8日目
てるてる坊主の効果なのか、雲一つない快晴に魔王もにっこりニコニコである。
今日は旅人たちが戻ってくる日であり、魔王はヒッチと人間を連れて玉座の間に向かう。会えるのが嬉しいのか、魔王と人間は会話に花を咲かせていた。
「いやぁ、晴れてよかったねぇ」
「あぁ、本当に気持ちがいい天気だ」
「もし雨が降ったら、首を落とさないといけなかったから。よかった、よかった」
「――――――え?」
人間の不穏な言葉に魔王は、ピシリと固まる。
「雨が降ったら、首を切り落とすのか?」
「雨が降ったら、ちょきん! とねぇ」
のんびり残酷なことを話す人間と、酷い仕打ちに固まる魔王を横目に見ながら、ヒッチはてるてる坊主について気になっていたことがあり、人間へ問いかける。
「晴れにする“てるてる坊主”がいるなら、雨を降らせる“てるてる坊主”もあるのですか?」
「ある。というか、てるてる坊主を逆さに吊るすと“ふれふれ坊主”になって、雨よ降れって願うんだわね」
「吊るし方で変わるということですね」
人間の話を聞いて、次回作ろうとヒッチは決心した。
玉座の間に到着した二匹と一人は、魔王の指示に従い、事前に準備された椅子に座る。一息ついたところで、重厚感のある扉がギイィイと鳴きながら、ゆっくりと開く。
「たっだいま~~~~! まおちゃん、元気だったぁ?」
「やぁ、いま戻ったよ」
扉の向こうから現れたのは、男女の人間の形をした生物であった。女の方は大地の力強さを感じるような褐色の肌に、ヒッチの毛に負けず劣らず美しい白銀の髪を揺らしながら、魔王に手を振っている。男の方は雪のような寂しさを閉じ込めた陶器のような肌に、夜を浸したような黒髪であった。
男女の挨拶に顔顰めるヒッチをよそに、魔王は立ち上がり二匹に興奮気味に近づいていく。
「よくぞ戻った! 怪我はしていないか? 私は見ての通り元気だぞ」
「うちらも、見ての通りチョー元気ぃだぜィ!」
「イエーイ!」とハイタッチをしようとする魔王と女を邪魔するように、ヒッチが今まで見たことないスピードで二匹の間に割って入った。
「挨拶はもういいでしょう。早く報告を」
「おいおい~~、嫉妬かぁ? ひっちゃん、もしかして嫉妬なのかぁ? 愛い羊め~~~~。うりゃうりゃ!」
女は、ヒッチ自慢の毛をなんの躊躇いなく撫でまわす。そんな二匹のじゃれ合いを少しだけ羨ましそうに見つめる魔王に、男は話しかけた。
「今回行ったところも、やっぱり何もいなかったよ」
「計画通り終わったということか」
「まだ確定したわけじゃないけど、僕はそうだと思う。ところで、そこに座っている女性は誰なんだい?」
男の言葉に魔王は人間を連れてきていたことを思い出した。
「あぁ、“異世界から喚んだ人間”だ」
「先日、勝手に魔王様が喚んだんですよ。1年間ここで生活しますから、危害を加えないように」
「はーい!」
「わかったよ」
二匹の返事に魔王は満足気に頷いた。
「いいか、人間。こちらの髪の毛が白い方がマーネ、黒い方がノックスだ」
「よろしくねぇ」
「しくよろぅ!」
「よろしく」
和気あいあいと自己紹介をしたのち、魔王はマーネとノックスの話を詳しく聞きたがったが、ヒッチがそれを阻止した。
「さぁさぁ、旅人たちは疲れていますから。お話はまた明日にしましょう。そうしましょうね、魔王様。ささ、戻りましょう」
「あ、あぁ。それじゃあ、また明日詳しく話を聞かせてくれ」
「あなたも行きますよ」
ヒッチは人間にも声をかけて、そそくさと玉座の間を出ていった。そんな二匹と一人の後姿を見送ったマーネと、ノックスはお互いに顔を見合わせた。
「それじゃあ、ノックス。明日もまおちゃんのこと頼んだかんね!」
「お前こそ、ヒッチを頼むよ」
◇◇◇
人間をいつもの部屋に戻した後、魔王はヒッチを自室へと招いた。いつもより真剣な表情に、ヒッチは魔王が話す前に言葉を吐いた。
「絶対に嫌です」
「……まだ、何も言ってないんだが?」
「おっしゃりたいことは、わかります」
「なら、」
「絶対に嫌です」
確固たるヒッチの意思に困り果て、魔王は長年気になっていたことを口にした。
「どうして、お前はそこまで旅人たちを嫌うんだ」
「嫌ってはいませんよ、嫌っては」
「……その含みのある言い方はなんなんだ」
ヒッチの態度に眉をよせつつも、無理してまで仲良くさせるつもりもない魔王は、今回も「まぁ、よい」と問題を先送りにした。話が終わったとなれば、ヒッチは作物が育っているか確認がある。と言い部屋を出ていった。
やることが無くなった魔王の足は、自然と人間が住んでいる部屋と向かっていた。
「どうして、仲良くできないのだろうか?」
魔王の疑問に、人間は穏やかに笑った。
「魔王さんは、純粋なんだねぇ」
「私がか? そんなことはない」
人間の言葉に不思議そうに首を傾げている魔王は、純粋という言葉は自分の何も見て出てきた言葉なのかも理解ができなかった。自身が好きで、大切な人たちが仲良くなってほしい。という考えが“純粋”だと言いたいのだろうか。しかし、それは魔王にしてみれば、特別“純粋”という枠に当てはめるほどのものではなかった。
「自分の好きな人同士でも、仲良くしてほしいんでしょ」
「あぁ。しかし、結局は別の生物同士だ。仲良くはできない部分もあることは理解している。せめて、こう、お互いの妥協点を見つけて仲良くしてほしい」
「難しいねぇ。求めているものが、みんな違うから」
あの僅かな時間で、4匹の関係がなんとくわかった人間は、魔王の願いが叶わないことを魔王以上に理解していた。なにより魔王の言う“妥協”なんて、魔王以外しないだろう。
「……とにかく、明日は旅人たちの話を聞かないと、だな」
「楽しみだねぇ」
「あぁ、そうだな」
それから一匹と一人は、穏やかな時間をともに過ごした。