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明日と今日と昨日

「ねぇ。もし、『明日世界が滅びる』ってわかったら、あなたどうする?」


彼女はちょっといたずらっぽい笑顔を浮かべて、そんな事を聞いてきた。

「リンゴの木を植え続ける」

僕がそう答えると、彼女は

「ルターね?神々しいわね」

と、少し驚いたような表情を見せた。

「まぁ僕はリンゴ農家じゃないから木は植えられないけれど、そのくらい『いつも通り』に過ごしたいかな」

そう言うと、彼女は小さく頷きながら

「そうよねぇ、自分で言っておいてなんだけど、いきなり『明日』なんて言われても、どうしようもないものね」

と同意してくれた。


夜更けのバーで話すにしてはちょっと物騒な話題かもしれないけれど、こういう他愛ない会話を交わせる事が一番の幸せなんだろうな…と、改めて感じる。


「じゃあ、君はどうする?」

僕が聞くと、彼女は少しだけ考えて

「うーん…わたしもあなたと同じかな。『いつも通り』に過ごしていたいかも」

そう答えるとグラスのカクテルを飲み干し、

「マスター、お代わり」

とカウンターの向こうに声をかけた。


「マスターはどうする?明日世界が滅びるってわかったら」

彼女が話を振ると、マスターはお代わりを出しながら

「今日よりおいしいカクテルを作れるよう、腕を磨きます」

と落ち着いた声で答えてくれた。


「あ、さっきのよりおいしい」

お代わりのカクテルをひとくち飲んで、感心したように彼女が言うと、

「恐縮です」

マスターもうやうやしく返事を返してくれる。


実際、こんなものなのだろうな。

慌てたり、じたばたしたところでどうしようもない事だし、こうして「何気ない普通の日」を過ごしながら終わるのも悪くない。

僕も飲み干したグラスを差し出し、

「僕にもお代わりを」

とマスターに告げる。


ほどなくして僕の分のお代わりが目の前に差し出され、ひとくち。

「あ、本当だ。さっきよりおいしく感じる」

素直に感想を言うと、マスターは

「それは何よりです。これで安心して明日を迎えられます」

と、ほんの少し笑みを浮かべながら応えてくれた。



「そうだ、おいしいカクテルを作ってくれたマスターに、いい事教えてあげる。あなたも聞いて?」

突然彼女が、マスターと僕の顔を交互に見ながら言った。

「いい事?」

僕が聞くと、彼女はほんの一瞬真面目な顔になって、マスターと僕にだけ聞こえるような小さな声で、

「内緒の話ね?実はね、世界は昨日滅んでいたの」

と言うと、いつもよりいたずらっぽい笑みを浮かべ、くすくすと笑った。

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