7日目
手紙を自身の体毛に絡ませたヒッチは、嫌気がさしていた。
魔王はきっと、もう人間に飽きている。昨日自室から出てこなかったのが、証拠である。もともと熱しやすい性格なのだが、熱を上げるのも速ければ、下がるのも速い。どんな大切にしていたものも、次の瞬間にはゴミへと成り下がる。
「――――はぁ」
せめて1か月は人間に興味を持っていてほしかった。なんて本音は溜息に隠しつつ、真面目なヒッチは今日も人間のもとへ向かう。静かな廊下には、ヒッチの足音が響く。部屋に近づくほどに、足音以外の音をヒッチの耳は拾った。耳をすませば、その音はやはり人間が住んでいる部屋から漏れていた。
扉越しでも、中は拍手喝采で大変“盛り上がっている”ことがわかる。ひっそりと扉を開け、するりと室内へ。誰もヒッチが入ってきたことに気づかない。
ヒッチが見たものとは―――――!
「すごいねぇ! 頑張ったねぇ」
「そうだろうとも! 練習したからな!」
5つのお手玉を巧みに操る魔王と、それを見ながら拍手を送る人間だった。
「今日は遅かったな」
視界の端にヒッチを捉えた魔王は、ヒッチにも自慢するようにお手玉を操りながら、体をヒッチへ向ける。ヒッチは「器用ですね」と感想を述べた。投げやりな、心底どうでもいい。という気持ちを隠さなかったが、幸いなことに人間の言葉に舞い上がっている魔王は気付かなかった。
「……もしかして、昨日はずっとコレを?」
「あぁ、そうだ。前回人間は寝ていて、見ていなかったからな」
まだ人間に飽きていなかった事実に、ヒッチは胸を撫でおろした。それでも、時間はたくさんある。いつ「飽きた」なんて言い出すかわからない。そんな思いを隠しつつ、魔王に「手紙が届きました」と体毛に絡ませていた手紙を渡す。
真っ白で、シンプルな封筒の中には1枚の便箋。手紙を読んだ魔王は、誰が見ても浮足立っていて、嬉しそうだ。
「戻ってくるのか!」
「えぇ、そのようですね」
楽し気な魔王とは反対に、嬉しくなさそうなヒッチに人間は問いかける。
「誰か帰ってくるのかい」
「えぇ、旅人たちが帰ってくるのです。魔王様の代わりに外を見て回っていて、こうして、度々自分と魔王様の時間を邪魔する者たちです」
ヒッチの言葉から滲み出る嫌悪感に、人間は旅人たちと会うのが楽しくなってきた。大概、恐れ知らずな人間である。
「明日には戻ってくるだろう! 絶対に晴れがいいな!」
「たぶん晴れますから、落ち着いてください」
「たぶんではダメだ。必ず晴れではないと」
歓迎する気のないヒッチからしたら、もういっそのこと土砂降り……いや、嵐でも来て延びろ。と呪詛を頭の中で唱える。
「なら、“てるてる坊主”でも作ろうかねぇ」
人間の言葉に、魔王は落ち着きを取り戻し“てるてる坊主”について、人間に説明を求めた。
「明日晴れますように。って願って作る人形だよ」
「早速作ろう!」
材料は、白い布もしくは、白い紙。それから紐だけだ。なんて、お手軽なのだろう。
人間は魔王にティッシュを渡し、数枚丸めるように指示を出す。
「それが頭になるからね」
「この丸めたのが頭部に……」
そして、白い布の中心に頭部分を置いて包み込む。首部分を輪ゴムで縛って、てるてる坊主の完成だ。
「一番高いところに吊るしてくる!」
まるで少年のように、紐と完成したばかりのてるてる坊主を持って部屋を飛び出した魔王に、人間は穏やかに、ヒッチは嫌そうに、その背を見送った。
「あんなにも会いたいんだねぇ」
「自分は会いたくないですけどね」
忌々し気なヒッチの声に、ついに人間は声を上げて笑った。
人間の笑い声をBGMにヒッチは、今日の毛づくろいを始めた。