「大丈夫、ちゃんと一致しているよ」

「だが、きみは『付き合ってもいない』という」

「そうだね」

「そこが問題だ」

「確かにこれは結構な問題だね」

「…」

「…」



「わたしたち、付き合っていなかったのかい?」

「特にお互い、『付き合おう』とも『付き合ってくれ』とも言ってないしねぇ」

「でも、映画を一緒に見に行ったり…」

「僕も見たい映画だったからね」

「飲みに付き合ってくれたり…」

「仕事が大変で愚痴が言いたいんじゃないかと思って、聞くくらいだったら」

「こうしていつも一緒にいてくれることで、勝手に『付き合っている』と思っていたよ」

「幼なじみということもあるし、つい一緒にいがちにはなっていたねぇ」

「一体どこで、お互いの見解が違ってしまっていたんだろうか」

「お互いの確認不足…?」

「確認することではなかったのかもしれないが、そこかもしれないな」




「それにしても、ちょっと困ったな…」

「前提が成り立たない状態になっちゃったからねぇ」

「編集には『恋愛小説を書く』って言ってしまっているしな」

「今から変えるのは難しいの?」

「できないことはないんだが、頭の回路がすっかり『恋愛小説』モードになってしまっていてね…」

「恋愛脳だね」

「何か違う気がするが、そんな感じかもしれないな」

「なんかごめんな。僕のせいで」

「気にすることはないよ。わたしも悪かったのだから」




「で、これからどうするの?」

「プロットを変えることにしたよ。『恋愛を始める主人公』の話にしてみようかと思う」

「どんな感じになるの?」

「あぁ、こんなセリフで始まるんだ」




「『ねぇ、わたしと付き合ってくれないかい?』」

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